第7話「赤銅の髭と、大地の脈動」
魔法作物の栽培も軌道に乗り、俺たちの拠点はますます豊かになっていった。
ヒーリングトマトやマナベリーは、エリナの故郷の森にも送られ、マナの枯渇に苦しんでいたエルフたちの助けになっているらしい。
収穫した作物を保存するための、スキル製「天然冷蔵洞窟」なんかも作り、食料事情は万全だ。
そんなある日、俺はいつものようにスキルで土地のコンディションを調べていた。
すると、ふと、地下深くに奇妙な反応があることに気づいた。
それは水脈とは違う、硬質で、巨大な何かの塊。そして、そこから微弱なマナが発せられている。
(なんだこれ……? 鉱脈、か?)
興味を惹かれた俺は、さらに意識を集中させてその正体を探った。
鉄や銅といったありふれた金属じゃない。もっと高純度で、強力なマナを秘めた金属。ミスリル? いや、それ以上だ。もしかしたら、伝説の金属と言われるオリハルコンに近い何かかもしれない。
「すごいお宝を見つけちまったかもしれないぞ……」
俺が一人で呟いていると、エリナが不思議そうな顔で近づいてきた。
「カイ、どうしたのですか? 地面を睨みつけて」
「いや、実はさ……この下に、とんでもない鉱脈が眠ってるみたいなんだ」
俺がそう説明すると、エリナの翠の瞳に警戒の色が走った。
「鉱脈ですって? あなたのスキルは、そんなことまでわかるのですか……。だとしたら、急いで対策をしなければなりません」
「対策? なぜ?」
「優れた鉱脈は、ドワーフを引き寄せます。彼らは大地の脈動に敏感で、良い鉱脈があれば、地の果てからでもやってくると言われていますから」
ドワーフ。頑固で、酒好きで、鍛冶の腕は超一流と言われる、あのドワーフか。
会ってみたい気もするが、エリナの口ぶりだと、あまり歓迎すべき客ではないらしい。
「ドワーフは、一度鉱脈を見つけると、周りのことなどお構いなしに掘り進めてしまうことがあります。もし彼らが来たら、この畑も無事では済まないかもしれません」
「それは困るな……」
俺たちがそんな話をしている、まさにそのときだった。
ズシン、ズシン、という重い足音が、遠くから近づいてくるのが聞こえた。
土壁の見張り台に登って見ると、地平線の向こうから、十数人の集団がこちらに向かってきていた。
背は低いが、誰もが筋骨隆々。肩には巨大なツルハシやハンマーを担いでいる。見事な髭をたくわえたその姿は、まさしくドワーフの一団だった。
「……噂をすれば、ですね」
エリナがやれやれといった表情でため息をつく。
あっという間に、ドワーフの一団は俺たちの拠点の前に到着した。
先頭に立っていたのは、一際体格が良く、赤銅色の髭を見事な三つ編みにした、威厳のあるドワーフだった。
「おおっ! この辺りからだと思ったぜ! なんてぇ濃密な大地の脈動だ! まるで、大地そのものが喜びに打ち震えているようだわい!」
彼は俺たちのことなど目に入っていないかのように、地面を力強く踏みしめ、満足げにうなずいている。
「おい、そこの人間とエルフ! ここを管理しているのはお前たちか? ワシはドーガン。ドワーフの鍛冶師一族の棟梁だ。この土地に眠る極上の鉱石、ワシらに掘らせてもらうぞ!」
いきなりの要求。あまりに一方的で、横暴とも言える物言いだ。
俺の隣で、エリナの眉がぴくりと動いた。
「失礼ですね、ドワーフ。ここは我々が開拓している土地です。あなた方の好き勝手にはさせません」
「なんだと、小娘! ワシらは、ただ大地の恵みを頂くだけだと言っておるのだ。文句があるなら、このハンマーで聞き入れてやろうか!」
一触即発。ドーガンがハンマーを握りしめ、エルフたちも弓に矢をつがえる。
まずい、このままでは戦闘になってしまう。
「ま、待ってくれ! 話し合おう!」
俺は慌てて二人の間に割って入った。
そして、ドーガンに向き直る。
「ドーガンさん、だったな。あんたたちが鉱石を求めているのはわかった。だけど、俺たちにもこの土地で守りたい生活がある。いきなり畑を掘り返されちゃ困るんだ」
「ふん、ひ弱なことを。畑なんぞ、また作ればよかろう」
全く聞く耳を持たない。これが頑固一徹のドワーフか。
どうしたものかと思案していると、ぐぅぅ〜、と気の抜けた音が、ドーガンの腹から鳴り響いた。
「……」
ドーガンは気まずそうに、自慢の髭をいじっている。どうやら、腹を空かせているらしい。長旅だったのだろう。
(これだ!)
俺は口角を上げると、ドーガンに提案した。
「ドーガンさん、取引しないか?」
「取引だと?」
「ああ。あんたたちに、最高の飯と酒を振る舞ってやる。もし、それを気に入ってくれたら、俺たちのルールに従って鉱石を掘らせてやる。どうだ?」
俺の提案に、ドーガンは訝しげな顔をした。
「飯と酒だと? 人間の作るものなど、たかが知れておるわ。だが……よかろう。そこまで言うなら、お前のその『最高』とやらを味わってみようじゃないか!」
交渉成立だ。
俺は早速、腕によりをかけて料理を準備した。
メインは、もちろん俺の畑で採れた極上のグレイルポテト。それをスキルで作った石窯でじっくりと焼き上げ、バターをたっぷり乗せた、究極のじゃがバターだ。
そして、酒。これも、ポテトを原料に、スキルで発酵と蒸留を高速で行い、即席で作り上げた芋焼酎だ。アルコール度数はかなり高いはずだ。
「さあ、お待ちどう!」
ほかほかと湯気の立つじゃがバターと、なみなみと注がれた芋焼酎をドワーフたちの前に並べる。
彼らは最初、半信半疑でそれを眺めていたが、やがてドーガンが、じゃがバターを豪快に一口頬張った。
その瞬間、ドーガンの動きが、ぴたりと止まった。
ドーガンの喉仏が上下に動き、分厚い唇の端から一筋の涎が光った。
「な……なな……なんだ、この芋はぁぁぁっ!?」
次の瞬間、ドーガンは吠えた。
「甘い! 芋本来の甘みが、口の中で爆発するようだ! そしてこの、バターと絡み合う濃厚なコク! 天の恵みか、これは!」
そう叫ぶと、ドーガンは我を忘れて貪り食い始めた。
他のドワーフたちも、それに倣って一斉に食べ始める。あちこちから、「うめえ!」「こんな芋、食ったことねえ!」という絶叫が聞こえてくる。
そして、芋焼酎。
ドーガンがそれをぐいっと呷ると、今度は天を仰いだ。
「強烈に熱い! そして、鼻を抜ける芳醇な香り! 最高だ! これまで飲んできたエールが、ただの麦汁に思えるわい!」
もはや、宴会状態だった。
ドワーフたちは、俺の作ったじゃがバターと芋焼酎に、夢中になってかぶりついている。
すっかり上機嫌になったドーガンは、俺の肩をバンバン叩きながら言った。
「気に入った! 小僧、お前、気に入ったぞ! こんな美味いものを食わせてくれる奴が、悪い奴なわけがねえ!」
「はは、だろ?」
「うむ! 約束だ! お前たちのルールには従ってやる! だが、一つ条件がある!」
ドーガンは、真剣な目で俺を見据えた。
「ワシらを、ここに住まわせてくれ! そして、最高の鍛冶場を作るのを手伝え! こんな美味い飯と酒がある場所でなら、ワシは生涯最高の武具を打てる気がするんじゃ!」
永住宣言を叩きつけたドワーフたちの高笑いが、夜明け前の荒野に響き渡った。




