18. 魔物の愛情 (5)
それは平凡な女性の声ではなく、魔物の脅しだった。たかが叫び声を上げただけで成人男性の動きを封じ、逃げようとする意志を打ち砕いた。アルビトは幼い頃に出会った魔物の中で最も脅威だった、狼に似た生き物を思い出した。
両親とともに馬車で移動していた途中、人を脅かす魔物三体の群れに遭遇した。馬車が横転し、逃げなければならないと分かっていながらも、魔物の威圧に全身が恐怖で固まり、動けなかった記憶。その時は運よく同じ道を通りかかった冒険者たちがいて助かった。
『逃げたら本当に殺される』
そんな確信があった。自分を好いている女性の気持ちは分かっているが、今は違う。今ここで逃げる背中を見せれば、間違いなく殺される。アルビトは冷たくなっていく手の震えを止めるために拳を握り、ティアラを見つめた。
恐ろしいほど白く輝く女。その唯一赤い視線が魔物の目へと変わり、彼を見つめている。とっさに言い訳を考えた彼は、適度に真実と嘘を混ぜて、申し訳なさそうに演技することに決めた。
「逃げませんから落ち着いてください、ティアラ。怒らずに説明する機会をください」
できるだけ冷静に。まるで自分には非がないかのように、理不尽な目に遭っているふりをしなければならない。アルビトはどうかティアラの目に自分の無実さが本物に見えることを願いながら、すべての責任を偶然再会した同級生へ押し付けた。
「あなたを置いて行ったことは本当に申し訳なく思っています。でも屋敷には招待した友人たちが残っていましたし、みんな個人的に祝いたいと言って連れて行こうとしたので、断れなかったんです」
責任を押し付ければ怒りを和らげられるかもしれない。しかし冷え切った声は以前のように恥ずかしそうなものへは戻らなかった。
「でも結局、私じゃない他の女に触れたんですよね? しかもたくさん」
酔っていて意識がはっきりしていなかったとはいえ、本能のまま隣の女の肌に触れ、その接触を楽しんでいたのは事実だ。だが目の前のこの女はどうだろう。顔は美人と呼んでも差し支えなく、アルビトの下半身は一時とはいえ無理やり快楽を味わわされた。しかし感想はただ一つ。
『触れたくもない』
獣のような長い牙と涎の垂れる口、気のせいか人間には見えない瞳までが嫌悪感を呼び起こす。あんな口にキスしろというのか。顔に蜘蛛やムカデが触れて喜ぶ男がどこにいるだろう。しかしアルビトは忍耐を振り絞り、嫌悪を隠さなければならなかった。
「俺が酔っている隙に店の女たちが僕に触れたんです。俺も知らないうちに起きたことですが、不快だったのなら謝ります。どうすれば許してくれるんですか?」
「私にも同じことをしてください」
「だから記憶がよく――」
「やれ」
怒りを抑える気などないと言わんばかりに、ティアラの口調は命令調へ変わった。逃げることもできないし、拒否してもいけない。ここで拒否したら本当に何が起こるか分からない。たとえ元は人間だったとしても、今は魔物と変わらないのだから。
ティアラは人を殺したことがないと聞いていたが、いつまでも人間の心を保つと安心できるわけではない。酔いがすっかり吹き飛んだアルビトは、息を整える暇もなく、ふらつく足取りでティアラへ一歩ずつ近づいた。
そして彼女の前に立ち、頭を下げ、ゆっくりと唇を近づけた。
『見ないようにしよう』
あの異様な口さえ見なければ耐えられる。そう判断したアルビトは自然に目を閉じ、初めてティアラと唇を重ねた。わずかに開いた唇の間から粘つく唾液が流れ、不快なぬめりを与える。外へ突き出た長い牙も艶めかしさではなく違和感しか抱かせなかった。
『こんなのが俺のファーストキスだなんて』
女を連れて酒を飲んだ時には頬や首にキスをされたことはあった。しかし唇を重ねて戯れた記憶はない。だからアルビトは深く後悔した。こうなるくらいなら、まともな恋愛はともかく、一度くらいは女を抱いておけばよかったと。こんな化け物と初めてを経験するなんて、あまりにもひどいではないか。
しかし彼とは正反対に、初めて夢にまで見た口づけを果たしたティアラは、いつの間にか怒りを忘れ、恍惚とした温もりを味わっていた。アルビトは唇を重ねただけで少しも動かなかったが、ティアラは自ら両手を伸ばし、自分より大きな男の肩を抱き寄せた。
『こういう感じなんだ』
幼い頃から他人と距離を置くようになり、性的な接触など一度も経験したことがなく、正気に戻った時に恋愛小説を数冊読んだ程度だったティアラは、いつも子どものように純粋な恋を夢見ていた。
素敵な王子様や勇者が現れて、自分にかけられた魔物の呪いを解き、恋人になること。おとぎ話の結末にはいつだって結婚式があり、永遠に共にいるという誓いとともに幸せな口づけがあった。だからティアラは恋に落ちた瞬間からアルビトの唇を思い描いていた。
『男の人の唇も柔らかいんだ』
自分の唇の間を流れる唾液の違和感にも気づかず、アルビトの唇を汚しながら舌を絡めたのは純粋な本能による行動だった。唇を重ねるという行為以上のことは本でも知らなかったのだから。腕の中の男の体が硬直していることにも気づかないまま、ティアラは力を込めて彼を床へ押し倒した。
「アルビト様」
再び彼女の声は優しく恥じらうものへ戻っていたが、その中には熱く燃え上がる情欲が満ちていた。邪魔な寝間着をあっさり脱ぎ捨てたティアラは、再び唇を奪い、手では男の下衣を引き裂いた。
恐怖とは無関係に上へ向いた男性の象徴を見もせず、彼女は唇と同じように湿った下の口をそこへ当てた。誰にも教えられたことはなかったが、自然と理解していた。この熱い興奮と高鳴りが何を求めているのかを。
そして濡れた穴の中へぴったりと収まる長い肉の塊を突き入れた瞬間、ティアラはアルビトの唇を強く噛んだ。
「うっ!」
唇が裂けそうな痛みと同時に、下半身には味わったことのない未知の快感が押し寄せ、アルビトはそのまま固まった。手で擦る時とはまったく違う心地よい圧迫感と湿り気が敏感な性器を刺激する。しかしゆっくり顔を上げる女の顔は、欲情を抱かせることができない。
「はぁっ!」
快楽に溺れて理性を失ったティアラの顔は、安っぽい娼婦の大げさな表情のようだった。初めてなら戸惑い、痛みさえ感じてもおかしくないのに。ただ痒かった場所を掻いてもらい、狭い穴が満たされたという感覚だけで、彼女は理性を失うほどの快楽に支配されていた。
「これよ! これが欲しかったの! まさにこれ!」
狂いそうな飢えとともに、今まで彼女を苦しめていたのは煮えたぎる性欲だった。アルビトによって飢えが満たされた今、その性欲が夜通しティアラを苦しめていた。どれほど焦がれていたのか、わずかな刺激だけで愛液が溢れ出し、痛みさえ感じないのは魔物になった影響なのだろう。
ティアラはそのまま上下の口から惜しげもなく唾液を垂らしながら、激しく腰を振り始めた。擦り合わせていた時以上にぞくりとする快感が全身を駆け巡り、体中を刺激し、この上ない歓喜の声が止まらない。その異様な表情を見て、アルビトには到底性欲など湧いてこなかった。
『なんなんだ、これは』
勝手に襲いかかって服を破るだけでは飽き足らず、キスした途端に発情して正気を失い、腰を振り続ける女だなんて。状況を問わず女に狂った男でもなく、まるで媚薬でも吸い込んだかのような異様な行動を見て、アルビトには不快感しか湧かなかった。
だが不快に感じている最中でも、下半身だけが勝手に喜んでいるのがさらに恐ろしかった。びっしょり濡れた女の穴は驚くほど締め付けてくる。見事に男根を刺激し、もっとしてくれとねだるかのような動きに、理性とは裏腹に下半身だけが喜ぶ。
R15と言っていますが、この程度の描写は15でセーフなのでしょうか?




