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時間になれば、アルヴァトトの部屋へ手伝いをしに行く。気まずいけれど、話を盗み聞きしておいてそれを態度に出してはいけない。独り言が聞こえて勝手に気まずくなっていたのはつい先日までのことだけれど。
「アルヴェニーナ様、今日はやめておいた方がいいのでは……?」
「心配しすぎですよ。ユーリーンさん」
ユーリーンがずいぶんと過保護になってしまった。そんなにメンタルが弱いと思われているのだろうか。確かにメンタルは弱いけれど、子どもではあるまいしそんなものに振り回されてはならない。ああ、ユーリーンには子どもに見えているのか。
実年齢を言っておいた方がいいのかなと考えつつユーリーンに扉を開けてもらって部屋に入る。
「こんにちは、アルヴァトト様」
努めて普通の声で話せたと思う。
そのままいつもの席に座り、私用にと置かれた書類に手を付ける。横目でアルヴァトトを見れば、胸が締め付けられるように痛むけれど、気のせいだろう。今日の今日だからそう思うだけで、明日には忘れるだろう。忘れてしまえ。
「……アルヴァトト様、こちらサインが必要なようです」
「ああ」
時折その程度の事務的な言葉を交わしながら、時間が過ぎていく。無言の仕事時間は普段気まずいものではないけれど、今日ばかりは無駄にネガティブな思考を巡らせてしまいそうになる。だからといって、仕事をしているのに関係ない話をするわけにもいかないので、忘れるようにと手をひたすらに動かした。
「アルヴェニーナ。アルヴェニーナ」
「は、はいっ?」
名前を呼ばれたのはそんな時間を数時間過ごした後だった。集中しすぎていて一瞬気付かなかった失敗を呪いながら顔を上げれば、時間が思ったよりも経っていることに気付く。外が少し暗くなり始めている。
「そろそろ手を止められるか?」
「あはは、すみません。集中してました。区切りのいいところまではやっていいですか?」
「……構わないが」
どうせこの後もアルヴァトトは仕事を続けるのだろうし、もう少しだけ手伝わせてもらおう。あまり長引いては逆に邪魔になりかねないので、ある程度まで。
しばらく手を進めて、キリがいいところで手を止める。私がペンを置くとアルヴァトトも顔を上げた。
「かなり、進めたな」
「それでもたくさんあるんでしょう? 効率など関係ないところが大変な仕事ですね。まだ手伝えることがあれば言ってください」
書類をまとめて、椅子から下り「お疲れさまでした」と挨拶して部屋を出る。そのまま向かうは夕食のための食堂だ。中に入ればユーリーンが飛び起きるように私を見た。事情を知らないデージリンが驚いている。ユーリーンの取り乱す姿なんて、あまり見ないだろうしな。
「今日は少し遅かったですね、アルヴェニーナ様」
「なかなか区切りがつかなくて」
デージリンと話しながら夕食を終え、眠れるように準備してユーリーンと二人で部屋に戻る。階段を上る途中、二階の廊下でユーリーンは少しだけ早足になった。
「今日はもう少し本を読んでいたいので、明かりをつけたままにしておいてもらっていいですか?」
健康的な生活にも程があるという時間で就寝、起床をしている現在。といっても早くに眠たくなるわけではないのでお願いしてテーブルに着く。明日に支障がでない程度ならば夜更かししても大丈夫だろう。
「アルヴェニーナ様、お休みになられた方がいいと思います」
「心配しないでください。ちゃんと寝ますから」
別に寝ずに作業するわけではない。ただ、このまま布団に入っても余計なことばかり考えてしまいそうになるから、眠気が襲ってくるまで気を紛らわせておきたいだけだ。そんな感じで理由を付けると、ユーリーンは不承不承明かりをつけたまま部屋を出た。ずるい言い訳でごめんなさい。
そのまま本を開きつつレポートをまとめる。完成させることに怯えていてはいつまで経っても先に進めないので、まずは神子についての論文を完成させなければ。何度か添削してもらうとか、アルヴァトトが資料を作るときに役にでも立てればいい。功績がないのは事実だ。これが功績になるかはともかく、神様の裏事情を聞いたことがあるのは私だけだそうなので、早く完成させてしまおう。次は何を研究するか考えながら。
子どもの体だからか、眠気はほどなくしてやってきた。もう少しなので起きてからしようとベッドに入る。明かりは消して、布団を被ればすぐに睡魔に襲われた。
浮遊感を覚えながら眠りに落ちる。才能も功績もない。けれど使えないと言われたわけではない。
昔本社から一瞬だけやってきていた上司を思い出す。あれは人格否定をするタイプの酷い奴だった。他の社員も彼は良くないと口を揃えて言っていたし、何を言われても私の方を庇ってくれていた。守られていたのだ。使えないと言われたことがある。友達に使えないのはお前だって愚痴って、そのうち上司が上に報告していなくなっていたんだっけ。
「……悪夢」
ふっと目を開いたことで今まで眠っていたと気付いた。かなり浅い眠りだったのだろう。時間は多分まだほとんど経っていない。ひどく疲れた気がする。もう一度寝たら同じ夢を見そうで嫌だけれど、眠気には抗えなくて再度眠りに落ちた。
同じような夢は見なかったけれど、明け方だろう時分に金縛りにあった。昔は結構あったことなので慣れっこで、心霊現象などではないとわかっているため早く動けと必死に念じる。
朝起きると、いやに疲れていた。勘弁してくれ。
早起きしたおかげで、論文ができた。パソコンもない中、異国語で書いた文章が正しくわかりやすくできているかは不明だが、完成したので一旦アルヴァトトに見せなければならないだろう。早起きのおかげとはいえ、あまりいい気分で起きていないため達成感は半減しているが、それでもできたことに変わりはない。
もう慣れた桜色の髪を手で梳いて、軽く身支度をする。着替えはデージリンがやってきてからだ。私のその日の服装はほとんどデージリンの一存で決められている。
「あら? アルヴェニーナ様、もう起きてらっしゃったんですね」
「早めに目が覚めたので」
デージリンが来てから目覚めたり、先に起きても布団でぼうっとしていたりするときもあるので、デージリンは瞬いて問う。起きているときもあるので珍しいと言うほどではないのだろう。一言聞いただけで着替えが始まった。
「今日は可愛い感じにしてみました」
シャツにジャンパースカートを着せられる。シャツの袖が膨らんでいて、襟の部分がフリルになっている。可愛い感じすぎて目が痛い。
「なんで今日は可愛い系なのでしょう……」
「昨日からアルヴェニーナ様がご機嫌なようなので」
「え?」
「ユーリーンさんはお加減が悪いと仰ってましたけど、いつもより笑顔が多いですもんね?」
疑ってもいない顔で微笑むデージリン。どうやら私は必死のときの方が愛想がいいらしい。
そのままアルヴァトトが帰ってくるまでは論文の見直しをしたり、本を読み進める。付箋が欲しいところだ。そしてこのまま謁見に持って行って、一つ一つダリアに確認したい。
次の謁見までまだしばらくあるけれど、質問事項をまとめておいた方がいいだろうか。コンパクトの使い方と、ルリのことについての探りを入れることは決定として、何を聞けばいいだろう。これもアルヴァトトに相談しなければならない。青の神子の謁見が終わって状況が変わるかもしれないから、その時は修正するとして。
そういえば、緑の神子の襲撃は未だにない。ルリにバレているということは彼にもバレていると思っていたのだが、そうでもないのか。
アルヴァトトが帰って来ればいつも通りの仕事だ。そして昨日と変わらぬ無言だった。機嫌が悪いわけではなさそうだけれど、疲れている顔をしている。私のせいだよなあとは自意識過剰ではないだろう。だからって城でのことに口出しするわけにもいかないし。
黙って作業する空間。今日は単純作業が多いため、ぼうっとする。私はこれが眠気からくるものだと知っている。ちゃんと眠ったのに睡眠不足とは自己管理のなっていないことだ。でもこの世界睡眠薬もないと思うし、あったところで私の手元には入らないと思う。尋ねるなんてまずできない。
ぼうっとすれば作業効率も落ちるもので、眠気か貧血かわからない症状に立ち上がる。ここで居眠りなどしては感じが悪すぎる。
「すみません、一旦席をはずします」
「……顔色が悪いようだが、具合が悪いのか?」
「いえ、そういうわけではないので大丈夫です」
「無理はしなくていい。今日は休んだらどうだ?」
「大丈夫ですよ」
ここで手伝いを止めて休んだら、今日の夢もよくないものになりそうだし。軽い感染性胃腸炎になった時の事を思い出す。来るなと言っておきながら、治って出勤したら嫌味を言ってきた一部先輩は思い出しついでに再度呪っておいた。
顔を洗って戻れば、私のするはずの仕事が片付けられていた。
「え、あの」
「今日はもういい。おとなしく休め」
きつめに言われ、視線を合わすようにアルヴァトトは腰をかがめる。手が額に当たる。
「熱があるわけではないか」
「あの、別に、大丈夫なんですけど……」
「何がだ?」
食い下がろうとしたところに掛けられた、威圧的な声にどきりとする。下からでも怒っているように眉間に皺が寄っているのが見える。思わず一歩、後退りした。
「今日具合が悪いのは見ていればわかる。動きが緩慢で顔色が悪い。それに昨日からおかしいのも、気付いていないと思ったか?」
「え……」
「ここのところしなくなっていた作り笑いが増え、ことあるごとに大丈夫だと見栄を張ったようなことを言って、気付かないはずがないだろう」
完全に、見通されていたらしい。申し訳なさと恥ずかしさと、少しの理不尽な苛立ちが肚の奥で渦巻く。目を合わせていられなくて、視線を逸らした。やっぱり駄目じゃないか。
私は、結局。
「……すみませんでした。具合が悪いんでした。明日には治すので、今日はおっしゃるように失礼します」
一礼して部屋から出る。だって、だって。
アルヴァトトが信用できなくなったら終わりだとわかっているのに、勝手に頭は言い訳を考える。あんなことを聞いたら、何かしなきゃいけないと思うじゃないか。アルヴァトトは悪くないけど、期待するなって言われて、悔しくないわけがないじゃないか。
早足で部屋に戻って、布団をかぶる。泣くな、泣くな。思っても涙は落ちて来る。せめて声には漏らさないように布を鎧にするように丸まる。
「アルヴェニーナ様!」
嗚咽を漏らさないように必死になっていると、扉がノックされた。返事を待たず、扉が開けられたと同時に聞こえたのは、ユーリーンの声だ。急いで涙をひっこめる。擦らないように涙を拭って、鏡がないことに困った。目が赤くなっていないことを祈るしかないか。元々赤に近い色の目だったはずだから、わかりにくいはずだ。
「ユーリーンさん。すみません、勝手に戻ってきてしまって」
ベッドのカーテンから顔を出し、謝る。声は震えずに、上手に話せたと思う。
「あまり体調が良くなくて。お水をいただけませんか?」
笑顔はうまくできているだろうか。デージリンにはバレていないけれど、ユーリーンにはバレていると思う。彼女の表情は、罪悪感と同情と心配を混ぜたような色をしているから。悪いのは全部私なのにな。
カーテンを閉じて隠れれば、ユーリーンは水を取りに行かざるを得ない。ずるい方法だと思うけれど隠れさせてほしい。その間に泣いてなんていなかったようにするから。元通りに戻すから。
カーテンの向こうで、扉を開ける音がする。ユーリーンが外に出たのだと安心したのだが、扉の閉じる音は聞こえてこなくて、代わりに呟くような声が聞こえた。
「アルヴァトト様……」
心臓が跳ねる。どくどくと脈打つ。カーテンでは防音効果もない。そしてここに居る以上私に逃げ道はない。ここ以外に居るところがないから。消えてしまいたいほどの緊張。
「アルヴェニーナは?」
「休まれています」
ユーリーンはアルヴァトトがこちらへ来ないように遮ってくれているのだろう。追いかけて来させてしまったことも、今ユーリーンに庇ってもらっている状況も、私が招いた事態なのだ。
「様子が見たい」
「……お言葉ですが、できればアルヴェニーナ様を少し休ませて差し上げてください」
聞きたくもないのに、この状況では声を遮るものはない。耳を覆うのだけはダメな気がして、震える手でシーツを握りこんだ。
「アルヴェニーナ様は頑張ってらっしゃいます、責めないでください」
「それはわかっている。具合が悪いんだろう。それなのに分を超えて動いていたことを咎めただけだ」
分を超えて。期待などしてもいない才能もない子どもが己の分もわきまえずに頑張った結果、体調を崩して態度も悪く逃げたと。
アルヴァトトがそこまでのことを思う人ではないことは知っている。けれど、思考はネガティブな悪循環を繰り返す。ちゃんと、彼は私のことを心配してくれていると頭では理解しているのに、心がついて行かない。目の前にある嫌な言葉だけを飲み込んで「だって」とか「でも」とか相手を否定することで自分を守ろうとするのだ。最悪だ。
「っあ、あの子は、アルヴァトト様の期待に応えたくて……期待されたくて、頑張ってるいんです!」
ぐっと、胃を締め付けられたような気がした。
「多くの人から頼られたい子ではないけれど、あなたの力になりたくてここにいらっしゃるんです……」
喉の奥がちりちり熱い。言いたくないことを言わせているのはわかる。彼女はここで雇われているのだ。余計なことを言って事を荒立てたいわけではないはずだ。けれど、私のために、アルヴァトトに意見している。
それなのに、私はこのカーテンを開けることができない。私が悪いんですとユーリーンにこれ以上を言わせないようにする一言が言えない。踏み出せない。
「申し訳ございません、一昨日、ソドリー様とお話されているのを聞いてしまったんです」
「……それでか」
「アルヴァトト様っ!?」
焦ったようなユーリーンの声が聞こえたと同時に、カーテンが開けられた。まだ明かりの差し込む部屋で、アルヴァトトがこちらを見下ろす。窓を背にしているから顔は陰っているけれど、怒ってはいないような表情。
「っす、すみません。私……」
何を謝っているのか自分でもわからない。盗み聞きするようになってしまったこと? ユーリーンに自分を庇わせてしまったこと? 血の気が引いているような気がするし、だくだくと波打つ心臓が体中に血を巡らせているような気もする。喉が痛い。泣きださないように、シーツだけは必死で握った。
「私は、きみに特別な才能はないと知っている。きみは間違いなく普通の招致神子だ。……誤解されるような言い方をしたのは悪かった。きみに特別な力があると思われ、不本意に取り上げられたくなくて言った」
「っ……はい、わかってます。すみません、我ながら面倒くさい性格なんです、ちゃんと私のこと考えてくださってるのは、わかってます」
わかっているけれど、わかっていなかったみたいだ。少しでも疑ってしまったことに罪悪感を覚えつつ、口から出るのは可愛げもない言葉。わかっていた。嘘ではないのに嘘を吐いてるようだ。でもこれ以上話すと泣いてしまいそうで、シーツを話して手を握りこむ。爪を立てる。前よりも痛い。
「勝手に聞いて勝手に落ち込んですみませんでした。明日には、直します。ちゃんと戻りますから」
考える時間が欲しかった。以前自分が考えたことを今アルヴァトトから貰った言葉で否定して、疑念を払う必要がある。時間を置けば、戻れるはずだから。
「わかっていない」
「え……?」
「ユーリーン。後から説明するので、今は出ていろ。……これを傷つけるつもりはないので、安心してくれていい」
アルヴァトトは、そう言ってベッドに腰かける。ユーリーンが出ていくのを、私は呆然と見届けるしかない。置いて行かれたことにも、目の前に私が疑ってしまった、私の味方が居るのに耐えられなくて視線を落とす。頭の中を占めるのは「どうしよう」という言葉だけだ。どうしようもないと言うのに、打開策も言い訳も考えられないのに、助けを求めるように「どうしよう」が巡回する。
「アルヴェニーナ」
ベッドに置かれた手が持ち上がり、頭に軽く重しが乗った。温かいそれは、アルヴァトトの手だ。
「……私の母は、神子だったんだ」
「え……」
「気丈な人だったが、過剰な期待を掛けられ、いつも辛そうにしていた」
きっと、アルヴァトトはこんな話したくなかったのだと思う。
話し慣れていないようにたどたどしく短い言葉は小さな声で紡がれる。
「母は、実際の自分から離れた特別な神子像の重圧に苦しんでいた」
手に、少しだけ力がこもった。顔を上げられない。きっと私も彼も、見られてはいけない顔をしている。
「きみにそうなってほしくない」
「っ……」
「きみは弱い。特別なものはない普通の神子だ。けれどそれに負けずに努力する人だ。私の助けになろうとしてくれているのもわかっている。だから、きみを知らない奴らの勝手な行動で潰したくない」
我慢は効かなかった。止めようと思っても涙があふれ出て来る。この人は、私のことを守ってくれている。知っているところでも知らないところでも、私のことを考えてくれている。
「ごめ、ごめんなさい。わたし、私がだめだから期待されないんだって、使えないから、本当はアルヴァトト様も、私のこと疎ましいんじゃないかって、思って」
声を発するべきじゃなかった。言葉と一緒に嗚咽が漏れる。必死で止めようと思っても、涙は次々零れ落ちる。これじゃあ本当に子どもじゃないか。
「昨日から……いや、少し前からか。様子がおかしいとわかっていながら放っておいた私も悪かったが、頼むからもう少し口に出してくれないか。悩み事があれば言ってくれ」
頭の上の手が少し動いて、撫でるように優しく触れた。声もひどく優しい。甘やかされる感覚。優しくされれば余計に涙腺が緩んで、シーツがどんどん濡れていく。
「ユーリーンはきみを庇った。私に言い辛ければ彼女に相談しろ。私もできるかぎり、きみのことをみている。聞くから、できれば私にも話してくれ」
「はい……」
「……また、しているな。自分を傷つけるのはやめろと言ってるだろう」
左手を握りこんでいた右手を取られる。前にも気づかれていた。涙を痛みで止めようとする私の手をアルヴァトトは止めさせるように取った。
態勢が崩れてアルヴァトトに少し寄りかかるような姿勢になる。私が緊張していたからだろうか、彼の方が少し温かい気がした。
「あと、あまり謝らなくていい。青の神子とは対等に話しているだろう。もう少し普通に話してくれ」
「…………はい」
次に言われたのは、多分以前呟いていたことだった。あの独り言。私が勝手に解釈したそれは、ルリと比べての感想だったらしい。ルリと比べてアルヴァトトは「普通に」と言っていたのだ。同じ立場のルリと比べると牧師という面倒を見てくれている立場のアルヴァトトに申し訳なさを感じるのは私としては仕方ないのだけれど、彼が、直接私に言ってくれたのだから、変えなければならないのだろう。
「あとは、そうだな。できれば神に頼る前に私に頼ってくれないか。何かあったら赤の神に助けてもらうなどと言われたら、さすがに牧師の形が無い」
「う……アルヴァトト様、なんか、私への苦情になってませんか……?」
思い出すようにしながら要望を言われている気がして、見上げればアルヴァトトは軽く私の頭を撫でた。口元が少し笑っている気がして、その通りだと気付く。固そうに見えて冗談も言うし、場を和ませようとしてくれるとは、スペックが高い。
唇を尖らせて失礼に当たらない文句を考えながら、子どもの体ということもあるだろう。昨日寝不足だったことも、今泣いてしまったこともあるだろう故、私はそのまま眠ってしまった。
目を覚ましたのは明け方になる。すっきりと目覚めた私はベッドにちゃんと横たわっていた。多分アルヴァトトが寝かせてくれたのだと思う。
「う、うああああ……」
眠ってすっきりした頭で思い出すのは眠る前の行動だ。泥酔していたわけではないので普通に覚えている。死にたい。
「……どうしよう」
また泣きそうな気分になりながら、解決策のないどうしようを零す。登り始めた日の光がカーテン越しに入ってくる。昨日。昨日昨日昨日。
自分の行動とアルヴァトトの手の温かさと笑顔を思い出して、枕に顔を埋めた。
どうしよう。
昨日までとは別の理由で、これからどうやってアルヴァトトと話せばいいのかわからなくなってしまった。