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14 父と母の出会いと危機について。

 母と父の出会いの話する。

 これは双方が語ったものを総合してまとめたものである。


 母は車の下に潜ってみたかった。

 ゆえに、車の修理工になろうと思った。大学は機械工学部に所属し通いながら、車の修理工場に弟子入りし、昼夜問わず勉強に修行に励んだ。

 しかし、大学でも修理工場でも母は忙しい様子を微塵も見せず飄々としていたそうだ。

 例の意地の悪いにやにや笑いを浮かべてキャンパス内を悠々と歩行、急いでいる様など見せたことがない。

 「彼女が歩けば論難に打ち負かされた戦士たちの屍が累々」とも言われた。すっとした美人で、機械工学部には珍しい女性ということも相まって、必然的に母はキャンパス内の有名人であった。


 恐るべき野花。

 それが母についたあだ名である。


 一方、父は大学で機械工学部の教授の助手をしていた。研究をしつつ師事する教授についてゆくゆくは自分も教授にならんと野心を燃やしていた。父の夢はひとつ、教授になって専門家として多方面のメディアに出没することであった。要は名誉欲である。

 師事する機械工学部の教授が同じであったので、母と父が顔見知りになる経緯は平凡である。父は機械工学部教授の部屋に助手としていたし、授業の実験の手伝いなどをしていた。

 言葉を交わしたのも、平凡な理由からであった。

 ある日、母と父は実験の片付けを一緒にやった。教授はランダムに学生に実験の片付けを手伝わせていたのである。

 前から顔馴染みの、一風変わった感じの綺麗な女の子と一緒になって、若い父はその女の子が恐るべき野花とあだ名される恐るべき論客とは知らず浮き立った。女の子に良いところを見せようと思い、片付けを慣れた風に指示しつつ、父は実験機具や回路について自分の知識を披露した。

 ここから平凡云々から少し話がずれてくる。

 気持ち良く自分の知識を話していたが、母がいきなりけけけと笑った。

 何かと訊けば、母はにやにやと笑って、父の教え方が下手だと言った。

 その次には父の知識の欠陥、説明順序の悪さ、説明不足、教授の仕方の欠点などなどを挙げ連ね、それらを順序立てて理路整然と説明し、具体的にどこを直したら良いかまで指摘した。

 自分の博識を披露した筈なのに、逆に相手の博識を思い知らされぐさぐさと自分の勉強不足をえぐられた父は呆気にとられた。

 挙句の果てに、母は鼻で笑ってこう言った。


「助手ってあまり頭が良くないんですね」


 面目丸潰れである。

 これの一体どこが良かったのか。明らかに小娘に馬鹿にされて恥をかかされたのにも関わらず。

 父はこの瞬間、「惚れた」のだという。


 父は誰よりも多く母に論戦を挑んだ。猛勉強し、母に好敵手としての笑みを浮かべさせた。「お勉強なさったようですねぇ」幾度と敗れ去ったが、母を認めさせたことも幾度とあった。

 父はキャンパス内で母を見掛けると頑張って話し掛け、玉砕し、些細なことで一喜一憂した。母の意地の悪さは変わらなかったが、段々親しみがこもって来た。

 父の明らかな行動は人目につき、学部内から「棘のある蓮華草に挑む猛者」と言われ応援されたという。母という人間の性質が恐ろしくて近寄れず、遠くから見ている男子学生は多々いたらしい。

 父の頑張りは実って、父が交際を申し込むと母はけけけと笑って了承した。

 けけけと笑ったからからかわれて終わりかと思った、と父は言う。

 けけけと笑って、母は「良いですよ。森園さん随分努力されているようだから」と言った。

 どちらにしろからかっている感じがするのは私だけだろうか。

 父と母の交際は意外と順調だった。母の態度は変わらない。修理工場で律儀に修行して、勉強していた。父は野心を前より燃やさなくなったが、母との論戦で強くなったせいか、母のコツコツした努力に感化されてか、自然と研究者として研究を重ね、努力するようになっていった。より尊敬されるべき人間になるべく、勉強を重ねた。

 お互い都合の良い偶の時間に努力して会う。また論戦する、からかわれ、肩を竦め、認め合う。そんな月日を重ねていく。そんな幸せで、濃厚な日々が続くかと思われた。

 しかし、そんな二人に別れの危機がやってきたのである。


 母が四回生のときに、一度父はプロポーズをした。


 

 蓮華さんを幸せにしたいんです。



 しかし母は、久々に父を鼻で笑って一蹴した。



 私を自分が幸せにするなんて思い上がった考えを捨ててからにしろ。




 何が悪かったのかさっぱり解からなかったし、父は傷付いた。父の思いや決意は深かったのだ。しかし、母は父の申し出を一蹴した後、さっさと立ち去った。まるで未練など微塵もないように。

 傷は癒えないまま放置された。父も母も忙しくなって、会う機会が少なくなった。父は准教授になるため実験や論文に追われ、母は卒論と資格取得と修理工場とで忙しかった。

 当たり前のように、距離は離れて行った。



 実は彼女は最初から冗談で自分と付き合っていたのではないだろうか。




 やはり、彼も私とは合わないのだろうな。



 父と母はそれぞれ、別れの理由を考えていた。結局それぞれ、自分の道を歩んでいる。母は自動車修理工として、父は教授になろうとして。

 一瞬互いの人生が重なっただけ。よくあることだ。このまま二人の道は分かれていくのだろう。だって、もう別れの理由を考えていて、別れの言葉を考えている。

 自然な流れだ。


 互いに決着をつけ、清算したい性分だったので、一段落ついたときに、久し振りに連絡を取り合って会うことになった。

 二人とも、それが最後に会う日になるだろうと思った。


   *


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