気の毒な外務卿
たくさんの物語の海から拾い上げて下さってありがとうございます。
今日も外務卿と使節団は、アーサー皇子の突撃を受けてへとへとだ。
何しろ皇帝の息子や孫息子そのうえ溺愛している孫娘まで招待に応じるなんて王国首脳部も思っていなかったのだろう。
本来なら交渉が予定通り進んだのだから、お褒めの言葉を頂いても良いところだが、本国の反応は正反対だ。
厄介ごとを背負い込みやがって!とまるで疫病神扱いなのである。
そのまま残って案内役を務めろとの指示がでたのだが、これほど大掛かりな旅行ともなると準備に時間がかかる。
本国だって準備期間は多ければ多いほどありがたい。
必然的に、彼ら使節団の滞在は長くなる見込みだ。
「ヴォル」
外務卿をもはや愛称で呼ぶのはアーサー皇子である。
外務卿はにこにこと愛想笑いを顔に貼り付けた。完全に子守り役である。
この皇子ときたら旅行が楽しみで仕方がないらしい。
学院が終わると、ほとんどいつも使節団に入りびたり、あれやこれやをいじくりまわしたり、同行者の使用人にまで、嬉しそうに話しかけては、友達気分で肩など組んだりするのだから堪らない。
とにかくなれなれしい皇子様なのである。
使節団の一員でアーサー皇子に触れられなかった者は、一人もいない。
ほら、今もあの気難しい黒衣の男にすら、飛びついて遊び相手にしようとしている。
男は諦めて少し相手をしているようだ。
アーサー皇子は自分の投げ技が決まったので、嬉しそうに男の手を引いて助け起こしている。
「しかたないよ。僕は皇子だから小さいときから訓練していて強いんだ。大丈夫かい?」
「さすがは皇子殿下。お強いですな。私ではお相手は務まりませんよ」
まさかあのいつも偉そうな黒衣の男がおべっかを使うなんて。
やれやれと首を振りながら、外務卿はアーサー皇子のもとに駆け付けた。
放置しておいたら、後が怖い。
あの黒衣の男は、ミゼラブル教団から派遣されているが、名前すら名乗らないのである。
しかたなく外務卿たちは黒衣の男と呼んでいる。
勿論本人に面と向かってそう呼ぶ者はいない。閣下呼びだ。
大抵のお偉いさんは、そう呼んでおくことにしている。
閣下と呼ばれて怒る者はいない。
件の閣下は、皇子に頭を下げたうっぷんを外務卿にぶつけてくるに決まっている。
使節団の団長は自分の筈なのだから、本来一番偉いのも自分の筈なのだが。
「皇子殿下。本日はどのような御用で?」
「うん、おじいさまが日程を決めて下さったんだ。
僕たち学院に通っているだろう?
なので学院の長期休暇を利用してルーンフェル王国に行くことになったんだ!」
そんなことならとっくに知っている。なにしろ苦労して日程をまとめたのは自分なのだ。
子供達の学業を優先させたい皇国の意向と、長期休み期間は旅行客が多くて警備が難しいと渋る本国相手に何度書簡を往復させたことか。
「さようでございましたか。わざわざお越し頂かなくても。お呼びいただければ皇子宮に参りますのに」
「いいんだ。ヴォルは忙しいだろう?こう見えて僕は案外暇なのだ」
後継者が暇を持て余すなんて!
我が国の王太子は5歳でもスケジュールはいっぱいだぞ。
外務卿はいよいよ皇国の将来が心配になる。
「殿下、またこちらですか。家庭教師の先生方がお怒りですぞ!
剣術の稽古をさぼったのは何回目ですか?
皇帝陛下に報告して旅行を中止させて頂くと息巻いておりますぞ。
このままでは休暇は訓練と勉強に充てることになりそうですな」
「えっ!」
アーサー皇子は絶望的な顔になった。
「ヴォル、ごめん。僕もう来られそうにないや」
それが当たり前です。外務卿はほっとして皇子を送りだした。
やれやれ、ようやくまともに仕事ができる。
アーサーが向かった先はいつものようにサトリ姫の宮だ。
「サトリ姫の私室は救護室ではない筈だけど?」
いくらノアに邪見にされてもアーサーは怯まない。それどころではないのだ。
「うーん気持ち悪い、吐きそう。むかむかする」
サトリはすっかり慣れた様子で、アーサーに浄化をかけた。
「お疲れ様です。アーサー皇子。少しは楽になりましたか?」
「助かったよ、サトリ。ありがとう」
「ノア、お前冷たくないか?親友に向かって。しかも仕事してきたんだぞ」
そんなアーサーのぼやきに、ノアはめんどくさそうに帰れとばかりに手を振る。
「俺は犬じゃないんだぞ。そんな風に追い払うなよ」
「だったら口で説明してやる。お前は邪魔なんだよ。
せっかくサトリと二人でいるのに、なんで毎回邪魔しにくるかな?」
「判って言っているだろう?この腹黒男!
お前が法王の居場所を探れと言うから、俺は気持ち悪くなるのをこらえて、
奴らの記憶を読んでいるのだろう?しかも毎回複数人もだぜ。
少しは労わりやがれ!」
アーサーは脳の海馬にある記憶中枢を探っているのだが、いくらアーサーとは言え短時間の接触で必要な記憶だけを探るのは難しい。
ヘドロのようにドロドロした怨念や、執着、などの影響は、ただ視ているのとは違い直接アーサーの心にダメージを与えるのだ。
しかもアーサーは探るだけではなく、必要なら操れるように自分の核まで植え付けているのだから、その精神的負担は計り知れない。
毎回サトリが浄化してくれなければ、
いくらアーサーといえども持つわけがなかった。
「あのなぁ、偉そうにするのは結果を出してからにしろよ。」
ノアだって焦っているのだ。基本的にノアは自分では動かない。
すべての軌道を計算し、確実に勝てる状況になってから動く性格だ。
だから計算よりもアーサーの成果が芳しくなくて不安になっている。
決して認めようとはしないだろうが。
アーサーはごろりとカウチに横になった。
それを見てノアは、やっと顔をアーサーの方に向けた。
「見つけたか!」
「ふふん。既に情報はシオン叔父様に渡してきた。今頃白星が繋ぎをつけているはずだ。」
「よし。いいぞ。法王とルーンフェル王との連絡回路ができた。
シオン殿下の出発は明日だったな。なんとか間に合った」
「もう一つの件はどうした?」
ノアは畳みかける。
「人使いの荒い軍師さまだなぁ。あの核は法王の救出でも使いたいから、気づかれるわけにはいかないんだ。自分で考えて決断したと思わせなきゃならないんだからな」
ノアは黙って続きを促した。
「奴はアストラル皇国に潜ませていた全ての駒をルーンフェル王国に戻す命令を、1時間前に出した。人手不足解消とルーンフェル王国内で俺とリゼを始末するためにな」
「見事だ!さすがだなアーサー」
ノアはようやく笑顔になる。
「お前さぁ。人間はそうそう計画通りに動く訳ないんだから、ちょっと遅れたぐらいでカリカリするなよ」
とたんにノアの瞳が冷たくなる。
「少しの遅れが戦局を左右する。人の動きは読める。読み切るのが私の仕事だ。現に今回も間に合っただろう?」
こういう時のノアに逆らうのは、激おこのリゼに逆らうのと同じだ。
アーサーはこくこくと首振り人形のように激しく頷いた。
「よろしい。では帰れ!今からは恋人同士の時間だ!俺が面会を許される時間は1日1時間と決められているんだぞ!このお邪魔虫め!」
扉に控えていた侍女たちが、思わずこちらに視線を寄越すぐらいには、大きな声だ。
ふん、友達がいない奴め
アーサーは心の中で毒好きながら、とぼとぼと部屋を出た。
ノアはいいよなぁ。
サトリにはシオン叔父様みたいなお目付け役がいないのだから。
あれぇ?
そういえばシオン叔父様は先乗りのため、明日出発する。
俺たちの出発は二週間後だから……。
やったぁー!リゼとイチャイチャできるぞ!
アーサーは急に元気を取り戻すと、ご機嫌な顔で歩き出した。
ありがとうございました。
またお会いできるのを楽しみにしております。




