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ルゼンテーベ・ストルト  作者: 仁崎 真昼
一章 学校の始まり
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005 校内・歓待・自主活動団体

 その後、メアたち花組の生徒はエフェズズと厚生委員に案内されるままに学校中の施設を見て回った。

 厚生委員の説明によると、この学校には三棟の教育棟があるらしかった。それぞれの教員の居室があり、二年生以上が授業を受けることになる第一教育棟。メア達一年生以下が授業を受ける第二教育棟。特に用途が限定されず、自主活動団体の拠点となっている部屋が多い第三教育棟。それらをぐるりと見て回り、その他の施設も見て回った。図書塔、育舎、雑貨店、時刻塔、等々。どれも簡単に見て回っただけであるのに、広い敷地内を歩き回ったせいか、終わる頃には足腰の疲労を訴える生徒も多くいた。

 簡易な見学が一通り終わると、最後に食堂に案内された。そこには一年生全員が揃っており、甘い砂糖の匂いが立ち込めていた。

 最後の組となった花組の生徒たちが空いている席に着くのを確認すると、厚生委員らしき生徒が音頭を取った。

「一年生の皆さん、改めて歓迎します。今日一日、慣れない集団行動に疲れた生徒もいることでしょう。まだ本格的な授業は始まっていませんが、これから四年間はこうした生活が続きます。慣れていきましょう。っと、長話はいけませんね。とりあえず、今日は歓迎のために甘い物を用意しました。夕食もあるのでほんの少しですが、歓談して言ってください。では、かんぱーい」

 そう言って赤い液体の入った木製の杯を掲げる厚生委員に吊られ、一年生も手元の杯を持ち上げた。

 メアは杯の中身に恐る恐る。舌をつける。すると、微かな甘みと程よい酸味が舌を着いた。香りから想像してはいたが、中身は果汁を水で薄めたものらしかった。

 正面に座っているレオゥの方を見ると、レオゥは一切の躊躇なくごくごくと飲んでいた。それに従い、メアも一気に飲み干す。氷で冷やしてあったのか、非常に冷たい液体が喉を通る感覚に、メアは思わずため息を吐いた。

「甘い」

「何の果物だろうな」

「わかんない。けど飲んだことない。ここら辺で実る果物なのかもね」

「まあ常識的に考えればそうだな。輸送の費用を考えると近場の特産品を生かすのが一番合理的。いやけど、朝夕に必ず出てくる粥はどっちかというともう少し南の方で盛んに育てられている穀物のはず……」

 レオゥがぶつぶつと呟くのを尻目にメアが甘い匂いがする揚げ物に手を伸ばしていると、空いていたレオゥの隣、メアのはす向かいに斧を担いだ赤毛の少女、アウェアが座った。

「一緒に食事をしてもいいだろうか」

「い、いいけど」

 何の用だろうか、という疑問をメアは飲み込んだ。上手く表現できないが、アウェアには有無を言わせない迫力がある。格式ばった男性口調のせいだろうか。単純にメアが女性に慣れていないだけの可能性もある。

 メアが食事を再開しようとすると、アウェアが唐突に話しかけてきた。

「すまなかった、ルールス゠メア」

「ん? え、何が?」

 何かされただろうか。特に記憶がない。じゃあこれから何かされるんだろうか。どことなく後ろ向きなメアをよそに、アウェアが頭を下げる。

「エナシと揉めたこと、黙っていた方がいいことはわかっていた。しかし、虚偽はよくない。それで、まあ、その」

「あー、先生に報告したと」

 メアは呆れた。なんと馬鹿正直なんだろうか、と本人にはあまり聞かせられない感想を抱く。

「いやいや、いいよ別に。実際怒られなかったし。というか別に悪いことしてないはずだし」

「めちゃくちゃ怯えてたけどな」

「しー」

 メアは少しは男らしさを出したかったのだが、レオゥが茶化したせいでどうにも恰好がつかなかった。

「そう言ってもらえると気が楽だ」

 アウェアは軽く笑った。

「しかし、ルールスは勇気があるな。そして、判断力に優れている。あの場であの少女を守るために動いたのはルールスだけだ。私は一歩遅れてしまった」

 不意に褒められ、メアは目を白黒させる。そして、その後の出来事を思い出し、恥ずかしさに顔を赤くしてしまった。

「いや。うん。俺が一番近かっただけな気がするし、動いた結果があれだったんだけど……あ、そうだ。忘れてた。魔族って、何?」

 何とかごまかそうと話題の転換を試み、そしていい話題が見つかった。エナシが口走っていた単語でよくわからないものがあったのだ。込められた意味としては、邪悪なる者、といった意味だったが、その詳細がわからない。

 レオゥがメアの顔を無表情のまま凝視してくる。アウェアも目を丸くしていた。

「し、知らないのか?」

「あー。そっかそっか。なるほど」

 レオゥはゴホンと咳ばらいをすると、メアに簡単に説明してくれた。

「魔法ってあるだろ。あれを使える人を魔族って呼んでいるんだ。魔法を使っているとどんどん肌から色が抜けていくから、魔族の人は白い肌、白い髪、赤い目をしている」

「へー……魔法、魔法」

 魔法についてもメアはよくわかっていなかったが、どこかで聞いたことがあった気がしたので、何とか思い出そうと頭を捻る。しかし、橋にも棒にも引っかからない。

「でな、基本的に魔族は精神を病んでいて、非常に危険らしいんだ。それに、魔法は危険な力だ。気違いに刃物状態を地で言っている場合が多い。それで、基本的に魔族は警戒されるべき存在なんだ」

「ほー……魔法……」

 もぐもぐと咀嚼し、飲み込んだメアに、レオゥが逆に質問をしてくる。

「じゃあ、北方の民ってなんだ? あの子、それっぽいんだろ」

「ああ、それね。スセヨ大陸の北側に住んでいた人たちのこと。なんか、雪のように白い髪と黄金のような眼を持ってる。と、村の老人が言ってた。ほとんど昔話みたいなもんだけど」

「そうなのか」

「ほう」

 他の人が知らないことを知っているということに、メアは満足げだ。学校に来てから、いや、来るまでも、自身の村を出てから驚かされてばかりだった。自身はひょっとして全くの無知なのではないか、と危機感を覚えていた。

 レオゥがぽつりと呟いた。

「じゃあ、そうなのかもな。なんで喋んないのかは知らないけど」

 アウェアが目を輝かせてメアに切り出した。

「ところでだ、メアは剣術に興味があるのだろう。誰かに師事したりしているのか?」

「いや、それが全然。教えてくれるような人いなかったし」

「では、何かの団体に入る気はあるか?」

「自主活動団体? 決まってない。レオは?」

「俺も」

 ふむ、と切り出した。

「一緒に学内を見て回らないか。どうやら活動を披露しているところもあるようだ。案内はあいつがしてくれる」

 指をさされたのは、レオの隣に座っていた黒髪の少年だ。その少年はびくりと体を震わせると、抗議の声を上げた。

「そ、某――じゃなくて、なんで俺が!」

「ほーう。嫌か」

「い、嫌だ」

「そうか。じゃあ……」

「嘘です。嫌ではないですごめんなさい」

 メアとレオゥは二人のやり取りを眺める。何やらお互いに知り合いのようだが、よくわからない。分かるのは、少年の名がフッサであり、彼が酷くアウェアを恐れているということだ。

 見かねたメアは二人の会話に割り込む。

「フッサだっけ。嫌なら大丈夫だよ。適当に見て回るから」

「いやいや、やるよな?」

「はいやりますやらせてください」

「大丈夫だルールス。こいつは便利な奴だ」

 そういってアウェアは胸を張り、フッサはがっくりと肩を落としていた。

 すると、また別の方向から声がかかる。

「ねえねえ、学校見て回るの? 私たちも一緒にいっていい?」

 そちらを見ると、数人の女生徒がメア達の方を見ていた。見覚えがあるので、花組の生徒だろう。

 メアがちらりとレオやアウェアに目をやると、アウェアは大きくうなずいて口を開いた。

「かまわない。レティと、シャープと、シヌタと……モーウィン、貴様も行くのか?」

「へ?」

 少し離れた席に、二人分ほどの場所を一人で占めていた巨大な金属塊、モーウィンも頭部に当たる部分を大きく上下に動かした。

 メアだけではなく、レオゥやフッサも目を白黒させるが、アウェアは全く気にしていないようだ。モーウィンも行く気満々のようで、持っていた杯を机の上に置くと、がっちゃんがっちゃん音を立てながらアウェアの横に移動し、停止した。

 そんなメアたちの動きを見計らっていたかのように、エフェズズが花組の生徒たちが固まっている方へ近寄ってきた。

「一応明言しておきます。今日の授業――授業ではないですが、授業はこれで終わりです。これからは自由に過ごしてください。また、説明を忘れてましたが、この学校はオルシン暦を基準に日程が組まれているので、明日は休日で授業はありません。来週の頭、昊弧星から通常通りの授業が始まりますので、時限表に従って、遅れないように教室に集合してください。よくわからない人は、配った冊子をよく読んでおいてくださいね」

 それだけ言うと、解散、とエフェズズは去っていった。少しばかり説不足に関して問い質したい気持ちもあったが、水を斬るような労力になる気もして、メアはとりあえず帰ったら冊子を読むことにした。

 メアが振り返ると、レオゥもアウェアも席を立っている。他の生徒たちも同様だ。まだ机の上の大皿には菓子が残っているが、それに心残りがある生徒は少ないようだった。

 メアは後ろ髪を引かれる思いで立ち上がる。そして、急に大人数での行動になったことに戸惑いながらも、とりあえず食堂を出ることにした。

 食堂から出て少し離れた場所で、レオゥが切り出した。

「俺らは適当に歩いて回るつもりだったけど、なんかあてはあるのか?」

「フッサ」

「はい。えーとですね、とりあえず運動場の方で運動系の団体は何かやってるっぽいです。後は第三教育棟と、格技館ですね」

「ご苦労。というわけだが、どこか行ってみたいところはあるか?」

 まるで家来みたいだ、とのんびりとした感想を抱きながら、メアは答える。

「んー、剣かな。剣術とか教えてくれそうな団体はないかな」

「それなら、剣士會という団体がありまする。格技館の方で新入団員を募集中の模様でして」

「……なんか口調変じゃない?」

「ごほん。気のせいで、気のせいだって」

「ま、いっか。俺はそこが気になる」

 メアが他の面々の様子をうかがうと、特に反対意見はないようだ。というより、皆行きたいところが特にないようだ。そのまま、格技館へと向かうことにした。

 格技館は特に大きな建物だ。高さこそ二階建てのものと同じだが、室内で運動を行うために建物全体で一部屋という構造になっている。そのため、中に入ったときに感じる広さは、校内の建物では飛びぬけている。

 入口は大きく、四、五人は横になって出入りできるくらいだ。入り口横には大きな靴箱があり、そこに履物を置くらしい。床は木製でよく手入れが行き届いており、高いところにある窓から日光が取り入れられているおかげでとても明るい。

 メア達が靴を脱いで格技館に入ると、中は多くの生徒で賑わっていた。

「人すっご」

「うわー、上級生いっぱい」

 誰かが呟いた。メアも同じ感想を抱いていた。

 とりあえずメアは手近な集団に近づいてみる。すると、そこには大量の武具が並んでいた。

「らっしゃい、らっしゃい。自主活動団体、レトリー武具製造会社の製作した製品ですよー。こんなかっこよくて実用性抜群の武具が作れちゃううちの団体に入らないかい? 材料は格安で集められるし、工具などは団体の物を自由に使える。ものづくりに興味のある新入生はぜひうちの団体へ!」

 上級生が元気に声を上げている。それを聞きながら並べてある剣を見てみるが、眺めてみた感じだと刃は歪んでいないし光沢は一様だ。もしこれを生徒が独力で作ったというなら素晴らしい出来だとメアは感じた。いつの間にか横にいたアウェアも感心したようにうなずいている。

 小手や革鎧などの防具も見ていると、肩をつつかれた。振り返ると、レオゥが別の生徒の集団を指さしていた。

「あっちでなんか剣振ってる」

「あ、じゃあ行ってみようか」

 反対側の角に歩いて行っている間も、たくさんの生徒の声が響く。その活気はまぶしい。

「わーすごい……」

「これはね、手首を反対側から掴んで……」

「これどうしたんです? ああ……」

「つまるところ我々の団体の活動は……」

「はい、そこ、無理矢理はダメダメ。ちゃんと……」

 音の渦だ、とメアはくらくらした。

 メア達が周囲を見回しながら近づいていくと、その集団が見えてきた。ほとんどの生徒が腰に剣を下げ、動きやすそうな服装をしている。集団の真ん中には剣を振り回しても問題がないほどのスペースがあり、数人の生徒が話をしている。

 メア達がそこに近づくと、その中の一人が声をかけてきた。

「やあ、いらっしゃい。新入生かな」

 メアはちらりとレオへ目をやった後答えた。

「はい。あなた方は?」

「剣士會っていう、自主活動団体の団員さ。自主活動団体はわかる?」

「はい」

「なら話は早い。僕たちは、剣の腕を磨くという目的を持った団体。腕の立つ剣士を募集中だ。君は?」

 メアは言葉に詰まる。目の前の男子生徒はにこやかではあるが、腕の立つ剣士を、としっかりと釘を刺されてしまった。

 しかし、黙っていても始まらない。

「剣術を、教えてもらえないかと思っていたのですが……」

「ということは素人かい? 剣を振ったことはない?」

「一応あります」

「そうか。じゃあちょっと剣を振ってみてくれないか」

 男子生徒はそういって木剣を差し出した。

 周囲の視線が自分に向くのを見て、メアは気恥ずかしい気分になるが、それをこらえて受け取る。おそらく入団のための試験のようなものだろう。そんなものがあることは予想していなかったが、機会をくれるというのならメアに断る理由はない。

 木剣を正眼に構える。

 振り上げて、振り下ろす。

 踏み込んで、突き。

「ちょっと僕に打ち込んでみてくれる?」

「はい」

 木剣を持って目の前に立った男子生徒にめがけて剣をふるう。

 喉、脳天、心臓、脇腹、腕。

 全力で打ち込んでみるが、どれもたやすくさばかれる。一応殺す気でやっているのだが、受ける相手は涼しい顔だ。

(う、げ。駄目だこれ。この剣軽いし、相手の人、普通に強い)

 そのまま数合打ち合って、メアの息が荒れ始めたころ、男子生徒が制止した。

「よし、終わり。どうです、団長」

 男子生徒は振り向いて一人の生徒の様子をうかがう。おそらく、この団体の長だろうということはメアにもわかった。眼光鋭くはあるが隈が濃く、体調はあまりよくなさそうだが、その太い腕と使い込まれた剣がその実力を物語っている。

 ほんの少しの期待を込めてメアもそちらを見るが、団長と呼ばれた生徒は目を合わせることもなく首を振った。

 すると、剣士會の生徒は苦笑いしてメアに手で謝った。

「うーん、これから授業があって、そこで剣術も習うだろうから、それでもまだやりたかったらその時に来てみて。がんばってね」

「……はい」

 落第とはっきりと告げられてしまった。

 メアとしては残念だが、こうして断られることには慣れているので、剣を返して去る。そして、見ていたレオゥ達のもとに戻った。

 戻るとすぐに、やや早口でレオゥが話しかけてきた。

「なんだあの態度。ありえない」

「え? 何が?」

「新入生なんだから心得がないのも普通だろう。そうした生徒を片っ端から切り捨てていく態度は気に入らない。そんなんじゃ先細りするばかりだ」

 メアは目をぱちくりとさせてレオゥを見る。相変わらず表情は無。表情からでは何を考えているのか読み取れない。口調はなんとなく怒っている気もするが、あまり普段と変わらない気もする。

「なんか怒ってる?」

「怒ってない。別に」

 メアの質問に表情一つ変えずに、レオゥは首を振った。

 そんな二人を仲裁するように、アウェアが会話に割って入る。

「まあ、レオゥが何を言いたいかは私にもなんとなくわかる。メア、よかったのか? 簡単に諦めて」

「集団の質を高めるために人の出入りを制限するのは当たり前だし、俺は素人だし、ああいう反応は当然じゃないかな。そもそも、こんな活動があること自体知らなかったし、授業で学べることも考えれば焦る必要もないと思って」

「そういうものか」

「そういうものだって。それに、きちんと剣の扱いを知ったら入団させてくれるみたいだし、他にも似たような団体はあるかもしれないし。こだわらなくてもいいでしょ」

 強がるでもなくそう言うメアに、二人とも納得こそしないものの理解はしたようで、そこで話は終了した。

「アウェア、こっちこっち、見て見てー」

「レティ、今行く」

 遠くから、呼ぶ声に、三人はそちらへ向かった。

 なお、剣術を種とした団体は他には見つからなかった。

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