第1話 前編 「首席令嬢と、小さな焼豚仙人」
長き充電期間を経て、新作の構想が浮かんだので投稿開始!
ゆるく楽しく、また更新するのでまたよろしくお願いします。
後に歴史書は、この日をこう記す。
――《世界の理が静かに動き始めた日》と。――
だが、その場にいた誰一人として気づいてはいなかった。
王国始まって以来と称えられた才媛が契約した存在は、竜王でも、精霊王でも、神獣でもない。
世界のどの魔導書にも記されず、どの神話にもその名を残さぬ、一人の異界の仙人だったことを。
これは、一人の令嬢と、一人の小さな仙人が紡ぐ、世界を変える物語である。
◇ ◇ ◇
アストレア王国。
「召喚王国」とも称されるこの国は、大陸最大の魔導国家である。
街へ出れば、荷車を引く岩の巨人が汗一つかかずに荷物を運び、畑では植物の精霊が農夫たちと共に実りを育む。
空を見上げれば、飛竜便のワイバーンが王都と各都市を結び、騎士団は聖獣グリフォンを駆って国境を巡回する。
幼い子どもは小さな妖精を友達とし、商人は契約した風精霊の力で船を走らせる。
召喚獣は兵器ではない。
暮らしであり、文化であり、家族であり、人生そのものだった。
だからこそ、この国には古くから語り継がれる言葉がある。
「人は召喚獣を選べない。だが、召喚獣は己の主を選ぶ。」
そしてもう一つ。
「どんな召喚獣と契約するかで、その者の人生の半分は決まる。」
強大な竜と契約すれば騎士団や軍へ。
精霊王に認められれば宮廷魔導士への道が開かれる。
珍しい召喚獣なら学者や研究者がこぞって協力を求める。
逆に、弱い召喚獣と契約すれば、一生「落ちこぼれ」の烙印を押されることさえあった。
それほどまでに、この国では召喚獣が人生を左右する。
そして今日――。
十八歳を迎えた若者たちが、生涯ただ一度だけ許される神聖な儀式に臨もうとしていた。
◇ ◇ ◇
王都の中心。
王城を見上げるように建てられた白亜の学院。
《王立アルカディア魔導学院》
三千年以上の歴史を持つこの学院は、数え切れないほどの英雄、宮廷魔導士、王国騎士団長、そして王族を輩出してきた、アストレア王国最高峰の学び舎である。
校門の両脇には、歴代学院長の巨大な石像。
中庭には、伝説の召喚士たちの像が並び、その中央には直径五十メートルを超える巨大な召喚陣が刻まれている。
普段は静寂に包まれたその魔法陣も、今日だけは違った。
色とりどりの魔力が淡く輝き、まるで長い眠りから目覚めるかのように鼓動を始めている。
学院中には、独特の緊張感が漂っていた。
在校生たちは制服を正し、教師たちは最終確認に追われる。
観客席には王国中の貴族や商人、各騎士団の幹部、宮廷魔導士たちまで姿を見せていた。
「今年も優秀な召喚士が生まれるでしょうな。」
「四大公爵家の令嬢もおりますからな。」
「今年は伝説級が現れるかもしれませんぞ。」
期待と興奮が、会場を満たしていく。
◇ ◇ ◇
やがて、荘厳な鐘の音が王都中へ響き渡った。
ゴォォォォン……
ゴォォォォン……
会場が静まり返る。
中央へ、一人の老人がゆっくりと歩み出た。
白銀の法衣をまとい、長い杖を携えた人物。
王立アルカディア魔導学院学院長――アルフレッド・エルグラン。
王国最高峰の召喚士と称される大賢者である。
学院長は中庭を見渡し、静かに口を開いた。
「諸君。本日、この場に立つ者たちは皆、十八歳を迎えた。」
穏やかな声でありながら、その言葉は会場の隅々まで響き渡る。
「これより執り行われるのは、三千年前より受け継がれてきた神聖なる通例――《成人の儀・生召喚契約式》である。」
その一言だけで、生徒たちの背筋が伸びた。
「人は生涯に一度だけ、己の魂と共鳴する存在を召喚できる。」
「契約は魂そのものを結び、一度結ばれた縁は、生涯変わることはない。」
誰もが真剣な表情で耳を傾ける。
「諸君が本日出会う召喚獣は、従者ではない。」
「武器でもない。」
「道具でもない。」
学院長はゆっくりと目を閉じた。
「人生を共に歩む、唯一無二の伴侶である。」
その言葉に、多くの生徒が胸へ手を当てた。
「契約した召喚獣と共に笑い、共に悩み、共に成長し、やがて人生を終える。」
「故に、この契約は神より授かる奇跡であり、何人たりとも軽んじてはならない。」
学院長は静かに杖を掲げる。
その瞬間――。
学院中庭いっぱいに、巨大な黄金の魔法陣が浮かび上がった。
空気が震える。
魔力が渦巻く。
まるで世界そのものが、これから始まる儀式を見守っているかのようだった。
「これより――」
学院長の声が高らかに響く。
「成人の儀・生召喚契約式を開始する!」
その宣言と同時に、会場は大きな拍手と歓声に包まれた。
◇ ◇ ◇
その光景を、一人の才女が静かに見つめていた。
長く美しい銀髪。
澄み切った蒼い瞳。
白を基調とした学院の正装に身を包み、凛とした姿勢で立つ女性。
リシェル・フォン・アストレア。
王国四大公爵家《フォン・アストレア家》の令嬢。
今年度の首席候補であり、筆記試験、実技試験、魔力量測定、戦術論――そのすべてで歴代屈指の成績を収めた天才だった。
その名を知らぬ者は、この学院にはいない。
「今年の首席はリシェル様で決まりでしょう。」
「きっと伝説級の召喚獣を呼ぶわ。」
「いや、神獣かもしれないぞ。」
そんな囁きが、あちこちから聞こえてくる。
リシェルはその声を聞きながら、小さく息を吐いた。
(みんな……期待しすぎです。)
穏やかな笑みを浮かべながらも、その胸の奥では不安が渦巻いていた。
(もし、期待に応えられなかったら……。)
父の期待。
母の願い。
公爵家の誇り。
そして、自分自身の夢。
すべてが、この一度きりの召喚に懸かっている。
リシェルはそっと胸元で拳を握る。
(大丈夫。ここまで努力してきたじゃない。)
幼い頃から魔法を学び、召喚理論を読み込み、誰よりも努力を重ねてきた。
だからこそ、恐れる必要はない。
……そう、自分に言い聞かせる。
しかし、それでも胸の鼓動だけは少しずつ速くなっていた。
――第1話・後編へ続く。
最後まで読んで頂きありがとうございます。
第1話が長くなりそうなので分割しました。
良ければ、続きも読んで頂けると嬉しいです!('ω')ノ




