20.分断
俺たちは、ミノタウロスの徘徊する迷路で
分断されてしまった…!
壁を削ろうと拳、剣、魔法と試したが、
うんともすんとも言わない。正確には多少の傷は
つくのだが、どうしてかそれ以上の傷をつける
ことができない。
大声を出せばもしかすれば聞こえるかもしれないが、
今ミノタウロスがこっちに来れば行き止まりで
ジ・エンドだ。
(どうするか…)
しぶしぶ1人で迷路を歩きだす。
(あ、そういえば…)
こういう時でも炎魔法で印はつけておいた方が
いいだろう。迷子にならないため…というより、
他の人間が印を辿って合流できるようにするためだ。
(こういうのは差別化してる方が分かりやすいか?)
誰が印の先にいるのかは分かって損はない。
それに、印の先に仲間がいると思って辿ると
それが自分のつけた印だったなんてことになれば
手間が増えてしまう。
(そうだな…)
【魔剣】刀身=炎
試しに壁を魔剣で削ると、焦げ目の中心に剣先で
つけられた線が走っていた。多少薄暗い迷路の
中でも、これほどハッキリとあれば気がつくだろう。
(よし、これで行くか)
左側の壁に沿って進む。曲がり角を覗くと、いた。
ミノタウロスだ。先程声を上げるという選択を
しなかった自分を褒めつつ、打開策を考える。
歩みこそ遅いが、ミノタウロスはこちらに一直線で
向かってきている。後ろは行き止まりで逃げ道は
ない。戦ったら負ける。ミノタウロスより奥に
左へ曲がる道がある。そこを目指そう。どうやって?
角でしゃがんで見つからないように祈るか?
成功率が低すぎる。炎魔法で追い返すとか?
そんなものにアイツが動じるとは思えない。
あぁ、何か、他に手段は…!
ズン、ズンと足音が近づいてくるのが分かる。
(そうだ、アレなら…!)
今までアイデアとしてはあったが、実践するのは
これが初。ぶっつけ本番、どうにかなれだ。
まず、ミノタウロスの前に土魔法で壁をつくる。
つくったが、すぐに壊された。ヤツが殺気に
満ちた目でこちらを見つめてくる。土魔法に
かけていた魔力を解く。パラパラと砂のように
崩れていくのを確認してから、風魔法で
その砂を一気に宙に舞わせる。
【土煙】
相手の視界を奪ったが、それはこちらも同じ。
全速力で左の壁に剣先を当てながら走る。
ガンッとすぐ後ろで斧が地面に叩きつけられた
音がした。剣先が壁から離れる。思いっきり
地面を蹴り、左へ跳ぶ。そのままさらに奥へと走る。
ミノタウロスが追ってきていないことを確認して、
走るのをやめた。
まだ心臓がうるさい。目をつむり、深呼吸する。
だんだん体が落ち着いていくのが分かる。
しばらくそうしてから目を開けると、体の火照りも
消えていた。よし、もう一度歩き出そう。
歩きながら考える。ミノタウロスは、何故俺を
追ってこなかったのだろうか。もちろん見失った
と考えるのが1番分かりやすいが、最初に壁を
曲がった時から既に追われているような感覚は
なかった。なら、視界から外れたら追ってこない
のか?もしそうなら、かなり楽になるのだが…。
そんなことを考えていると、あるものを見つけた。
地面に、黒い足跡がある。足の大きさは、だいたい
俺と同じ…少なくともミノタウロスのものではない。
その足跡は壁に沿ってずっと奥まで続いている。
(これは…!)
――
周囲を警戒しつつも、俺はその足跡を急いで
辿った。するとそこには…
「アン…!」
「ん、ベルデか」
裸足を炎に変えて歩くアンがいた。その手には、
燃やさないようにと靴が握られている。
足跡を追っている時から予想はついていたが、
あんなものを残すなんて芸当はウチではアンしか
できない。
「それにしても、どうやって歩いてるんだ?それ」
アンの足は炎と化しており、到底立てるようには
見えない。
「いやウチもよく分からないけど、でも体の
実体は変わらずあるんだよ。ほら」
アンが炎の足で地面を叩くと、それに合わせて
ぺちぺちと音がする。まさに裸足で歩いている時の
ような音だ。
「すごいな。てことは俺が今この足を蹴ったら
痛かったりするのか?」
「いやそれがさ…説明するのが難しいから
試しに斬ってみてくれ」
アンが炎を膝あたりまで伸ばす。
「斬ってみてって…ほんとにいいのか?」
「いいからやってみろ」
「いくぞ?」
軽く剣をアンのスネに向けて振る。
すると、斬れたのは炎だけで、アンは涼しい顔を
している。
「…?本当にどうなってるんだ?」
「さあ?ウチもよく分からない」
謎だ…非常に便利ではあるが、うむ。
この世界はそういう世界だと言われれば、それまで
なのだけど。
そんなことはさておき、仲間を見つけて少し
余裕ができた。今の状況を整理しよう。
「俺たちは合流できたけど、シェルとエイルは
まだ分からない。2人で一緒にいてくれてると
ありがたいけど…」
「先にシェルを探した方がいいんじゃないか?
エイルは来た道を戻ればダンジョンの外に
出られるし、死ぬことはないだろ。あの場で
パニックになるような人間でもないし」
なるほど、確かにそうか。
「となれば、ひとまずシェルを探すか」
「ああ」
そうして歩きだす。仲間がいると心強い。
進みながら、ミノタウロスと遭遇した時の話を
共有しておく。
――
「よく逃げ切れたな」
「だろ?半分運だけど」
苦笑いをする。だいぶ緊張もほぐれてきた。
そしてそのほぐれた緊張を再び引き締めるかの
ように、俺たちはまた通路の先にミノタウロスを
見つけてしまった。
ただ、今回は俺が確認したいことがある。
危ないのは承知で頭を出して観察する。よく見ると、
ミノタウロスの鎧にとても薄くはあるが
無数の引っ掻き傷のようなものが見える。
(やっぱり…!)
あれはおそらく土煙を使った際の土が鎧を
掠めたものだろう。確定ではないが、これで
ミノタウロスは複数ではなく単体である可能性が
上がった。
分かったところでという感じではあるが、
一歩前進だ。敵は少なければ少ないほどいいからな。
幸いミノタウロスはこちらに気づかず、他の道へと
姿を消した。
その後も何回かミノタウロスを見たが、どいつも
同じ位置に似た傷があった。とりあえず
ミノタウロスはいても数匹。運が良ければ一匹と
考えても問題ないはずだ。
そんな収穫を得つつ、俺たちはまた炎の印を
見つけた。シェルか、エイルか。
印を辿った先にいたのは…壁。壁だった。
「む?」
「これ、ウチらもとの場所まで戻って
きたんじゃねえか?」
なるほど。ここが十字路だった場所か。
「ってことは、ここから戻ればエイルのもとに
着くんだな」
「絶対じゃないけどな」
―いた。最初の三又の分かれ道の部屋まで戻ると、
そこには落ち着かないのかうろちょろと歩き回る
エイルの姿があった。
こちらに気づくと嬉しそうに駆け寄ってきた。
「お二人とも無事だったんスね!」
「そっちは、怪我とかしなかったか?」
「はい!分断されてからすぐここに来て、
ミノタウロスも見なかったっス!」
「なら良かった」
さて、残りはシェルだな。どういったルートで
行こうか。左に沿っていくのもいいが、
案外右から行ったりするのが近道かもしれない。
どうしようかと2人の方を向くと…
「ひえっ!」
左の通路にミノタウロスが立っていた。
ただ立っているだけだ。こちらに向かってくる
様子もなく、その場で仁王立ちしてこちらを
見つめている。動く気配はない。何か作戦でも
あるのか。それとも、ここが安全な部屋なのか。
とりあえず、あまり長居は良くなさそうだ。
「べべ、ベルデさん!右、右!」
「あ?」
右の通路を見ると、四つん這いになった
ミノタウロス…つまりは実質牛がとんでもない
速度でこちらに向かってきていた。
安全な部屋とかそういった概念は向こうには
通用しなさそうだ。もう真ん中の通路しか択は
残されていない。
「真ん中だ!行くぞ!」
ただ我武者羅に走る。どの道を行けばいいのかは
分からないけれど、止まっていれば追いつかれる
ということは分かっていた。どれだけ離したつもり
でも、あの猛獣が壁に当たっているであろう轟音と
それに伴う揺れは収まらない。
今まで出会ったミノタウロスの主力は斧だ。
それに対してあの猛獣は明らかにその勢いと
角の鋭さで攻撃しにきている。そして俺は
知っている。あの角がどれだけ恐ろしいかを。
その時の俺の原動力は仲間を助けるとか
そういった大義ではなくて純粋な恐怖だ。
トラウマなのだ。
―ひたすらに走ると、異様な雰囲気の部屋に出た。
そこでようやく歩みを止める。気づけば、
轟音も揺れもなくなっていた。
「ま、まってくださいよー」
走り疲れたエイルが息も切れ切れに声を上げる。
定期的に後ろを見てついてきているのを確認しては
いたものの、ここまで疲れていたのか。
エイルの横には彼女に合わせてペースダウンして
浮遊するアンの姿もあった。俺と違ってこういった
場面でも冷静に周りを見られるアンのことは、
俺も見習わなくてはならない。
「悪い…」
「いいっスけど、ベルデさんの方こそ大丈夫っスか?」
そう言われて、一気に疲労感が襲ってくる。
体中汗びっしょりだ。なんだか気持ち悪い。
「ああ、まあ、なんとかなる」
「ほんとっスか…?」
あまり俺の言葉を信じていなさそうなエイルを
よそに、部屋を見回す。ここは、最初の三又の部屋
と似たような構造になっていた。三つの通路から
この部屋に通じていたようだ。だが、1つだけ
決定的な違いがある。扉だ。俺たちの目の前にある
木製の扉。あまりに場違いなその扉は、その先に
あるものがいったい何であるかを想像させない。
一呼吸して、膝に手を置く。まだ少し体があつい。
万全な状態とは到底言えない。
そんな中、その扉が開かれた。俺たちの誰かでは
なく、向こう側にいる何者かによってだ。
その扉の向こうにいたのは―




