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イケメンよりもラーメンがモテる素晴らしき世界  作者: 一之太刀
三杯目  塩ラーメン  玄人向けの逸品
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芽生えた想い

「いろいろと恥ずかしいところを見せたわね……」


 赤くなった瞳の名残りを見せつつ、美雪が立ち上がる。

 二人してそっぽを見せるその姿は本当に恥ずかしそうだ。

 こういうところは親子そっくり。本当に可愛い。


「さて、な? 俺は見なかったことにする。

 ただ、カメラも回っていなけりゃいいけどな?」


「「んなぁっ――!?」」


 またしても真っ赤になる二人。


「いや、なに、問題のある箇所はカットしてもらえばいい。テレビにまでは流れないさ……(たぶん……)」


 後半部分の括弧は、『東方テレビならやりかねない!』という長年の実績から示された恐れにも似た予感だ。


 事実、予選で見せた志織の暴食っぷりは、本人が断固映像の使用を認めなかったが、局より志織の事務所の方へ(黄金色の饅頭を積むなど)熱心な交渉がなされ、放送の許可が出されている。


 それを知った志織は「ギャアアァァァアアアーー!? もうオラ、外歩けねえーーッッ!!! 実家帰れねぇぇぇ!!!」と、マサシ、七星を散々に搾り上げた後、賄い10食分を請求。怪獣のように七星宅で暴れ食った。


「……ええ、そうね。カメラの方は絶対、チェックするわ」


 もし、愚図るようなら、私の拳で直接、記録を消去する。ものすごい物騒な決意とともに美雪は呟く。


「お、おう。ほどほどにな……」

 

 雪解けしたはずの会場の空気が、またしても凍り付いた気がした。


 ………

 ……

 …


 ともあれ、いつまでもこうしているわけにもいかない。

 これ以上、恥ずかしい姿を見せる前にサッサと退場しなくては。


 ただ、その前に――


「一つだけ聞かせて? 何であなたはこんな私をよくしてくれたの?」


 雪那もずいぶん世話になったみたいだし……と私は尋ねる。

 彼と自分は、全くの他人。今まで話したことなどなかったはずだ。


 何か勝つためにミスリードを企むならとにかく、試合が終わった後もこうして自分たちに親切してくれる理由など、どこにも見当たらない。


「うん、まあ、その、あれだな……」


 口ごもりながら、そっぽを向いて彼は呟く。


「昔、キミが好きだった男の一人として、辛そうなあなたを見ているのは、ちょっとな……」


 な、な、な、何ということを言うのか!? この男は!?


「え、な、ちょ――ちょっと何よ!?」


「――ちょっと笑っているキミの顔を見ていたいかなっと……」


――ッッッ!!!?


 こ、今度こそ私は真っ赤だ。ゆでだこよりも赤く熱くなるのを感じる。


 ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクンッ!!?


 夫がいなくなってから、ずっと音を立てていなかった心臓が、あの時と同じリズムで動きだす。


「あ、あなた――もしかして、私が……」


「い、いや、違うッッ!!? ラーメンの話だ!!!」


 でも、今さらそんなことを言ってももう遅い。私の心は動きだしてしまったのだ。


「男なら言い訳しないで!! ハッキリ言って!!!」


「あ、だから、その、あれだからな……」


 ああ、私は今、心の中のドキドキが止まらない。

 あの日の頃みたいに若返ったみたい。


 もっと、この人を慌てさせてみたい。

 いろんな顔を見てみたい。


「そ、そう! アレだ! 客としてのクレームだ!!」


「私の塩ラーメンにケチをつけるの!?」


 それは許さないわよと彼を睨みつける。

 でも、私の口元は笑っていた。

 もっと困る顔も見てみたい。


「いや、その……そうじゃなくて、アレだよ。男としては、その……」


「男としては?」


 好きと言わせてみたい。


「女の子の涙の味がする塩ラーメンは、ちょっと辛すぎるかなって」


「………………」


 それは想像の斜め上を行く殺し文句だよ。


「もう、かっこつけたこと言わないでよ!! かっこいいじゃない、バカッッッ!!!」


「んなあ~~~!?」


 真っ赤になった彼が可愛い。

 この年で、私は二度目の恋に落ちたことを感じた。


 ………

 ……

 …


 やっちまった。超やっちまった。

 東方テレビで、これはもう……俺の人生、オワコンだろ、オイ( ゜Д゜)つ!?


 舞台袖の南条さんに顔を向けると、


『いいぞ! もっとやれっっ!!!』


 両手の手のひらをクイッと、上にあげられた。

 そして、隣のカメラマンに何かを直接吹き込む。


 ニヤニヤしながら近寄って来るカメラマン。

 いや、カメラを構えているので表情は分からないのだが、デバガメ根性丸出しで、レンズの向こうに笑っている顔が目に浮かぶ。


「いや、もうサッサと退場しますよ」


『そんなこと言うなよ!』『結婚を前提に?』『まずはお友達から!!』


 メッセージボードを掲げて、AD軍団が悪乗りしだす。


「もう、収録のスケジュールは決まっているでしょ! テープもなくなるし、もう行くよ!!!」


『今時、デジタルの時代にテープとか(笑)』『俺のテープは108式まであるぜ!?』『時間など、とうの昔に過ぎている!! お前のせいでな!』


「うぉい!? お前ら、もう止めろ! 俺、帰る!!」


『ノリが悪かったな』『チェックメイト!?』『ミストファイナー!!!』


 それにしてもこのAD、ノリノリである。それと最後、意味が分からん。


「あ~いいですから、もうサッサと退場した方がいいですよ?」


 親切な司会の方が教えてくれた。おお、お前、いい奴だな。


「ああ、でも、最後に塩道選手に一言お願いしますね」


 って、ふ・ざ・け・ん・な!!! やっぱ、お前、やな奴だな!?


 とはいえ、仕方がない。早く逃げるためだ。俺は塩道さんの方に向き直る。


 なんかまた真っ赤になった。だから、それ、もういいちゅうねん!?


「その、今日はありがとうございました」


「ええ、それはこちらこそ。ありがとう」


 真面目くさって挨拶を交わす。


「これからは一からやり直しになるけど……もう一度頑張るわ!!」


 彼女は言葉の間に一瞬だけ雪那ちゃんを見つめた。そして、立ち去る。


『一人じゃないから』


 言葉の間にそう聞こえた気がした。


「一からなんてことないですよ~ッ!!!」


 ふと気になったので、これだけはと、声をかけて教えてあげる。

 『どういうことか?』と僅かに振り向くが、それはすぐに分かることだ。


「うぉぉぉいっ!! お前のラーメン、今度食いに行くからなぁぁぁ~」


 観客の一人が吠える。


――パチパチパチパチッッッ!!!!


 会場をぶち抜く万雷の拍手。あなたを支える者はこんなに多くいる。


 だったら、『一から』ではなくて『続きから』だろう。


 今日この日。与えられた最大の歓声は、勝者たる自分ではなく、美雪と雪那の二人に対して、贈られたものだった。


――――――


 こうして、闘いは終わり、七星はこれから次のステージに臨む。


「やあ、七星クン……」


 自分の会場控え室で出会った佐々木は、いつもの若武者を思わせる姿ではなく、幽鬼のような立ち姿だった。

 彼を支える、妻、美和子さんもどこか寂しげに笑う。


「一回戦突破おめでとう」


 この一言で何が起こったか分かってしまった。


「そうか……」


 『お前は?』とは聞かない。

 男の抱えた傷をえぐることを、自分は決して望まない。


 それでも彼は前を向くことを止めなかった。

 武士たる彼の心が、俺から逃げることを許さない。


「すまない……」


「そうか……」


 何がこの男を打ちのめしたのか。

 佐々木の姿はくたびれて、既にボロボロだった。


「すまない……約束は果たせなかった」


 もう、言うな。分かっている。


 この男は、最も自分を傷つける言葉を己に向ける。

 この期に及んで、まだ己と向き合い続ける。


「すまない……決勝へは、俺はいけない」


 悄然と、それでも真っ直ぐと俺を見つめる。

 こいつはそういう奴なのだ。

 どんなに辛くても前を行くことしかできない。


 こいつは最後まで真っ向からの勝負を続けた。

 前を向き、目を逸らさず、己の刃で、全力で戦い――


「すまない……俺は、佐々木小次郎は、負けた」


 このサムライは負けたのだ。

※華がない七星は、美雪と雪那の後で、一人静かに、しれっと去りました。

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