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悪役令嬢と幽霊のお告げ  作者: 岩上翠


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エピローグ

わたしがシャルロットから王女補佐に任命されて、早3ヶ月が経った。




「シャルロット! 周辺国の魔獣の出没データをまとめてきたわ!」


王女の執政室に入り、わたしは意気揚々と彼女に告げた。

重厚な机に山ほど積まれた報告書を読んでいたシャルロットは、顔を上げてわたしにほほ笑みかけた。


「ありがとうございます、リーゼロッテ様」


わたしは苦笑して彼女の側へ行き、この数日間、各方面に聞き込みを重ねて作成した渾身の書類を渡しながら言った。


「わたしの事は呼び捨てでいいし、敬語も使わなくていいと何度も言ってるでしょう? あなたはこの国の王女様なんだから」

「はい…ですが、どうも慣れなくて…」


書類を受け取りながら、恥ずかしそうに言う。

今はすっかり王女としての風格を醸し出しているシャルロットだけど、たまにこんな風に、騎士団の深紅の制服を着ていた頃のソフィアの顔に戻る。




3ヶ月前、長年行方不明だったシャルロット王女がヨハン王の元へ帰還した。


その知らせは瞬く間に王宮中を、そしてオラシエ王国全土を駆け巡った。

ヨハン王は心から喜び、国は祝賀ムードに湧きかけたんだけど、肝心の王女自身は祝典を望まなかった。

ケリー男爵の闇魔法によって魔獣の群れが王宮に押し寄せ、少なくない死傷者が出た後だったから。


当時王宮にいた貴族や使用人達の間にも魔獣に襲われて亡くなった人がいるし、残念だけど、騎士団からも殉死者が出た。

シャルロットは彼らを手厚く弔う事を望み、王宮はしばらくの間喪に服した。

アンヌさんもその死者の列に加えられて、残された家族には、せめてもと多額の見舞金が支払われた。


魔獣によって傷を負った人達も多かった。

左腕を失ったイェルクさんのように。


彼は王宮からの見舞金を辞退し、王立騎士団内の参謀本部に活躍の場を移し参謀次長として働いている。

その任務は彼の性格に合っているようで、第二師団長だった頃よりもいきいきして楽しそうに見える位だ。

辛くないはずがないのに、少しも暗い顔を見せずに笑うイェルクさんは、本当に強い人だと思う。


「この書類、作成するのをイェルクさんにも手伝ってもらったの。イェルクさん、驚くほど各国の情勢に通じていて、本当に助かったわ」

「そう…ですか」


シャルロットはなんだか寂しそうな顔をした。

騎士団から離れて寂しいのかな?

…いや違う。

きっとこれは…!


「…イェルクさんに会えなくて、寂しいのね?」

「!!」

わたしは顔を輝かせた。

「なんだ、それならそうと言ってくれればいいのに。あなたが周辺国の詳細な情報を聞きたがっていると言って、イェルクさんをここに連れてくるわね」


笑顔でくるりと踵を返しかけたわたしは、突然、ぴくりとも身動きが取れなくなった。

まるでたくさんの見えない手に全力で羽交い絞めにされているようだ。

わたしはソフィアの結界魔法に拘束されていた。


「…!?」

「リーゼロッテ様!! わたしはまったくちっともこれっぽっちも寂しくなどありませんっ!! だから絶対に、参謀次長のお手を煩わせたりしないでください!!」

「…! …っ!!」


息が出来ない。


シャルロットは真っ赤な顔をしてまだ「本当にそういうんじゃないですから」と一生懸命喋り続けていたけど、わたしも呼吸困難で顔がみるみる真っ赤に染まっていく。

これがプロレスなら、ギブアップ! とマットをばしばし叩きたい所だけど、シャルロットの結界魔法は強力過ぎて指一本動かせないし、声一つ出せない。せめて呼吸はさせてほしい。


意識が遠のきかけた時、ようやくシャルロットが気づいて魔法を解いてくれた。


「リーゼロッテ様っ!!? わ、わたしったら無意識に結界魔法を…ごめんなさいっ!!」

「…だっ、大丈夫よ…ちょっと苦しかったけど…」


しきりに恐縮するシャルロットをなだめて、わたしは彼女の執務室を出た。

危ない…お節介を焼くのも命がけだ。

シャルロットの家系が代々15歳になるまで魔力を眠らせておく理由も、分かる気がした。






渡り廊下を通って中庭に出る。

空はきれいに晴れ渡り、庭園の花は美しく咲き誇っていた。


ひらひらと蝶の飛び交う道を歩いていると、王宮を去った人達の事が頭に浮かぶ。


ディートリンデはあの騒動の後、辺境の塔に送られた。

ヨハン王が長年に渡る彼女の不貞と、自分に対する殺人未遂の共謀罪を告発したからだ。

彼女は王立裁判所から終身刑を言い渡され、塔に送られる直前、お腹の子は流産したと聞いた。


ケリー男爵は貴族身分を剥奪された上で、極刑となった。

彼の領地は没収され、闇魔法の研究をしていた屋敷は跡形もなく取り壊された。


男爵はこの世界を悩ます魔獣を、自分の目的のために利用しようと目論んでいた。

だけどこの世界においても、魔獣はその存在領域を徐々に狭めていて、種としては消えていく方向にあるように思える。

前世での妖怪や妖精といった存在が、昔はいたとされるけど、時代が下るとすっかり息を潜めてしまったように。

もしかしたら魔獣もこのまま世界中から消滅してしまい、おとぎ話の中でだけ生き続ける――そんな過去の話になるのかと思いきや、周辺国ではまだまだ縦横無尽に暴れ回っているという。


だから、シャルロットはわたしに周辺国での魔獣のデータを集めさせている。

近隣の国々を自分の結界魔法で出来る限り助けるため――というのももちろんあるけど、外交を有利に進めるためでもある。

なにしろオラシエ王国は長い間ヨハン王が無気力状態にあり、そのせいで諸外国に低く見られ、いいように利用されてきたという経緯があるから。

これからは結界魔法の力を出来る限り有効活用して、自国の地位を向上させようとしているんだ。


本当に頼もしい王女様だ。




イレーネさんをはじめとする王妃付きの女官は、ディートリンデが失脚したと同時に全員解雇された。

イレーネさんはそれを機に、ご主人の田舎の領地へと引っ越した。

自然が豊かでなかなか素敵な所よ、と、彼女はわたしに手紙をくれた。それなりに人間関係は複雑で、ゴシップにも事欠かないらしい。


もちろん手紙の最後には、今度会った時にはエアハルト様との話をたっぷり聞かせてね、と念を押してくるのを忘れなかった。


だけど残念ながら、イレーネさんに聞かせられるような話など今のところ何もない。


だって、この3ヶ月間というもの、わたしは一度もエアハルト様に会っていないんだから!






レンガを敷きつめた道の途中で立ち止まり、思わず、はあ…とため息をつく。


大規模な結界魔法のおかげで、この国からは魔獣が一掃された。

だけど、魔獣の心配がなくなった代わりに、今度はあちこちで賊が跋扈するようになった。

それがあまりにも目に余ったから、対魔獣専門だった王立騎士団は方針転換をした。

賊を討伐するための遠征隊を編成して、派遣したんだ。


エアハルト様はその総司令官に命じられて、以来3ヶ月、ずっと帰って来ていない。




青い空を見上げ、エアハルト様は今頃どこにいるんだろう、なんて考えていたら、道の向こうから誰かが歩いてきた。


「リーゼロッテ様!」

「カイ」


カイはわたしの前まで来ると、爽やかに言った。


「お久しぶりです。最近は王女補佐として大活躍みたいですね」

「カイの方こそ、若手魔導士の筆頭として期待されてるとイェルクさんから聞いたわ。次期師団長の可能性もあるって」

「はい、もちろんその座を狙ってます! だけどまずは、今の仕事で着実に実績をあげていかないと」


し、しっかりしている!

そういえばカイはここ最近で急に背が伸び、顔つきも大人っぽくなって、すっかりひとかどの軍人といった印象だ。

遠征に行かず本部に残った騎士達は、警邏隊を編成して王都周辺の賊を取り締まっているのだけど、カイはその中でも最重要地区の隊長を任されているほどだ。

以前のようなかわいらしい弟タイプという雰囲気では、もう全然ない。


「リーゼロッテ様? どうしたんですか?」

「いっ、いえっ、なんでもないわ!!」


顔を覗き込まれ、わたしは慌てて後ずさった。

カイが楽しそうに笑う。


「あはは。あんまり側に寄ると、またみんなに噂されちゃいますね。僕は今度こそ副団長に殺されるかもしれない。帰ったばかりで、すごく殺気立ってたから」

「え…?」


わたしは、ぱっと顔を上げてカイを見た。

カイは、彼の上官だったイェルクさんがよくやっていたみたいに、片目をつぶった。


「本部に帰って来てますよ。会いに行ってあげてください」

「…ありがとう、カイ!」


わたしはお礼を言うと、レンガの道を駆け出した。






エアハルト様が帰って来た。


ずっと、どこにいるのかも分からなかったから、手紙も出せなかった。


元気かな。

怪我をしてないかな。


エアハルト様が行ってしまってから、わたしは毎日会いたくて、心配で、彼の事ばかり考えていた。

気を紛らわすために王女補佐の仕事に全力で取り組んでいたから、結果的にシャルロットの役に立てて良かったんだけどね!


だけど、エアハルト様はどうなんだろう。

ほんの少しは、わたしの事を思い出してくれていたかな――。




騎士団本部に飛び込み、階段を駆け上って、副団長の執務室へと急ぐ。


扉の前に立って、息を整えた。

中から話し声が聞こえる。


しまった。

そういえば、今は勤務時間中だ。

嬉しくてついここまで来ちゃったけど、さすがに長期任務から帰ったばかりで仕事場に押しかけられたら迷惑だよね…。


そう思って引き返そうとしたら、扉が開いた。


部屋から出てきた数人の騎士達がわたしを見て、ぺこっと会釈をしてくれる。

わたしも慌てて扉から離れてお辞儀をして、彼らを見送った。


「…リーゼロッテ?」


扉を閉めようとしたエアハルト様が、わたしに気付いて驚いたように言った。


「エアハルト様」


3ヶ月振りに再会した彼は、わたしを見て――。




眉間に皺を寄せた。




えっ…。

や、やっぱり迷惑でした…?


「…あ、えっと…すみません。ご帰還されたと聞いて飛んできたんですけれど…すぐ帰りますね」


眉間の皺が、深くなる。


…どうしろと!?


久しぶりに見たエアハルト様は相変わらずとても格好よかった。

騎士団の深紅の制服ではなく、もっと動きやすそうな鋼色の戦闘服を着て袖をまくっていて、その姿もよく似合っていた。

日に焼けて、より逞しく精悍になったみたいだ。

目が合うだけで、なんだかドキドキしてしまう。


だけど、ドキドキするのはエアハルト様が格好いいから、だけではなくて。

…怖い。


怒ってる?

怒ってますよね?

なんでそんなに怖い顔をしているんですかっ!?


「…入れ」


本当は今すぐ尻尾を巻いて帰りたかったけど、不機嫌そうにそう言われて、遠慮がちに執務室に入る。

扉を閉めて、エアハルト様に向き直ると。


小さくため息を吐かれた。




あ。

駄目だ。

泣きそうだ。


「…わたし、やっぱり帰りますね」


くるりと背中を向ける。


押しかけられて、迷惑だったんだ。

もしかして遠征中に、他に好きな人が出来たのかもしれない。

それか、やっぱりわたしの事が嫌になったのかも――。




ドアノブに手を伸ばした瞬間、背中からぎゅっと抱きしめられた。


「帰らないでくれ」


エアハルト様の声と体温を間近に感じて、心拍数が急上昇する。


「…でも、」

「ひどい態度を取って悪かった。突然で驚いただけだ。長旅で汚れて、汗もかいたままだから…お前に不快な思いをさせて、嫌われたくなかった」


…そうだったんだ。


エアハルト様からは確かに、ふわりと汗や土埃の匂いがした。

わたしだって汚れた格好のまま好きな人に会うのは避けたいから、ちょっと申し訳ない事をしてしまったと思う。

だけど、その匂いは全然嫌じゃなかった。

それだけ頑張ってきたんだと、かえって思いきり優しくしたくなる位だ。


わたしに回された腕にそっと触れると、彼はびくりと体を強張らせた。


「…いきなり来てしまってごめんなさい。ですが、わたしがエアハルト様を嫌いになるはずがありません。どんな格好でも構いません。あなたに、ずっと会いたかったです」


ゆっくりと後ろを向いた。

まだ少し固い表情のエアハルト様と、近い距離で視線がぶつかる。

眉間に皺が残っているけど、もう怖くなんてない。

わたしはようやく、言いたかった言葉を言った。


「おかえりなさい、エアハルト様」


エアハルト様は横を向いて、なにやらもの思わしげに額に手を当てた。

それからわたしに視線を戻した。


何かが吹っ切れたような、いっそ清々しい顔をしていた。


「…ただいま、ロッテ。俺もお前に会いたかった。とても」

「ほ、本当ですか?」

「ああ。地獄のような遠征中も、かわいいお前の顔を思い浮かべて耐え抜いた。ここに戻ればお前が笑顔で迎えてくれると思えば、何だって出来た」


きれいな青灰色の目を優しく細めて、エアハルト様はわたしの頬に触れた。

その手が火傷しないか心配な位、わたしの頬は熱くなっている。

な、なんだろうさっきとのこの温度差…嬉しいけど…ち、近い…。


「本当は一度屋敷に帰って、さっぱりとしてから会いに行こうと思っていたんだが…他でもないお前がそう言うのなら、遠慮は無しにしよう」


急激に空気が甘く濃密になる。


「エア…」


口づけが降ってきた。

同時に、きつく抱き寄せられる。

ほんの一瞬のような、永遠に続くようなキスだった。

その後でエアハルト様は、睫毛が触れるほどの距離のまま言った。


「愛している、ロッテ」


わたしはエアハルト様の広い背中に回した手に、力を込めた。

泣きたいほど幸せだった。


「わたしも愛しています、エアハルト様。この世で一番…いいえ、どんな世界であろうと、あなたを誰よりも愛していますわ!!」


ふっとほほ笑むと、エアハルト様は、もう一度わたしにキスをした。




最後までお読みいただき、ありがとうございます。

これにて完結です。

少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。

よろしければ、評価や感想もいただけると大変嬉しいです。


連載中から読み続けてくださったみなさま、ブクマや評価がとても励みになりました。

本当にありがとうございました。

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