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95 異界渡り01


昨晩はどうしても気分が高ぶってしまってなかなか寝付けなかった。もしかしたら月天が来るかもと期待してしまったのはここだけの秘密だ。


朝起きて身支度を済ませ、いつもどおり執務室へ行くと白夜だけしかおらず極夜は今日は上ノ国の屋敷の方へ行っているようだ。


月天も昨晩の打ち合わせが終わるとすぐに再び屋敷に戻ってしまったらしく、今日の異界渡りの時刻までは顔を合わせることはなさそうだ。


いつも変わらない雑務をこなしつつ夜の事を考えていると気づけば終業時刻を知らせる掛け時計の音色が部屋に響く。


「紫苑様、では時間になりましたら部屋に迎えに行きますのでそれまで休んでいてください。異界渡りは術者以外に一緒に渡る者も体力を使いますので」


白夜に言われるがまま執務室を出て自室に戻ると、念の為母から譲り受けた守り刀や護符などを潜ませる。


万が一白桜と対峙した場合は無理をせず、その場から逃げることだけを考えろと白夜に言われたがもし出会ってしまったら知らぬふりをして逃げるなんて自分にできるのだろうかと少し弱気になる。


月天は白桜のことを毛嫌いしているが、紫苑はそこまで白桜のことを嫌っているわけではない。


幼い頃は何を考えているか分からない白桜は畏怖の対象でもあっが、今思い返してみると何かと紫苑のことを気遣って接してくれていた気がする。


月天と白桜両者とも今となっては一族をまとめる重要な立場になったのだから、お互い話し合って歩み寄ることはできないものなのだろうか……と考えていると廊下から白夜の声がかかる。


気づけばすでに日は沈み月が空に上がり始めていた。


「紫苑様、準備はできていますか?」


「!いま、行きます!」


紫苑が慌てて忘れ物はないか身の回りを確認して部屋を出ると狐の半面をつけた白夜の姿があった。


「その半面、久しぶりに見た」


「今日は一族の者たち以外の前に姿を現すこととなりますので、月天様も半面をつけてらっしゃると思いますよ」


「一族の者以外に素顔って見られたらまずいものなの?」


「そうですね、高貴な身分になるほどその姿を下々の者や他種族の者に見せないようにしているきらいがありますね」


「そうなんだ……、じゃあ妖猫の当主はちょっと変わった方なんだね」


「あの方は……」


白夜がなにか言おうとするとちょうど前方にいた極夜が紫苑たちに向かって声をかける。


「もう、月天様はお越しだよ!早く!」


慌てて極夜に急かされて月天の元へ行くと、そこは朱色の鳥居が七つ連なって並んでおり周囲には赤い曼珠沙華の花が地面いっぱいに咲き乱れていた。


この景色だけ見れば黄泉への入口とも言えそうだが、きっとこの鳥居を媒介にして異界渡りを行うのだろう。


鳥居の前に立った月天は俄のときに見た半面をつけており耳元には小さな鈴が二つ飾られている。


「紫苑、準備はいいかい?」


紫苑が口元をきゅっと結び頷くと月天は右手を出して紫苑の手を取る。


「では、行こうか」


月天が紫苑の手を取ると白夜と極夜もその後を追い七つの鳥居をくぐる。


鳥居をくぐる際に月天は紫苑にはまだ理解できない祝詞のような言葉を紡ぎながら紫苑の手を握っていない方の手で素早く色々な印を組んでいく。


五つ目の鳥居をくぐると背後に浮かんだ満月の光が煌々と鳥居の中へ差し込み鳥居の奥を照らし出す。


一瞬目がくらむような明かりが鳥居の奥から発せられたと思うと、月天に抱きかかえられ全身が宙へ舞ったような不思議な感覚に落ちる。


ぎゅっと強く目をつぶっていると徐々に光は薄れていき体を包み込む不思議な感覚も消える。


「紫苑、もう目を開けても大丈夫だ」


月天の声に従いゆっくりと目を開け空気を吸い込むと、それは幽世と違う森の木々の香りや土の匂いが漂う見慣れた景色が広がっていた。


「ここって村の裏手にある森の中?」


紫苑が周りを見渡すと少し下の方から民家から漏れる明かりが見える。


月天は優しく紫苑を下ろすと、半面についている小さな鈴をとって一つを紫苑の手首にくくりつける。


「月天、これは?」


「これは道標の鈴だ。もし、妖術などにかけられて帰り道が分からなくなってもこの鈴の音色をたどれば私の下にたどり着く」


そういい月天はもう一つの鈴を自分の手首にくくりつけ紫苑に見せる。


「月天様、では私は予定通り神社の方へ向かいます」


極夜は紫苑と月天に頭を下げると音たてずにその場から姿を消す。


「では時間も限られている。紫苑、予定通り村長のところへ行って別れを告げておいで。私はここで紫苑の帰りを待っているよ」


紫苑は月天の瞳を見つめてゆっくりと頷くと月天たちに背を向けて村の方へと走り去る。


紫苑の背中を見送ると白夜が少し戸惑い気味に口を開く。


「月天様、良かったのですか?すでに神社の方に白桜様の気配があることを紫苑様に告げずとも」


「よい、知ったところで紫苑にはどうすることもできまい。余計なことに気取られるくらいなら知らないほうが良いこともある」


月天は自分の背後に広がる黒く底が見えぬ穴に向かって術をかける。


術を使うたびにどんどん自身の神通力が削られていくのを感じるが、致し方ない。


しばらくすると、無事に極夜も予定の場所に身を隠すことができたらしく村の周囲に魑魅魍魎が集まってくるのを感じる。


(このまま上手く事が運べばいいのだが……)


いつもより厭にまるく輝いている満月を見上げて月天は紫苑のことを想うばかりだった。


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