リスペクト
フラットが宿に帰り着く時、宿の前にはアルトが壁にもたれて待っていた。
フラットは少し驚いたような声をあげた。
「アルト」
「!」
アルトはパッとこっちを見てニッコリ笑い、駆け寄ってきた。
「兄さん!おかえりなさい!」
「ただいま。迎えに待っててくれたの?」
「うん、ちょっとだけ」
そう言いながらいつも掛けているポシェットをゴソゴソとして、瓶牛乳を取り出した。
「母さんの働いてた牧場の牛乳。さっきおじさんから買ったんだ。結構美味しいんだよ。あんま飲んだことないけど」
「へえ、ありがとう。喉乾いてたからちょうどいいや」
本当に乾いていたし、塩っぽくなっていたので直ぐにぐびぐびと飲みだす。
アルトはケタケタ笑った。
「すごい喉乾いてた?」
「乾いてた。本当に美味しいね」
照れ笑いながら答える。常温ながら中々スッキリとした味わいだ。
「今日の朝絞ったやつだってさ」
「そうなんだ。うん、美味しい。ご馳走様……お金は?」
アルトは首を振った。
「要らない。勝手にお小遣いで買ったやつだし。母さんが世話してた牛のやつ、飲んで欲しかったんだ。前はドタバタしてて飲めなかったからさ」
父さんにも飲ませたんだよ。と少し得意げに言う。
「たまに母さんを迎えに行ってちょっと見たくらいだけど、母さんはよく働いてたよ。女の人だけど重たい牛乳箱何箱もいっぺんに」
ジェスチャーをまじえて語る。
「早朝に牛乳配達して、朝ごはん食べに帰ってきて、日中は事務仕事して、合間に動物の世話もして、それで夕方帰ってくるんだ」
事務仕事を一手に担える程の頭があったので会計やらを任されていたらしい。
「そういう仕事させてもらえるって事は信頼があったんだね」
「うん。母さん物凄く真面目な人だし、絶対くすねたりとかしそうにないもん」
「確かにそういうの絶対許さない人だもんなあ」
とても着服する母が想像出来ず笑えてくる。
「もし兄さんが来なかったら、俺も母さんの後釜っていったら変だけど……住み込みで雇って貰おうかって思ってたんだ」
半年間、片付けやらにも追われながら進路を決める事が迫られていた。
「学校辞めて働くしかないって。でも母さんは必ず卒業するように言ってたし……結構悩んだよ。おじさん達だって働かない子どもなんて要らないしさ。だからどうしようってなってて……もう決めなきゃマズイって時に兄さんが来たんだ」
フラットはニコニコして話す弟に申し訳なさそうにする。
「遅れてごめん」
「んーん。嬉しかったし、まあビックリして戸惑ったりしたけど……やっぱり嬉しかっただけだよ」
片足をブラブラさせながら言う。
「あんま謝らないで。兄さんが来てくれてよかったし、兄さんには命も助けてもらった。ビックリして訳わかんない顔しちゃったけど……ホント、それだけだから。ありがとうってだけ」
アルトは照れ臭そうに片足をブラブラさせる速度をあげる。
「アルト……気を使ってくれてるのか?」
「使ってない。ホントの事言ってるだけ。誤解は良くないからね」
フラットは少し戸惑い、でもホッとする。
「僕のこと、怖くない?」
「怖くないよ。ちょっとカッコイイ……とは思わないでもないけど」
「……」
フラットはカッコイイという言葉に頭がクラクラする。
「カッコよくは……」
「殺すのがカッコイイ訳じゃないよ。助けてくれたのがカッコイイの。めちゃくちゃダッシュで来てくれたんでしょ?」
「それはまあ……間に合わないかもと思ったし……」
アルトはもう一度ニッコリ笑ってみせた。
「ありがと。俺の事守ってくれてさ。俺も頑張って……とりあえず情けなく腰抜けてるのからは卒業しないと」
「はは、それはそのうち……」
フラットは空瓶片手に天を仰ぐ。喉の奥をしょっぱいものが流れていく。
「ありがとう。アルト」
「んー」
アルトは何ともなさそうに片足をブラブラさせながら答える。
「そろそろ戻ろ。父さん待ってるよ」
「うん、夕飯あるしね」
兄弟は夕飯が何かという話をしながら宿に入っていった。




