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1 母曰く

紙媒体『委員会室へようこそ』個人誌 2010年10月16日 某文芸サークルより発行

 母曰く、私が生まれた理由は「条件が揃ったから」である。


 当時小学校二年生だった私は、ぽかんとして母を見上げた。「身近な人に自分の生まれたときのエピソードを聞いて、みんなに紹介しよう」という国語の授業の課題があり、私は母にインタビューしに行ったのである。私は母が、私自身が生まれるときの話をしてくれるものだと思っていた。

 ところが「君が生まれた理由は条件が揃ったからだよ」と前置きして、母がし始めたのは自分と父の交際エピソード。今なら何故、母がその話をし始めたのか解かる。しかし当時の私は「全然関係ない話じゃないか」と思って困惑した。

 課題発表の当日、他のクラスメイトは自身が生まれたときの母親の苦労や気持ち、父親の対処、兄姉の感想、祖父母の喜びよう等を「自分の生まれたときのエピソード」として発表した。自分が生まれる云々以前に、まだ結婚すらしていない父母のエピソードという捻くれた発表をしたのは私だけである。

 その日は授業参観であった。クラスメイト、先生はもとより、クラスメイトの父兄の面前で私は両親の交際エピソードを発表し、晒したわけである。瞬く間に私の母の捻くれ性が浸透したことは想像に難くないだろう。転じて、私がそのとばっちりを受けて父兄に人間性を誤解されただろうこともご想像頂けると思う。


 勿論、話を聞いた時点で、私は「母と父の結婚する前のエピソードは私が生まれたときのエピソードではない」と母に抗議した。

 が、そんな小学校低学年の娘に、母はにやりとして、意地悪げにこう言ったのだ。


「しかしねぇ朔羅(さくら)ちゃん。事実、それがなかったら、条件は成立せず、この世に君は存在しないのだよ。さっきの話は朔羅ちゃんが生まれたときの、立派なエピソードのひとつさね。心に刻んでおきたまえ」


 先程も述べたが、今ならこの言葉の意味も解かるのである。

 しかし、当時小学校低学年の子供に、この世の偶然のカラクリによる誕生や出会いなどをどう理解せよというのだ。親が小学校の課題のテーマに捻くれた解釈をしてどうしようというのだろう。このときの母の意地悪い笑みを思い出す度、つくづく母は無垢な子供を煙に巻いてにやにやしているような嫌なやつだと思う。

 私は「この世に君は存在しない」という語感に衝撃を受けて、それ以上何も言えなくなったのだぞ。


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