第十二話:最初のプレイヤー
白い。
視界のすべてが、果てのない白に塗り潰されていた。
音もない。
風もない。
重力すら感じない。
あるのは、自分の意識だけ。
貴教はゆっくりと目を開く。
「……ここは」
返事はない。
その代わり、白い空間の中央に一人の人影が現れた。
黒でも白でもない。
まるで世界そのものを人の形へ切り抜いたような存在。
顔は見えない。
それなのに、その存在を見ただけで本能が叫ぶ。
──この世界で、一番危険な相手だ。
影は静かに口を開いた。
「ようやくここまで来たか。」
穏やかな声。
だが、その一言だけで空間が震えた。
貴教は睨み返す。
「お前が……王座にいた奴か。」
影は静かに首を振る。
「王ではない。」
少しだけ間を置いて告げる。
「私は――最初のプレイヤーだ。」
その言葉に、貴教の思考が止まった。
「……プレイヤー?」
影は頷く。
「そして、この世界をゲームへ変えた存在でもある。」
空気が凍る。
やはり。
予感は当たっていた。
貴教は拳を握る。
「全部、お前が始めたことか。」
影は否定しない。
ただ静かに語り始める。
「この世界は、何千年も前から終わりを迎えていた。」
白い空間に映像が浮かぶ。
枯れ果てた大地。
滅びゆく文明。
静かに崩壊していく世界。
「誰も進化しない。」
「誰も挑戦しない。」
「世界は、ゆっくりと死んでいた。」
映像が消える。
「だから私はルールを書き換えた。」
「強くなれば生き残れる世界。」
「戦えば進化する世界。」
「それがお前たちの見ているシステムだ。」
貴教は笑った。
怒りを押し殺すような笑みだった。
「ふざけるな。」
一歩踏み出す。
「そのせいで何人死んだと思ってる。」
「家族を失った奴もいる。」
「街も世界も壊れた。」
「それを『進化』で片付ける気か。」
影は静かに答える。
「数え切れない。」
その一言に感情はなかった。
だからこそ、貴教の怒りは限界を超える。
「命を数字で数えるな!!」
叫びと同時に踏み込もうとした。
だが。
右腕がない。
《蒼天の剣・改》も、光を失いかけている。
それでも貴教は止まらない。
「なら教えろ。」
「なんで俺なんだ。」
「なんで《適応者》なんだ。」
影はゆっくりと手をかざす。
白い空間に無数の映像が浮かび上がる。
そこに映っていたのは――
九条貴教。
いや。
違う。
貴教と同じ紋様を持つ人間たち。
何十人。
何百人。
何千人。
その全員が倒れていた。
呼吸もない。
動きもない。
まるで時間だけを止められたように。
貴教は息を呑む。
「……何だ、これ。」
影は淡々と言う。
「適応者計画。」
「君は一二七四人目だ。」
世界が止まった。
「……は?」
「前にも、適応者はいた。」
「しかし全員失敗した。」
「世界に適応できず、停止した。」
貴教の背筋が凍る。
自分は特別ではなかった。
数え切れない屍の上に立っていただけだった。
その瞬間だった。
「……やっぱりな。」
聞き慣れた声が響く。
「蓮!」
振り返ると、神代蓮が白い空間の中へ現れていた。
だが様子がおかしい。
無数の光の鎖が身体へ突き刺さっている。
まるで、この空間そのものに繋がれているようだった。
「悪い。」
「隠してた。」
蓮は苦笑する。
「俺も適応者じゃない。」
「正確には――」
少しだけ目を伏せる。
「一二七三人目だ。」
貴教の瞳が揺れた。
「……一つ前?」
「そう。」
「俺だけ生き残った。」
「でも成功じゃない。」
「半分だけ世界に取り込まれた。」
光の鎖が強く輝く。
蓮が苦しそうに顔をしかめる。
「だから俺は……管理者側にも、人間側にもなれない。」
貴教は拳を握る。
「そんなこと……。」
影が静かに続ける。
「蓮は限界だ。」
「そして次は君の番。」
その瞬間。
白い世界が大きく揺れた。
ゴォォォォォォ!!
紅蓮の竜の咆哮。
塔の外で、世界はまだ戦っている。
空間に巨大な亀裂が走る。
そこから燃え盛る空が見えた。
影が静かに手を上げる。
世界管理システム
最終フェーズ開始
世界初期化まで
00:09:59
「なっ……!」
十分。
世界の終わりまで、あと十分しかない。
蓮が叫ぶ。
「やめろ!!」
「リセットしたら全員死ぬ!!」
影は振り返らない。
「違う。」
「最初から存在しなかったことになる。」
その言葉に、貴教の表情が変わる。
死ではない。
存在そのものが消される。
家族も。
仲間も。
救った人々も。
出会った記憶も。
全部。
「認めるかよ……。」
貴教は折れかけた《蒼天の剣・改》を握り締める。
「そんな終わり方。」
剣が淡く青く輝く。
蓮が目を見開いた。
「まさか……。」
貴教は静かに笑う。
「ゲームだろうが。」
「神だろうが。」
「世界のルールだろうが。」
「全部まとめて――」
剣を構える。
その瞬間。
画面いっぱいに、見たことのない黄金の文字が浮かび上がった。
最終解放条件達成
唯一適応者を確認
隠しクラス《創世者》解放可能
YES/NO
貴教は迷わなかった。
ゆっくりと右手を伸ばす。
「……YES。」
その瞬間。
世界中に、かつてない轟音が響いた。
そして、最初のプレイヤーが初めて表情を変える。
「……あり得ない。」
「そのクラスだけは――存在しないはずだ。」
貴教の身体から、蒼と金の光が天を貫く。
世界そのものが、新しいルールを書き始めていた。




