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3 私の登場である。

 森園(もりぞの)朔羅(さくら)

 私の名前である。

 「名前と(たが)わず、変わってますね」とよく言われる。

 何故、敬語を使われるのか謎である。このコメントをするのは大概クラスメイトの間柄の人間だ。

 小、中、高の学校のクラスメイトとは、同い年が前提であり、初対面でも敬語を使わずフレンドリーに接してくるものだと私は薄々勘付いている。しかし、十中八九一字一句、型があるかのように、クラスメイトは私の名前の珍しさに言及する。

 敬語で。


 何故だ。



「見るからに、堂々としているからじゃない?条件反射で敬語使わなきゃ、みたいに思うとか。それでみんな、同じ言葉しか出て来ない」

「それは誰から見ても泰然自若としているということかね」

「タイゼン?よく解からないけど、絶対押しても引いても動かない感じが、不動の山みたいな」

「ふん、山の如しね。案ずるな、私は山のように偉大でも恐ろしくもない」


 そうですか・・・と、歯切れの悪い答え方をして、彼は視線を泳がせつつ、ガショっとナンバーの印を捺す。

 彼の歯切れの悪さが解らず、私は釈然としないまま俯いた。

 そして、私の素晴らしい感覚を以って「文化祭実行委員会承認」の四角い判子をぽん、と適確かつ絶妙に捺し、隣にやる。

 紙切れを渡された彼は感嘆の声を上げた。


「わー。やっぱりすげぇ。何で森園さんて、こんな真ん中に真っ直ぐ判子捺せるの?」


 縦三センチ幅六センチの食券に捺された判子は、ズレなく正確に命中させている。

 彼の素直な反応に一笑し、私はぽんとまた正確に捺す。


「私の感覚が正確だからだね。」



 ここは夏休み中の山盛(やまもり)高校、二階の東端にひっそりと佇む委員会室である。


 この食券は文化祭で食堂または喫茶店をやるクラスで使用されるものである。

 文化祭実行委員会を通さなければ利用不可能であり、不正防止や来店者集計、会計処理に役立つ。文化祭実行委員会を通した証として、委員会特製「承認」判子とナンバー印を捺さねばならない。

 二日間の文化祭、全六団体の食券三千六百食分に、全部。

 現在私と彼の二人の文化祭実行委員が役割分担をし、委員会室にて判を捺している。本来委員は私と彼だけではないのだが、他の委員は不在である。夏休み中とて仕事はあるものを。委員会室にクーラーが あることは幸いだったが、夏の正午の外は炎天下、登校して来るのも大変暑苦しい次第である。

 校庭で練習している野球部の熱々(アツアツ)な掛け声と、蝉の喚く声。それらがくぐもって響く、閑散とした校舎内。汚れた廊下。委員会室のこもった空気。

 山盛りの、食券。

 登校当初、これを二人だけでやるのかと、我々が暫く絶句したのも無理もない。

 夏休み中だというのに仕事のために登校した私も彼も偉い。誰かが私と彼にアイスを奢るべきである。

 悉く「用事が入った」委員たちから、アイスをせしめることにしよう。


 体育祭、文化祭。学校の祭にまつわる実行委員とは、雑務が主な仕事である。

 表舞台には出ない。主人公たちは、祭典に参加して盛り上げるべく、ぶつかり合い用意し合い懸命に何ものかを作り上げようとする、生徒たちである。実行委員はそれら生徒たちの舞台を支えるためにいる。あくまで裏方だ。

 無論、実行委員も生徒で主人公のはずだが、クラスや部活の中で協力し合い、ときに葛藤あり喧嘩あり一人一人が参加し自発的に何かを成すべく行動する、そうして作り上げられる文化祭という行事で、当団体はどこか浮いた存在である。中枢にいるようだが、だからこそ喧騒や青春とは隔絶された組織であり、独立して当日に向けて仕事を進行させているものなのである。

 クラスの連帯や、部活の団結、喧騒や青春とは隔絶された委員会室。そこで委員たちは多大なる雑務や運営計画の実行をしている。所謂、影の暗躍者である。まあ、外れ者ともいう。

 この学校での実行委員会はそんな存在であり、文化祭の準備を着々と、しゃしゃらず焦らず誰も知らないうちに進めている。

 私は地味にちまちま限られた人間たちで、仲良く運営する忙しい実行委員会が結構好きである。

 私は何か用がない限り一人行動をとるので、クラスにいてもクラスメイトがどう扱えば良いか解からなくなるだろうと思い、表団体から関係なさそうな場所に所属することを思い立った。

 あれは文化祭の話が出始めた頃だ。委員会室の門戸を叩くと、案の定、裏方作業を快くまたは面倒臭そうに引き受け、主だった青春の舞台から分離した、水槽のような空間を楽しむ面々がいた。

 でもまあ、その面々も最初は私をどうしようか頭を痛めたに違いない。

 委員会室の門戸を叩いたとき、正確には「入会希望問答無用」と言って委員会室の引き戸を開けたとき、私を見た一同はジャングルでアナコンダに遭遇したかのような表情をしていた。

 しかも、三年生の先輩、二年生の先輩、OB、OG、同級生、面識の有無関係なく分け隔てなく、同じ表情をしていた。

 私は知らない内に影響を及ぼすことが多いようだが、何がそんなに衝撃的だったのかは不明である。


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