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2050  作者: 落川翔太
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六月九日。霞が関


 その翌日、朝礼のため、真平は会議室へ行き、空いている席を探す。

「部長、おはようございます」と、真平は田中巡査部長に声を掛けた。

「永尾くん、おはよう」と、部長が挨拶をした。真平は部長の右隣に座る。

 少しして、田宮さんもやって来て、「おはようございます」と、彼女は二人に挨拶をする。

「おはよう」と部長が言い、真平も彼女に挨拶すると、真平の左隣に座った。

 それから九時になり、チャイムが鳴ると、榊原署長ではなく(かじ)副所長がその部屋に入って来た。黒のスーツを着た黒髪短髪の男である。

「皆様、おはようございます」

 梶副署長が登壇して言った。いつもなら署長が挨拶をするのだが、その日は違った。

 すぐに真平は署長がいないことに気付いた。他の皆も、そのことに気付いて、困った顔をしている。それから、梶副署長が口を開いた。

「皆様に大変残念なお知らせがあります。実は……昨日、榊原署長がお亡くなりになりました……」

 梶副署長のその一言に、署員全員が目を丸くした。もちろん、真平もその一人だった。

「うそ……」

「え……」

「マジかよ……」

 それぞれが力なく呟く。

 それから、梶副署長が続けた。

「非常に残念ではあります。私も本当に悲しく思っております。明日は我が身。ここにいる皆さんは、くれぐれも自分の発言には注意してください。では、本日も一日頑張って行きましょう! 以上」

 そう言うと、梶副署長はその場を後にした。

 その後、署員たちそれぞれが各自の部署へ戻って行く。

 真平と田中巡査部長と、田宮さんの三人は、残されるように席に座っていた。

 部長が目を瞑ったままでいる。

「部長?」と、真平は田中巡査部長に声を掛ける。「どうかしました?」

 真平がそう訊くと、田中巡査部長は目を開けた。

「どうかしたって、署長が亡くなったんだ……」

 田中巡査部長がポツリと言った。

「それは、さっき梶副署長から聞きましたけど?」

「それで何も思わない方がおかしい。俺は悲しいんだ……」と、部長は言った。

「僕も悲しいです」真平は言った。

「私もです」と、田宮さんも言った。

「そうだろ? 俺は署長が死ぬとは思わなかった……いや、死なないとは思わなかったけれど、まさかね……」

「ついうっかり喋ってしまったんですね」

田宮さんが言った。

「そう。うっかりだ。そのうっかりがよくない……」

「僕たちも発言には気を付けなければなりません」と、真平が言った。

「ああ」

 そう言った後、田中巡査部長は黙ってしまった。しばらくして、彼は口を開いた。

「署長が亡くなった。だから、今日はもう仕事もしたくない……なんていっても仕方がないな。うん、仕事をしよう。今日、俺に、俺達に出来ることはそれだけだ」

 部長がそう言った。

「そうですね……」と、真平は頷く。

「はい……」と、田宮さんも返事をした。

「さて、パトロールに行こう!」

 田中巡査部長はそう言って、腰を上げた。「はい」と二人も返事をして、椅子から立ち上がり、三人は会議室を出た。

 その後、一時間半ほど三人はパトカーに乗り、パトロールをしていた。

 様々な場所を回ったが、特に「日本語」を喋っている人を見かけなかったし、誰かが目撃をして巡回しているパトカーを捕まえるというようなこともなかった。

 そろそろ署へ戻ろうとしていた時、真平たちの無線機に女性の警察官の声がした。

「こちら、島本(しまもと)。大変です。霞が関で、江頭総理大臣が議会中に、『日本語』を喋ってしまったそうです!」

「え!?」と、田中巡査部長が声を出し、目を見開いた。

「うそ!?」と、田宮さんもビックリして言った。

「マジか!?」真平も驚いた。

 それから、「了解!」と、田中巡査部長が無線機に応答した。

「今から向かおう!」と、彼が真平たちに言った。

 真平は頷いて、すぐに車をそこへ走らせた。

 十五分ほどして、真平たちのパトカーはそこへ到着した。そこには、他の応援のパトカーが数台停まっており、報道記者やテレビ局などの車が三々五々とあった。

 真平たちは一度車を降りた。その建物の周りには、様々な人たちでごった返していた。

「総理はどこなんだ?」

 田中巡査部長がその中を掻き分けて、近くにいた別の警察官に訊いた。

「総理ならもう秘書と一緒に別のパトカーに乗って、署へ向かっていますよ」と、その警察官が答えた。

「分かった」と、田中巡査部長は言った。「永尾くん」

「はい?」

「総理はもう署へ向かっているそうだ。すぐに署へ戻ろう!」

 それから、部長が言った。

「はい!」と、真平は返事をする。

 すぐに三人は署へ戻った。

「あ、田中巡査部長!」

 三人がそこへ戻ると、入り口付近にいた梶副署長が田中巡査部長に声を掛けた。

「何でしょう?」と、彼は訊く。

「江頭総理が、もう取調室におります。ですから、今から取り調べをお願いします」と、梶副署長が言った。

「承知いたしました」と、田中巡査部長が丁寧に返事をした。

 それから、「永尾くん、君も一緒に来てくれ。田宮くんは、総理にお茶を出してほしい」と、部長が二人に言った。

「はい!」と、真平は返事をする。

「かしこまりました」と、田宮さんも返事をした。

 真平は早速、田中巡査部長と一緒に取調室へ行く。そこへ着き、部長がその部屋の扉をノックする。

「失礼いたします」と部長は言って、そこへ入る。真平もその後に続き、一度、総理にお辞儀をしてから扉を閉める。

「江頭総理、初めまして。わたくし、交通課の田中と申します」

 部長はそう言って、総理大臣に挨拶をする。

「こんにちは。内閣総理大臣の江頭です」と、彼はにこやかに挨拶した。

「こちら、同じく交通課の永尾です」と、部長が真平を紹介した。真平も「初めまして、永尾です」と名乗った。

「よろしくお願い致します」と、江頭総理は丁寧に言った。

「こちらに失礼いたします」

 田中巡査部長はそう言って、彼の前の席に座る。真平も同じように言って、部長の後ろにあるデスクに座った。真平はそこで聞き役に回る。

「さて、今回の事件についてお話お伺い願いますか?」

 早速、部長が本題に入って言う。

 ちょうどその時、扉がノックする音が聞こえた。それから、「失礼いたします」と言って、田宮さんがそこへ入って来た。「お茶です」と言って、田宮さんは総理と田中巡査部長の前にそれを出した。

「ああ、どうも」と総理は彼女を見て、にこりと笑った。

 それから、「失礼しました」と彼女は言ってそこを出て、ゆっくりと扉を閉めた。

 江頭総理はお茶を啜る。それから、彼は口を開いた。

「今回の件ですね。今日の午前中の国会での議論中に、私がうっかりと『日本語』を喋ってしまったんです」

 彼は淡々と喋った。

「そのうっかりとは?」と、田中巡査部長が訊いた。

「『(まこと)遺憾(いかん)であります』と、つい日本語で言ってしまいました」と、江頭総理は答えた。

「はあ、なるほど」

「いつもなら、I truly regret it. というセンテンスがすぐに出てくるのですがね。その時ばかりは出てこなかったんです」

 総理は残念そうに言った。それから、「はあ、私としたことが情けない……。本当に‟I truly regret it.゛という気持ちです」と言って、江頭総理は笑った。

「政治家さんも、やっぱり大変ですね」

 田中巡査部長はフォローをするように言った。

「ええ、まあ」

「国民の皆さんが驚かれているでしょうな」

「おそらくそうでしょう。そうそう。警察も、大変みたいですね? 今朝訊きましたけど、署長さんが亡くなられたとか?」

 それから、江頭総理がそう言った。

「ええ、実はそうなんです……」

「どうしてです?」

 江頭総理が署長の死の原因について訊ねた。

「捜査中のふとした出来事です」と、田中巡査部長は俯いて言った。

「はあ、そうでしたか」江頭総理はため息を吐く。「それも残念です」

「はい……」

「ところで、ここへ来た人たちは皆、本当に処刑されてしまうのですか?」

 その後、ふと江頭総理がそう口にした。

「我々も一度、目の当たりにしましたが、それが現実です」と、田中巡査部長が答えた。「この取り調べが終わると、皆さん、東京拘置所へ送られます」

「はあ、そうですか」

「はい」

「非現実的な話だと思っていましたが、本当なのですね……」

 そう言った後、江頭総理は再びため息を吐く。

「もう話すことはありません。私をそこへ連れて行っても構いません」

 それから、江頭総理はあっさりと言った。

「え? 本当にもうないですか?」

 そう言う総理に、田中巡査部長が慌てて彼に訊く。

「ええ、もう何もありません」と、江頭総理は言った。

「では」と、部長が口を開く。「私から、総理にいくつか質問をしてもよろしいでしょうか?」

「ええ、何です?」

「江頭総理は、今のこの世の中はどうお思いですか?」

 田中巡査部長は、早速そう訊いた。

「悪しき伝統と風習が入り混じっている社会だと私は思いますね」と、江頭総理が答えた。

「ほう……。この英語化した社会は良い社会だと思いますか? それとも、悪い社会でしょうか?」

「どちらとも言えない、と言うのが私の本音です。政党員たちも、皆、口々に仰っていますよ。私も自分のことを考えるのですが、良くないと。実を言うとね」と言って、江頭総理は一度口を閉じた。ややあって、彼は口を開く。

「長年、総理大臣をやって、私は疲れたのかもしれない。私は自分の今のポストを辞したいと考えていた。だから、今回はたまたまとてもいい機会になったと私は思うのですよ」

 そう話した後、江頭総理は黙った。

「なるほど……。江頭総理が辞めたとなれば、また新しい人が総理大臣になる訳ですね」

「ええ」

「因みに、誰が次の総理になるのでしょう?」

 それから、田中巡査部長が訊いた。

「さあ?」と、江頭総理は首を傾げる。

「ただし、一つ言えることがあるとすれば、その時には今のような英語化の制度も無くなるかもしれないと私は思うのです」と、江頭総理が言った。

「そうであってほしいです……」

 田中巡査部長が呟くように言った。

「他にご質問は?」

 それから、江頭総理がそう訊いた。「いえ、もうありません」と、田中巡査部長は言った。

「分かりました。それでは……」

 江頭総理はそう言って、椅子から立ち上がった。その後、田中巡査部長と真平も席から立ち上がり、真平はすぐにその部屋の扉を開けた。部長と江頭総理がそこを出る。真平もその後に続いた。

 扉の外には田宮さんが立っていて、彼女は江頭総理にペコリと頭を下げた。彼も彼女に会釈する。

 その後、真平と部長は、江頭総理を外まで見送りすることにした。田宮さんは取調室に入り、お茶を片付け始めた。

 外へ出ると、別の二人の警察官の男たちがいて、パトカーの前に立っていた。真平たちはその後を彼らに引き継ぐ。二人の警察官たちはすぐに江頭総理をそのパトカーへ乗せる。入り口の待合室のベンチに座っていた秘書の女性もその後そのパトカーへ乗ると、パトカーは東京拘置所まで向かって行った。


 その翌日の夕方、榊原署長の葬儀が青山葬儀場(あおやまそうぎじょう)で行われた。それに署員たち全員が参列した。

 焼香の時間になり、署員たち一人一人がそれを順番に行う。

 真平も田中巡査部長や田宮さんと一緒にその列に並ぶ。部長が先頭で焼香を行い、それから、真平がそれをした。その後、田宮さんも同じように焼香をする。

 葬儀で署長の死について署長の奥さんから語られた。

 原因は、署長と娘との親子喧嘩だったという。親子喧嘩の末、署長はうっかりと日本語を喋ってしまったのだと言う。それから娘がそれを母にチクったらしい。それを聞いた奥さんがすぐに警察を呼んだのだと彼女は話した。

 その話を聞いていた娘さんは俯いていた。奥さんも自分で話をしながら、それを思い出してはハンカチで涙を拭っていた。

 二時間ほどして、その式はお開きになった。

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