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ルゼンテーベ・ストルト  作者: 仁崎 真昼
一章 学校の始まり
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004 教室・校則・委員

 三息(約五分)ほどの休憩が宣言され、教室にざわめきが広がる。あちこちで雑談が始まり、各々が配られた外套を纏って見せあっている。

 メアは周囲をせわしなく見回しながら、そっと腰帯腰から剣を外した。

「あれ、外すのか」

 それを目敏く見咎めたのはレオゥだった。ぎくり、動きを止めたメアは、恐る恐る振り返る。その顔は叱られることを待つものの怯えが混じっていた。

「いや、だってさ。直接来たから着けっぱなしで来ちゃったけど、武器って教室に持ち込んでいいのか不安になって」

「ああ、校則の話が出たからか」

 頷くレオゥは無表情のままだった。先ほどからずっと、石でできた仮面でも被っているかのように表情が変わっていない。その威圧感に圧され、メアは唾を飲みこむ。

 だが、レオゥの口調は努めて平静であり、メアを叱るような色はなかった。

「別に大丈夫だと思うけど」

「でも、ここって別に戦士の訓練校でもないし、剣術道場でもないよ? 本当に大丈夫? 喧嘩は素手でやれって言われたし……」

「っても他の生徒も持ち込んでるし、メアだけ怒られるってことはないだろ。さっき一緒に暴れてたエナシとか、アウェアとかも普通に背負ってるだろ。鞘から抜きさえしなければ大丈夫なんじゃないか?」

「なら大丈夫か、ってさっき思いっきり抜いちゃったけど」

「先生が見てないから大丈夫大丈夫」

 メアの背筋を冷たい汗が流れた。ひょっとしたら自分はかなり危ないことをしていたのではないか、と気づいたのだ。そう、まだこの場所の規則についてメアはほとんど知らない。もし知らずの内に重大な規則を破って退学なんかになったりしたらと考え、血の気が引いた。

 声にまで動揺が出る。

「おおお俺大丈夫かな。他に何か規則破ってないかな。どうしよう。退学とか」

「まあそこから辺はこれから説明してくれるだろ」

「……余裕あるね。ひょっとして詳しい?」

 心なしか余裕のあるように見えるレオゥに、メアは頭に浮かんだ疑問をそのまま口にした。それに対し、レオゥはメアから目を逸らしながら後ろ頭をかき、答える。

「親がこの学校出身なんだ。だから少しは話を聞いてる。けど、詳しくは知らない。まあれだよ、あんまり理不尽なことはないから安心していいよ」

「本当? 嘘だったら怒るよ」

「ほんとほんと」

 そんな会話をしていると、レオゥはちょっと便所、と言って教室を出ていった。メアは会話の相手がいなくなったことに少しばかり心細くなったが、他に話しかける気力もなく、そのまま教室を眺める。

 レオゥが教室に戻ってくるのとほぼ同時にエフェズズが立ちあがって手を叩いた。どうやら休憩は終了らしい。教室の中が少し静かになり、それを見てエフェズズは満足そうにうなずいた。

 エフェズズはゆっくりとした足取りで教卓へと向かい、手に持つ大量の紙束を教卓に下ろすと、いくつかに分けて列の先頭の生徒に配った。

 メアも自分の方に回された紙束を見てみる。それは小冊子にされて紐で留められているようで、表紙にはレトリー総合学校校則と記されている。

 レオゥがメアに小声で話しかける。

「審判の時ってわけだな」

「うん」

 メアも一部後ろに回しながら答えた。

 全員に冊子が行きわたったのを見て、エフェズズがその説明を始める。

「それはこの学校の校則が乗っています。十七項目ありますが、重要なのは授業に関する規定、進級に関する規定、装備に関する規定、持ち込み物に関する規定、魔術に関する規定ぐらいですかね。まあ、順を追って話していきましょう」

 エフェズズ自身も冊子を開きながら、静かな声で話し始める。

「第二項は主に授業に関してです。皆さん、授業というのが何かわかりますか。授業とは、簡単に言えば学問又は技術の指導です。皆さんは、様々な種類の授業を受けることで、様々な知識と技術を身に着けてゆくことになります。そして、当然授業を受けるだけでは駄目です。それが身についているか確かめなければいけません。さて、そうなると何をするかわかりますか?」

 金髪の少女が挙手し、その質問に答える。

「試験ですか?」

「はい、そうです。指導教員による試験が行われます。そして、試験に合格した生徒には、星が与えられ、それを一定数取得することが進級のための条件になります。ただし、試験と言っても形式は決まっておらず、先生ごとに審査基準はばらばらです。多くの教科では一年の最後に行われる最終試験で星を配布しますが、実技系の教科では日々の授業で配布することも多くあります。一教科につき配られる星は最大で三つ。一年生の授業では星を一つも取れない教科があると留年――要するに進級できないので、もう一年同じ授業を受けることになります。しっかりと授業は受けましょう」

 うげ、と何人かの生徒が悲鳴を上げる。何やら留年という言葉に嫌な記憶がある様だった。

「第八項は装備に関する規定です。生徒の武器の持ち込みは許可されています。ただし、刃のついているものには鞘をつけ、それを外すのは原則禁止です。違反した場合には第四項、第十一項に関係して様々な処理が行われるので、くれぐれも気を付けてください」

 処理という言葉にメアの心臓が跳ねた。

 直後、一人の生徒が挙手した。

「先生! もうすでに教室で剣を振り回していた生徒がいるみたいですよ!」

 ぶっ、と誰かが噴き出す。同時に、メアの頭から血が引いていく音がする。

 教室のあちこちから、困惑の声、呆れの声が聞こえてきた。しかし、それも当然のことかもしれなかった。入学初日から無駄に波風を立てる必要などないのに、堂々と臆面もなく他の生徒の告げ口をしたのだ。しかも、口ぶりが明らかに面白がっている。

 メアの心臓が激しく音を立て、脇には冷汗が流れる。恐る恐る冊子を探って第四項を見てみると、そこには懲罰に関する規定、と書かれていた。さらに目を滑らせると謹慎、奉仕活動、退学、追放といった文字が飛び込んでくる。メアはもう顔を上げることができなかった。

(あれか、退学か、いやまさか……)

 教室がざわつく。一部の視線がメアの方に向かうのをメアが肌で感じていると、メアの前方の席から凛とした宣言が聞こえた。

「私とルールスとエナシが行った。しかし、私とルールスは正当防衛を主張する」

 堂々と宣言したのは、赤髪の斧を背負った少女だ。自己紹介の時はアウェアと名乗っていた。そして、メアとエナシの戦闘に割り込んだ少女でもある。

 つい顔を上げてしまったメアはばっちりとエフェズズと目が合ってしまった。

 そして、その瞬間にメアは理解した。エフェズズもこの話題を避けたがっている。いや、もっと言えば、できればこれをなかったことにしたいという意思を持っていると。

「私は――」

「あー、はい。いいですか」

 さらに続けようとするアウェアの発言をエフェズズは遮る。そして、細い指を口の前で組んで苦笑いした。

「とりあえず、今回はまだ校則の説明の前だったということで不問にしましょう。幸いなことに、誰にも怪我の様子は見られませんしね。しかし、これ以降は別です。四の一項を見てください。他の生徒又は教員に著しく害を与えると判断された場合、その生徒を謹慎処分とするとありますね。また、四の二項には四度目の謹慎処分で退学とあります。これを踏まえたうえで、冷静な行動をお願いします。それでもどうしても気に食わないことがあった場合には、第六項に決闘についての取り決めがありますので、そちらを熟読してください」

 そう言ってエフェズズは目配せをする。どうやら最後の言葉は冗談のようだ。それを理解し、教室には軽く笑いが響いた。

 緊迫した雰囲気は溶け、メアは胸を撫でおろした。ちらりと横目でエナシの方を確認すると、メアのように動揺はしていなかったようで、背もたれに体を預けたままふんぞり返っている。ずいぶんと余裕がありそうな涼しい顔だ。動揺したのが自分だけだったのか、とメアは少しだけ癪な気分になった。

 エフェズズは手で笑い声を制して続ける。

「持ち込み物に関する規定は、重要ですが、まあ軽く目を通す程度でいいです。危険なものは持ち込まないでくださいってだけですので。皆さん、毒物や爆発物は持ち込んでいませんか?」

 メアが周囲を見回すが、特に心当たりのある生徒はいないようだった。

 エフェズズは満足そうにうなずくと、ふむ、ふむ、ふむ。と続ける。

「最後に魔術に関する規定ですね。これは簡単です。原則としては使用可能。ただし、それが誰かの害にならない限りはです。あと、古典魔術(ムストディレス)は校内の使用に許可が必要ですが、まあこれはいいでしょう」

 ひょっとしたら魔術は全面的に禁止されるのではないかと思っていたメアは、この緩い制限に驚いた。メアは魔術が苦手だったが、それでも魔術を学べ、自由に使えることはうれしかった。

(けど、古典魔術ってなんだろ。最近聞いたような気がするけど)

 思い出そうとするが、エフェズズが説明を続けたために、メアの思考は途切れた。

「今説明したのが、とくに重要な項目についてです。ですが、その他の項目も等しく校則であるので、一度自分で目を通しておいてください。と、ここで一段落ですかね」

 エフェズズは懐から羅針盤のような何かを取り出し、それを確認する。そして、一つ咳ばらいをすると、面倒という気持ちを押し殺したような作り笑いをした。

「それでは、みなにはこれから、委員を決定してもらおうと思います」

 聞きなれない言葉にメアが周囲を見回してみると、周囲の人間もそれが何かはわかっていないようだった。レオゥの顔も確認するが、相変わらずの無表情。何を考えているかはさっぱりわからない。

 少しざわつく教室に対し、エフェズズはやや大きめの声で言った。

「この学校では、先生の補助又は生徒たちによる自治のために、委員会というものがあります。言うなれば、特定の物事において生徒たちを代表して権限を持たせた組織、でしょうか。自治を行うための三委員は立候補制で、入るためには委員会からの審査があります。ですが、先生を補助するための五委員は各組から一人ずつ集めるので、今のうちに決めてしまいましょう。あと、組代表もですね。組代表はこの組を纏める役目です。代表です。誇らしいですよ」

 エフェズズは教板に向き直った。

 図書、医療、飼育、景観、災害、組代表と書き上げる。

 それを見て青い髪の生徒が挙手した。

「先生、それぞれの仕事の内容などを聞いてもいいですか?」

 エフェズズは期待の籠った視線でうなずく。

「図書は図書塔の整備や受付などを手伝ってもらいます。蔵書量が膨大なので、生徒の手伝いが必要なのですよ。医療は医療室で怪我の治療などの手伝いですね。講習などもあるので、そちらの道に進みたいと考えている人にはお勧めです。飼育は学校内で飼育している生命の世話の手伝いです。重労働ですが、様々な生命に触れあえますよ。景観は施設や森林、湖の整備などを行ってもらいます。建築物の補修も手伝うことになりますね。災害は、災害訓練において避難の扇動をしたり、逃げ遅れたりした人の救急にむかってもらうことになります。荒事をするので、そういうのに自身がある方がやってくれるとありがたいです。組代表は担任と生徒の橋渡しです。雑用が多いですが、名誉ある仕事です。どうですか? やりたいですか?」

 どうする、大変そう、よくわからない。どちらかと言えば忌避の籠った感想で教室内がざわつく。それらを聞いてエフェズズは露骨に落胆した表情をする。委員の選出が難航する予感に、メアはエフェズズの表情の意味を理解した。

 一方、メアは委員会というものが少し気になった。名誉がどうとか、実利がどうとかではなく、未知の活動に対する純粋な興味からだ。

(せっかくだし、こうした役職について積極的に動いてみてもいいかも。でも、なんとなく面倒くさそうな仕事があるんだよねー)

 メアが腕を組んで悩んでいると、レオゥが話しかけてきた。

「メアは何かやりたいのある?」

「んー、しいて言うなら災害委員が気になる。けど……」

「腕に自信がない?」

「正直に言えばそう。他の委員会もちょっと興味あるんだけど、何分仕事内容がよくわからないから」

「まあ口ではどうとでもいえるしな。団体もあるし、委員会に入って時間取られるのは避けた方がいいか」

「団体?」

 一般的な単語ではあるが、なにかこの学校特有のものを差している。そんな意図が込められていたため、メアはその単語を反復する。

 そんなメアに対しレオゥは頷いた。

「自主活動団体っていうのを生徒が作れるんだ。その団体の活動が生徒の役に立ってるってなったら学校から助成金が出る制度。まあ、生徒の自主性を育てるってやつ? 先輩や後輩との縦のつながりができるから入っとくといいかもしれない、って言われた」

 おふくろに、とレオゥは後に付け加えた。それにより、メアの中で情報の信頼度が一段階上がった。メアの経験則では、経験者の言葉は参考にするに限るからだ。

 メアが自由だな、と感想を抱いていると、エフェズズが口を開いた。

「とりあえず、組代表を決めたいと思います。誰かやってくれる人はいませんか?」

 あたりを見回す。聞いている限り、やることは雑用だろう。やる人なんて出るのだろうかとメアが考えていると、一人の少女が手を挙げた。

「おお、やってくれますか?」

「はい。あの、特に能力が必要とかないですよね?」

「大丈夫です。ありがとうございます、ええと、シヌタさん」

 その少女はエフェズズに手招かれるままに前に出ると、長い青髪をなびかせながら一礼した。

「さきほども自己紹介しましたが改めて。オトル゠シヌタです。組代表、精一杯務めさせていただきますので、よろしくお願いします」

「では、以降の進行はオトルさんに任せようと思います」

「はい。……はい?」

 エフェズズはにっこりと笑うと、自分用の教板脇の席に座った。そして、笑みを浮かべたままシヌタの言葉を待つ。

 想像していなかった丸投げに、シヌタは表情をこわばらせた。しかし、いくら待とうともエフェズズの動きはない。シヌタはしばらく迷っていたようだが、ままよと切り出した。

「じゃ、じゃあ! 残りの委員を決めようと思います。誰かやる気のある人はいますか?」

 手は上がらない。全員判断材料が足りていないと考えているのだ。

 そりゃあそうだろう、とメアも傍観し、長くなることを覚悟した。だが、その予想は直ぐに覆される。

「はい、あたし飼育委員やるやる。やっちゃる」

 と空色の髪の少女が元気に挙手したかと思うと。

「はい、私図書委員します」

 と金髪の少女が眼鏡を直し。

「景観委員をやらせてもらう」

「じゃあ俺災害委員やるよ。要するになんか荒事すりゃいいんでしょ」

「はい、私、医療委員やります」

 と特にもめることもなく、すんなりと委員が決まってしまった。

 その決断力ややる気にメアは呆気にとられた。

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