03 父の手
あらすじ:死にました。生まれ変わったら前世の記憶を覚えていました。
私が生まれた今世の家は大きな商家だった。祖父が行商から始め、あちらこちらを回って縁をつなぎ、ここまで大きくしたという店は、外国とも取引を行っており、その品揃えから大勢の人が連日店を訪れていた。
こっそりと裏口から店の中を覗く。様々なものが並べられた広い店内は、それを買い求めるお客さんがあちらこちらで商品を真剣に見ていたり、嬉しそうに手に取っていたりしていた。私はその幸せな光景に口元をほころばせる。色とりどりの品々、楽しげな人々含めて宝箱のようだ。
そうやってしばらく店内を眺めた後で、少し身を乗り出していつもの場所に彼がいるかを確かめる。休憩スペースとして設けられた、壁際の長椅子にいつも通り、がっしりとした体つきの初老の男性が座っている。ぱちりと目が合って、彼は困ったように笑った。私は嬉しくなって彼の元に駆けつける。
「ごきげんよう、おじさま。お隣よろしいですか?」
「ごきげんよう、小さなレディ。どうぞ、喜んで」
ご一緒する許可をもらい、私はおじさまの左隣に座る。そしていつも通り、特に会話はせずに店内を眺める。
今日は小物と反物の新作が追加されたようで、ご婦人方の数が多い。それを遠巻きから眺めている幾人かの男性は恋人にと、贈り物を買いに来られた方だろうか。男性スタッフが順番に彼らへ声をかけ、奥の小部屋へと連れて行く。きっとゆっくり見られる場所で新作を紹介するためだろう。
ふん、と小さく鼻を鳴らす音が隣から聞こえた。見上げるとおじさまが満足げに微笑んでいる。常連客の彼はこの店をずいぶん気にかけてくれているみたいで、よい対応だと思ったときは鼻を鳴らして微笑み、何か問題があると眉間に皺が寄り、つま先で地面をたたく。彼のわかりやすい態度は、従業員の判断の指標になっているらしく、今も彼らの営業スマイルが微笑みを深くしたのが私にはわかった。
私は彼の膝の、軽く握っておかれた手に目をやった。彼は何の仕事をしていた人なのだろうか。毎日のように店に来ているので、仕事はもうなさっていないのだろうが、節くれ立ってごつごつとした、働き者の手だ。
「私の手がそんなに珍しいかい」
突然声をかけられ見上げると、おじさまが怪訝そうにこちらをみていた。私は首を横に振って、改めて手をまじまじと見る。珍しくは、ない。むしろ・・・懐かしい。よく見ていた手だ。
おじさまは見やすいようにと、右手を開いて私の方へ差し出した。私は彼の手をそっと両手で支える。温かい手だ。皮膚は硬く、あちこちに傷跡やたこがある。きれいな手ではないだろう。でもそれは記憶の中の前世の父の手によく似ていた。
父は村の相談役だった。村の人たちはみんな何かあると意見を仰ぎに父の元に来る。そうでなくとも、鍬を持って村中を手伝って回っているような人だったから、いつだって動き回っている印象が強い。
私はときどき父の後をついて行って、畑を耕したり、草をむしったり、村のばあちゃんやじいちゃんの話を聞いている父をこっそり眺めていた。父は私に気づくとにこりと笑うけれど、決して手伝えとか、家に帰っていろとは言わなかった。
それでも私が手伝うと、こうしたほうがいいとか、帽子をかぶせてくれたりだとかして、少し照れて頬をかくのだった。そして決まって帰り道では手をつないで歩いてくれるのだ。その、あったかくて大きくて、私の大好きな父の手に似ていると思った。
おじさまの右手を私の左手でそっとにぎる。その乾いた感触に、鼻の奥が少しツンとした。
「わたし、おじさまの手好きです。・・・ありがとうございます」
私はそう言っておじさまの手をそっと離した。おじさまは手をゆっくり戻し、正面まで持ってくると、しばらく自身の手を見つめた後で膝の上へ戻した。
ふたりの間に沈黙が降りる。それはいつもの無言で過ごす沈黙ではなく、お互いが言葉を探している沈黙のように感じた。私はおじさまの手が好きな理由をごまかすための言葉を探していた。先に口を開いたのはおじさまだった。
「右手を」
私は驚いておじさまの顔を見上げる。おじさまはすこしだけ眉間に皺を寄せ、戸惑ったような顔をしていた。私がきょとんとしていると、眉を下げ、左手を差し出して「右手を貸しなさい」と言った。
私は視線を手へ向けて、おじさまの差し出された左手に、右手をそっと乗せる。おじさまはその手を優しく握った。
ぱっと視線をあげておじさまを見る。おじさまは私の顔を見て、店の裏口から顔を出して目が合ったときのように困った顔で笑った。
その日はずっと手をつないだまま二人で店内を眺めた。
読んでくださりありがとうございます。
もうしばらくミリカの話が続きます。




