鈴と湊
期末テストが終わり、学校全体がほっと息をついたような空気をまとっていた。
廊下では笑い声が交じり、誰もが解放感を味わっている。
湊と鈴は、学校の門を出てビル街へと歩き出した。
制服姿の二人はどこにでもいるような女子高生だが、その会話には独特の間がある。
湊がふと立ち止まり、自動販売機を指さす。「コーラ飲む?」
鈴は微笑んで首を振る。「湊って本当にコーラ好きだよね。」
「別にいいだろ。こう見えて女子高生らしいだろ?」湊は冗談っぽく返し、再び歩き出した。
「やっと終わったー」湊が肩の力を抜きながら、ぼそっとつぶやいた。
「お疲れさま」と鈴が微笑む。
彼女の声には、テストの結果を気にする素振りは全くない。
少し歩いたところで、鈴が思い出したように話し始めた。「あの数学の問題、笑った。テスト前に先生、よくわからない道路の話してたじゃん。それがサイクロイド曲線の伏線だったとは。」
湊は眉をひそめた。「そんなこと言ってたっけ?」
「言ってた、言ってた。絶対そうだよ。」鈴の目が輝いている。
「点数は取れそうなの?」湊が、少し投げやりに尋ねた。
鈴は首をかしげた。「点数とか分かんない。でも、面白かった。」
「なんだそれ。」湊は肩をすくめ、呆れたように笑う。
街路樹の影が二人の歩調に合わせて揺れ、蝉の鳴き声がかすかに響く。
湊は鞄のストラップを引き上げながら、何気なく言った。「あなたはやりたいことあっていいわよね。すずちるさん。」
鈴は足を止め、横目で湊を見た。「その呼び方、やめてよね。」
「最近投稿止まってるみたいだけど、大丈夫なの?」湊が目を細める。
鈴は小さく溜息をついた。「最近、ライバルが多くてね。」
湊が興味なさげに首を傾げた。「例えば誰?」
「レイってクリエイタなんだけど。」鈴が少し声を潜めるように答えた。
湊は一瞬間を置き、何かを思い出すように言った。「あー、レイね。めちゃ有名どころじゃん。てか、あたしレイと同じ中学だったよ。」
「え?」鈴が足を止めた。「何言ってるの?」
湊は軽く笑いながら、言った。「だから、言った通り。」
「うそでしょ?そんな偶然、ある?」鈴は少し驚いたような顔で湊を見つめた。
「まあね、あるかもよ。世間って狭いし。」湊は目を細め、また歩き始めた。
そんな湊の背中を追いながら、鈴は静かに思った。
この人は、なんでもそつなく受け流していく。
鈴はふと立ち止まり、湊の横顔を見上げた。「ねえ、レイってどんな人物だったの?」
湊は一瞬、目を細めたあと肩をすくめた。「あー、あれは……(笑)」歯切れが悪い。
鈴は湊の表情をじっと見つめた。「やっぱり夢中で、まっすぐで、自分の表現を常に探してて……そんな感じだったのかな?」
「うん、そうだな……」湊が軽くうなずく。「でも、暴力起こして退学になった。」
「え……?」鈴の声が揺れる。(退学?中学で退学なんてあるの?暴力なんて、彼女のイメージとかけ離れてるけど。)
湊は笑いをこらえたように言った。「いやー、あいつは破天荒だったなー。」
鈴は目を丸くしながら問い詰める。「私をからかってるの?なんなの?」
「全部本当のことだってば。」湊の表情はいたって真剣だ。
信じられない。鈴は心の中でそう呟いた。「証拠は?」
「証拠ったって、そんなの無いけど。」湊は首をかしげた。「あ、でも実家の場所は知ってるよ。」
「実家!?」鈴の目が輝いた。「レイの?レイが育って、そのクリエイティブをはぐくんだであろう実家を?」
「いや、そこまで言う?」湊は笑いながら呆れた顔をする。
鈴は手を叩いて決めた。「実家連れてってくれたら信じてあげる。今度の土曜日ね。」
「おいおい。」湊は困ったように眉を下げる。「実家行ったって、いるかわからないぞ。そもそも、あいつ今は日本にいないらしいし。」
鈴は少しも動じず、にっこり笑った。「それでもいいの。ロケハンやるから。今度の土曜日ね。」
湊は大きな溜息をつき、首を横に振る。「めんどいからヤダ。」
鈴はふっと笑みを深めて言った。「実家は、土曜の一部にすぎないから。草木万里野がメイン。」
湊の目が一瞬キラリと光る。「……あー、それなら。行く。しょうがないから。」
草木万里野は地元で知られる小さな洋食屋だ。
街外れにあるその店は、手書きの看板や緑の垣根が可愛らしく、家庭的な雰囲気を醸し出している。
オムライスやハンバーグが名物で、特に湊のお気に入りは、デミグラスソースがたっぷりとかかった濃厚なハンバーグだ。
ふんわりと柔らかい口当たりとソースのコクが絶妙で、一度食べたら忘れられない。
鈴は満足そうにうなずいた。
湊にはこういう提案が一番効くと知っている。
めんどくさがりだが、食べ物には目がない。
「じゃ、決定ー!」鈴が声を弾ませると、湊は「はいはい」と手をひらひらさせた。




