1 不本意な死
人生とはあまりに理不尽だ。
このまま世界から弾き飛ばされるんじゃないかというほどの衝撃を受け、空中を舞いながら俺はそう思った。
たった今起きている事故は完全に運転手側の過失だと思う。何せ俺たちはきちんと道の右側を一列になって歩いていたのだから。
車道と歩道の区別のない田舎道とはいえ十分な幅の道だった。浮気の問い詰めから逆切れした彼女を俺が追う形で一列で歩いていた。
それなのにあのトラックは真正面から突っ込んできたのだ。
俺は五股していた彼女をあぜ道に突き飛ばし、今、田んぼの上空を飛んでいる。
絶対に骨の何本かは折れた。下は田んぼだがどうだろう。今は冬、水はとうに抜かれて乾燥した土が俺を受け止めることになる。ああ、せめて夏とか秋だったらなぁ……。
「おお若者よ、死んでしまうとは情けない!」
「……は?」
目が覚めるとそこはなにもない空間だった。ただひたすらに闇が広がり、立っている地面と目の前の人物だけが発光している。いや、よくよく目を凝らすと遥遠くの方にも点々と光が灯っている。
「ちょっと、ちょっと目の前に人外級の美女がいるっていうのに無視とはなんだね」
「え、あ、すみません?」
美女が呆れたように数歩近づいてきて状況把握に夢中になっていた俺は意識を引き戻された。
なるほど、自分で言うだけのことはある美女である。腰まで届く豊かな黒髪、血のように赤い目、生きているのか疑わしいほどに白い肌がそれぞれを引き立てるような色彩の美女だ。着ている服はタイトなドレスで何処の国の人とも予想がつかない。すらりとした長身の上にヒールのある靴を履いているので俺は弱冠見下ろされている。
自認の通り同じ人とは思えない整のい方をしている。あと発光してる。
「犬飼夏彦君、君は今女神の御前にいるのだよ。もっといい反応を見せてくれ給え」
「はあ」
美女、女神は人を寄せ付けなさそうなクールビューティーな見た目をしているのに言動はかなりフレンドリーだ。これで無表情だったら委縮してしまっていただろうがずっと楽しそうににこにこと笑っている。
というかこの人が女神だとしてさっき大変なことを言ってなかったか?
「え、俺死んだんですか?なんで?」
「なんだい、そこからかい。痛みのあまりに記憶が飛んじゃっているのか?」
「痛み?」
直近でなにか怪我をするようなことがあっただろうか?痛みの記憶を手繰りよせるとそれはすぐに思い出された。
「そうだ、俺トラックに引かれたんだ……」
蘇る光景、夕暮れの田んぼ道、泣きながら逆切れする彼女、突っ込んでくる大型トラック、ぐるぐる回る視界、死にそうなほどの全身の痛み……。
「あ、ああああ。俺死んだんだー」
もう痛まない体を抱いて思わずしゃがみ込む。
そうか、俺ダメだったか。そうだよな、半端じゃない吹き飛び方したし。そうだよなあ……。
「そう、そして君には今から転生してもらいます」
「……転生?」
抱えていた頭を離し、しゃがんだまま女神を見上げる。女神はなぜか得意げに人差し指を突き出していた。
「そう、それも異世界転生だよ。どう、嬉しいでしょ?」
「異世界、転生」
自分の死という受け入れがたい現実にいまだ思考が停止している俺の脳を「そう言えばこの何もない空間とか美人の女神とかトラック事故とかよく見る展開だなあ」とのんきな感想がよぎった。
「さあ、新しい世界が君を待っている。恐れずにゆくのです!」
「え、うわっ」
状況が飲み込めずに半ば放心している俺を無視して女神は地面を踏み鳴らした。
するとそこから俺を中心にした円が広がっていき、まるでアリの巣に色水を流し込んだかのように瞬く間に複雑な模様が広がった。それは文字のようであり記号のようであり、例えるなら魔法陣そのものだった。
魔法陣から緋色の光が溢れ、徐々に勢いを増していき、ついに俺の視界は赤い光で塗りつぶされる。
体がここではないどこかへ浮遊していく感覚の中俺は思った。
せめて浮気してない彼女を庇って死にたかったなあ~~~、と。




