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第1章:ショートスリーパー講座と一時的な成功

 午前三時四分。パソコンの液晶画面から放たれる青白い光が、重く沈んだ目の落ちくぼみを容赦なく照らし出していた。


「……はぁ、また間に合わない」


 志摩咲良は、ペンタブレットのペンを握りしめたまま、小さく喘ぐような吐息を漏らした。

 フリーランスのイラストレーターとして独立して三年。現実は甘くなかった。低単価の案件を数でこなし、納期という名の目に見えない首輪に締め上げられる毎日。デスクの脇には、コンビニで買い込んだエナジードリンクの空き缶が墓標のように転がっている。


 時間はいくらあっても足りない。もっと絵を描きたい。実績を作り、有名になり、自分を買い叩くクライアントを見返したい。だが、人間の身体は残酷なまでに非効率だ。どれだけ焦燥感を募らせようと、一日の三分の一は「睡眠」という無駄な時間に奪われていく。


 そんな時だった。SNSのタイムラインで、ある言葉が彼女の指を止めた。


『人生の勝者は、眠らない。あなたも短時間睡眠ショートスリーパーで、24時間を完璧にコントロールしませんか?』


 洗練されたフォントで書かれた広告の主は、神谷かみやという男だった。自称・睡眠コンサルタント。甘いマスクとスマートな立ち振る舞いで、SNSやYouTubeで絶大な人気を誇るインフルエンサーだ。

 彼が主催する『ショートスリーパー養成オンラインサロン』の受講料は、月額五万円。貧乏フリーランスの咲良にとっては痛い出費だったが、睡眠時間を二時間に削って稼働時間を三倍に増やせるなら、安い投資に思えた。


「睡眠とは、脳の逃避反応に過ぎません。意識のスイッチさえ正しく切り替えれば、人はわずか数時間の睡眠で完璧なパフォーマンスを発揮できます」


 画面越しに聞こえる神谷の声は、驚くほど低く、心地よい安心感に満ちていた。

 サロンに入会した咲良は、貪るように彼のレクチャー動画を観漁った。時間管理のテクニック、食事制限、そして脳の覚醒状態をコントロールするための特殊なメソッド。


 神谷の教えに従って生活リズムを一変させると、信じられないことに変化はすぐに現れた。


 午前二時にベッドに入り、午前四的にはすっきりと目が覚める。以前のような脳の重さや鬱屈とした倦怠感がない。全身の細胞が妙に昂ぶり、アドレナリンが血管を駆け巡っているような、一種の異常なハイ状態(覚醒感)だった。


『本日も2時間睡眠で稼働開始! 朝活で新作イラストのラフが一本完成しました。ショートスリーパーになってから世界が変わった気がする……!』


 咲良がタイムラインにそう投稿すると、瞬く間に「いいね」とリポストが跳ね上がった。


『咲良さんすごすぎ!』

『睡眠2時間であのクオリティの絵が描けるの!?』

『本当のショートスリーパーだ、かっこいい!』


 快感だった。

 これまで誰にも見向きもされなかった自分が、短時間睡眠という「武器」を手に入れただけで、特別な存在としてちやほやされる。もっと見られたい。もっと褒められたい。この優越感を絶対に手放したくない。


 深夜の静まり返った部屋で、咲良は唇の端を吊り上げ、興奮に震える手でペンを走らせ続けた。

 自分の脳内で、何かが狂い始めていたことにも気づかずに。


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