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あなたのことは推せません  作者: 土谷ナァリ
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04 私の立ち位置

あらすじ:生まれ変わったら商人の家の娘でした。常連客と仲良くなりました。

 それからおじさまは、今までよりも店に来てくれる頻度が増えた。いままでも毎日のように来てくれていたから、大きな変化じゃないけれど。うん、私の勘違いかもしれないのだけれど。


 ちょっとだけ来ない日が少なくなって、以前より店にいる時間が増えたおじさまは、私と目が合うと、やっぱり少し眉を下げて笑う。それでも隣に座ることを拒まれることはなかったし、あの日からは座るとそっと手を差し出してくれる。私はそのあったかい手を握って日がな一日、店の様子を見ているようになった。



 ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※



 ある日店に行くと照明はついておらず真っ暗で、店員もだれもいなかった。もちろんおじさまも。その日は月に1度の定休日だったのだ。


 おじさまが手を繋いでくださるようになって、たまにはほんのちょっぴり会話をしたりすることもあって、嬉しくて、定休日なんて忘れてしまっていたのだ。


 私はしょんぼりと肩を落として自室へと戻る。一昨日からおじさまがいらっしゃっておらず、今日こそは来ているかと思ったのに。


 以前は気にならなかったおじさまの不在がひどく辛い。おじさまだって用事の一つや二つあるだろうし、毎日来てくれる方が本来なら珍しいはずなのに。


 今日は部屋で本でも読んでいようと、中庭を横切り、裏口から入って廊下を進む。リビングの前の扉を通るとき、きゃっきゃっ、と赤ん坊のはしゃぐ声が聞こえた。


 数か月前に生まれた弟の声だ。両親の声もかすかに聞こえる。私は扉の前で少し立ち止まった後、早足で立ち去った。


 前世では近所の子どもの面倒を見ることがあったので、小さい子は苦手ではない。むしろ血のつながった兄弟に、してあげたいことはたくさんある。それでも自分の立ち位置を考えると、必要以上の干渉はためらわれた。


 私は父とは血が繋がっていないらしい。


 母の妊娠がわかり、おなかがだいぶ目立つようになった頃、突然母が私の部屋に訪れて教えてくれた。


 母は15歳で奉公に出た先で妊娠し、私の本当の父親とは別れて地元に戻ってきたのだそうだ。父は昔から母を好いてくれていて、母が別の人の子どもを身ごもっていることをわかった上で母の手助けをするために結婚し、私の面倒も見ると言ってくれたそうだ。


 母は戸惑う私から目をそらし、「だから父さまに迷惑をかけてはいけないわよ」と言って部屋を出て行った。


 あまりにも突然すぎて頭がついていかなかった。生まれた日に聞いた嬉しそうな声も、今まで与えられてきた愛情も偽物だったのだろうか。ううん、違う。私は知っている。あの日々に父が私を愛してくれていたことは本当のことで間違いなかった。


 確かに父さまは器用な人であるけれど、会える時間を、それ以外の時間も、本当に私のことを考えて、見て、抱きしめて、愛してくれた。


 たぶん母はノイローゼになっていたのだと思う。父さまの本当の子どもを授かったことで、周りに私のことを責められたのかもしれない。


 私はその日一日考えて、一週間母さまや父さまの様子をこっそり見に行ったりしてよく考えて、本当によく考えて、それで、決めた。組んだ手を痛いほどきつく握りしめる。


 たぶんいつもの母さまなら、私が気にすることじゃないと笑うだろう。父さまなら、お前も私の子どもで間違いないと言ってくれるだろう。それでも、私は弟が生まれたらできるだけ3人とは距離を取ろうと決めた。もうこれ以上2人の、3人の邪魔をしてはいけない。


 私に咎はないのかもしれない。母さまの元に生まれただけで、ずいぶんと聞き分けの良い子供だったと思うし、手はかからなかったはずだ。でも私が居なければ、居なくなれば、父さまも母さまも、生まれてくる弟も本当に幸せな家族になれるはずだ。


 私の存在だけが邪魔で、不要だった。


 彼らから離れることを決めた日。星があんまりにも綺麗で、ちょっとだけ、ほんとうにちょっとだけ。胸が苦しくなって、慌てて布団に潜り込んで少し泣いた。


 私がリビングの扉から遠ざかった後、家令が正面玄関の方から慌てた様子で駆けてきた。そして私が開けられなかったその扉を、軽くノックしたあとであっさり開ける。


 ずきん、と胸が痛む。その痛みには気づかなかった振りをして、足をさらに速める。しかし、階段のそばまで来たとき玄関ホールから何か争うような声が聞こえて足を止めた。


「ここの主人に用がある。四の五の言わずに通せ」

「すみません。もうしばらくだけお待ちください」


 何かあったのだろうか。音を立てないようにゆっくり近づき柱の陰に隠れる。どうやら父に会いたいと突然の訪問者訪れているらしい。いつもなら部屋へ戻るところだが、とっさの判断で一番近い物置に潜む。


 静かに素早く扉を閉めて、扉に背を預け座り込む。なぜか心臓が警告するかのようにうるさかった。間を置かずに、大きな足音がリビングの方へと向かった。


 声に訊き覚えはなかった。お客様に鉢合わせるのを避けるために直接部屋に戻らなかっただけ、と自分に言い聞かせてこのまま自室に戻っても良かったが、けれどどうしてもその気にはなれなかった。


 大きな足音が間を開けずに通り過ぎて行った。しばらく息を整えてから、戸をほんの少し開けて辺りを見渡す。使用人たちは一様にリビングの扉を覗き込んでいるようだった。だれもこちらに注意を払ってはいない。


「おぎゃあああああああ」


 突然、弟が大きな泣き声をあげた。私は何も考えずにリビングへと駆け出していた。使用人たちの間をするりと抜けてドアをくぐる。


 部屋に入るとさっき玄関で見た男が弟を鷲掴みしようとしていたところだった。


「弟に触らないで」


 突然声をあげた私に、部屋にいた者たちが皆一斉にばっ、とこちらを見た。父も母も目をまるくしている。その男はあっさり手を引いて、ゆっくりと振り返える。


「ああ、そっちか」


 そう言ってニタリと笑う男に、訳も分からず私の背筋に寒いものが走った。





読んでくださりありがとうございます。

もうしばらくミリカの話が続きます。

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