インタールード(サイド佐々木)
七星たちの収録の後、佐々木小次郎の闘いは始まる。
相手はトンコツ世界の神と呼ばれる男、その名もそのままに、豚神正。
しかし、それでも俺は負けられない。
きっとこの先で、再会を誓った男が待っている。
ならば、自分がここで立ち止まるわけにはいかないだろう。
自分の手持ちは僅かに『醤油』『煮干し』『削り節』のみ。
己の武器としては、心もとない戦力だ。
なぜ、このようなことになってしまったのか?
それは時を三日前までさかのぼる。
お題は七星たちと同じく『食材縛り』。
このテーマが発表された時、佐々木小次郎はわずかに動揺するも、すぐに思い直す。
自分の武器は『魚介』、これ一択。
相手もまた『トンコツ』、これ一本で攻めてくるだろう。
結局、テーマがどうあれ、二人の闘いはここに帰結する。
しかし、ことが起こったのはここからだった。
豚神正という男は自分が使う食材、『豚ガラ』『醤油』『ニンニク』『チャーシュー』を除き、他の全てをバサバサと外していく。
絶句する会場。
駆け引きも何もなく、ただひたすらに己の道を進むのみ。
確かに、それは戦略としては有効だ。ありふれてすらいる。
しかし、その度合いだけが半端ない。トータル320ポイント。
逆算して考えると、自分も『醤油』を選べば、あとの残りは60ポイント。
選択の余地なく自分は『煮干し』と『削り節』を選ぶ。
こうして、食材選びが終了した。
それからの準備期間。これが地獄だった。
手の打ちようもなく、時間だけがただ過ぎるのみ。
結局、俺は三日間、一睡もすることができなかった。
そして、今に至る。
豚神、彼の出したラーメンは、わき目も振らず期間中ずっと煮込み続けたであろう濃厚トンコツスープ、これにチャーシューを煮込んで作った特製の辛口醤油ダレを加えたもの。
トッピングはど迫力。山盛りに盛ったモヤシとキャベツ。そして、肉厚の煮豚。薬味として、刻んだニンニクをたっぷりと添える。
豚の旨みをこれでもかと溶かし込んだ究極のトンコツ醤油ラーメンだった。
対して、自分のラーメンは『煮干し』と『かつお節』をどこまでもシンプルに、まっすぐ活かした具無しの素ラーメン。
まともなトッピングが全く使えないというのなら、いっそ全てを排して、素ラーメンで勝負すべきだと俺は考えた。
だが、それは全くもって、甘い考えだった。
圧倒的にボリュームが、満足感が足らない。豚神正、彼の創るラーメンに太刀打ちするには、俺のラーメンは線が細すぎた。
170対220。
結局、俺は圧倒的大差で豚神に敗れた。
………
……
…
「あなた、お疲れさま」
妻、美和子の心づかいが今は苦しい。
「七星さんの所には私から報告しておくわ」
そっけなく、何でもないかのようにサラリと言葉を連ねる。
「いや、俺が行く……」
「でも、次に会う時は『高みにて』なんでしょう?」
美和子はどこか男勝りなところがあるが、こういう時、彼女は決定的に優しい。
男はこういう時、優しくされると弱くなってしまうものだ。あと、惚れてしまう。
でも、辛い時だからこそ、男は鞭をこそ必要とする。
「それでも、あれは俺の方から持ちかけた約束だ。その結果は、やはり俺の口から言うべきだと思う」
それが辛いことは分かっている。不器用なことも。
別にわざわざ言わなくても、じき伝わることも。
それでも、彼への第一報は、自分の口で行うべきだ。
――――――
俺は自分に与えられた控え室を経由することなく、まっすぐ彼の下へ訪れる。
座っては立てなくなる。鈍った決心はなまくらの刃だ。使い物ならない。
躊躇なく、ノックをして中に入る。
そこにあったのは彼の笑顔。
塩道は強敵であっただろうに、それでも彼は勝ったのだ。
前回会った時の彼はどこか自信なさげなところがあった。
しかし、今の彼は真っ直ぐに立っている。心の真ん中に芯があるように見えた。
わずか三日で、男という種族は強くなるものだ。いや、それとも俺が弱くなったのか。
「やあ、七星クン……」
いつものように気軽に声をかけようとして、俺は失敗した。
言葉と顔が全く合っていない。
「一回戦突破おめでとう」
すぐ、美和子がフォローをくれた。
ありがたいことだ。
だが、その僅かなやり取りだけで、彼は全てを察したらしい。
「そうか……」
とだけ、短く返した。
さて、どうやって話を切り出したものだろうか。
俺は自分でやると決めて、肝心のそこを全く考えていなかった。
「すまない……」
だから、素直な気持ちだけをまずは口にする。
「そうか……」
慰めはなかった。
勝者が敗者にかけるべき言葉など何もない。
だが、そう在ることが今は最大の優しさだ。
どこまでいっても、この男は心の中に『あまい』部分がある。
正直、俺としては、いっそ激しく罵ってもらった方が楽だった。
「すまない……約束は果たせなかった」
その約束は俺の方から一方的にした『押し付け』のようなものだった。
別に契約を交わしたわけではない。
それでも俺にはどんな重要案件よりも大切なものだった。
「すまない……決勝へは、俺はいけない」
本当はこんなこと言いたくない。
この男には「よう、お前も勝ったみたいだな。次こそ決着をつけよう」とキザなやりとりをしたかった。
それでも、俺はこう言わねばならない。
俺は――
「すまない……俺は、佐々木小次郎は、負けた」
前回は七星視点、今回は佐々木視点でした。場面とセリフを同じにして二人の心情を対比させようとしたのですが、難しいですね。
それと、気になるであろうことがもう一点。
濃厚トンコツ醤油スープでモヤシとキャベツ、肉厚の豚と刻みニンニク。
おいおい、それってどこのジ〇ウだよ。いやいや、彼は豚神です。〇郎とは一言も言っておりません。
でも、初期設定では、彼の名前『豚神次郎(二郎はさすがに自重した)』でした。ギャー、ごめんなさい!




