芽生えた想い
「いろいろと恥ずかしいところを見せたわね……」
赤くなった瞳の名残りを見せつつ、美雪が立ち上がる。
二人してそっぽを見せるその姿は本当に恥ずかしそうだ。
こういうところは親子そっくり。本当に可愛い。
「さて、な? 俺は見なかったことにする。
ただ、カメラも回っていなけりゃいいけどな?」
「「んなぁっ――!?」」
またしても真っ赤になる二人。
「いや、なに、問題のある箇所はカットしてもらえばいい。テレビにまでは流れないさ……(たぶん……)」
後半部分の括弧は、『東方テレビならやりかねない!』という長年の実績から示された恐れにも似た予感だ。
事実、予選で見せた志織の暴食っぷりは、本人が断固映像の使用を認めなかったが、局より志織の事務所の方へ(黄金色の饅頭を積むなど)熱心な交渉がなされ、放送の許可が出されている。
それを知った志織は「ギャアアァァァアアアーー!? もうオラ、外歩けねえーーッッ!!! 実家帰れねぇぇぇ!!!」と、マサシ、七星を散々に搾り上げた後、賄い10食分を請求。怪獣のように七星宅で暴れ食った。
「……ええ、そうね。カメラの方は絶対、チェックするわ」
もし、愚図るようなら、私の拳で直接、記録を消去する。ものすごい物騒な決意とともに美雪は呟く。
「お、おう。ほどほどにな……」
雪解けしたはずの会場の空気が、またしても凍り付いた気がした。
………
……
…
ともあれ、いつまでもこうしているわけにもいかない。
これ以上、恥ずかしい姿を見せる前にサッサと退場しなくては。
ただ、その前に――
「一つだけ聞かせて? 何であなたはこんな私をよくしてくれたの?」
雪那もずいぶん世話になったみたいだし……と私は尋ねる。
彼と自分は、全くの他人。今まで話したことなどなかったはずだ。
何か勝つためにミスリードを企むならとにかく、試合が終わった後もこうして自分たちに親切してくれる理由など、どこにも見当たらない。
「うん、まあ、その、あれだな……」
口ごもりながら、そっぽを向いて彼は呟く。
「昔、キミが好きだった男の一人として、辛そうなあなたを見ているのは、ちょっとな……」
な、な、な、何ということを言うのか!? この男は!?
「え、な、ちょ――ちょっと何よ!?」
「――ちょっと笑っているキミの顔を見ていたいかなっと……」
――ッッッ!!!?
こ、今度こそ私は真っ赤だ。ゆでだこよりも赤く熱くなるのを感じる。
ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクンッ!!?
夫がいなくなってから、ずっと音を立てていなかった心臓が、あの時と同じリズムで動きだす。
「あ、あなた――もしかして、私が……」
「い、いや、違うッッ!!? ラーメンの話だ!!!」
でも、今さらそんなことを言ってももう遅い。私の心は動きだしてしまったのだ。
「男なら言い訳しないで!! ハッキリ言って!!!」
「あ、だから、その、あれだからな……」
ああ、私は今、心の中のドキドキが止まらない。
あの日の頃みたいに若返ったみたい。
もっと、この人を慌てさせてみたい。
いろんな顔を見てみたい。
「そ、そう! アレだ! 客としてのクレームだ!!」
「私の塩ラーメンにケチをつけるの!?」
それは許さないわよと彼を睨みつける。
でも、私の口元は笑っていた。
もっと困る顔も見てみたい。
「いや、その……そうじゃなくて、アレだよ。男としては、その……」
「男としては?」
好きと言わせてみたい。
「女の子の涙の味がする塩ラーメンは、ちょっと辛すぎるかなって」
「………………」
それは想像の斜め上を行く殺し文句だよ。
「もう、かっこつけたこと言わないでよ!! かっこいいじゃない、バカッッッ!!!」
「んなあ~~~!?」
真っ赤になった彼が可愛い。
この年で、私は二度目の恋に落ちたことを感じた。
………
……
…
やっちまった。超やっちまった。
東方テレビで、これはもう……俺の人生、オワコンだろ、オイ( ゜Д゜)つ!?
舞台袖の南条さんに顔を向けると、
『いいぞ! もっとやれっっ!!!』
両手の手のひらをクイッと、上にあげられた。
そして、隣のカメラマンに何かを直接吹き込む。
ニヤニヤしながら近寄って来るカメラマン。
いや、カメラを構えているので表情は分からないのだが、デバガメ根性丸出しで、レンズの向こうに笑っている顔が目に浮かぶ。
「いや、もうサッサと退場しますよ」
『そんなこと言うなよ!』『結婚を前提に?』『まずはお友達から!!』
メッセージボードを掲げて、AD軍団が悪乗りしだす。
「もう、収録のスケジュールは決まっているでしょ! テープもなくなるし、もう行くよ!!!」
『今時、デジタルの時代にテープとか(笑)』『俺のテープは108式まであるぜ!?』『時間など、とうの昔に過ぎている!! お前のせいでな!』
「うぉい!? お前ら、もう止めろ! 俺、帰る!!」
『ノリが悪かったな』『チェックメイト!?』『ミストファイナー!!!』
それにしてもこのAD、ノリノリである。それと最後、意味が分からん。
「あ~いいですから、もうサッサと退場した方がいいですよ?」
親切な司会の方が教えてくれた。おお、お前、いい奴だな。
「ああ、でも、最後に塩道選手に一言お願いしますね」
って、ふ・ざ・け・ん・な!!! やっぱ、お前、やな奴だな!?
とはいえ、仕方がない。早く逃げるためだ。俺は塩道さんの方に向き直る。
なんかまた真っ赤になった。だから、それ、もういいちゅうねん!?
「その、今日はありがとうございました」
「ええ、それはこちらこそ。ありがとう」
真面目くさって挨拶を交わす。
「これからは一からやり直しになるけど……もう一度頑張るわ!!」
彼女は言葉の間に一瞬だけ雪那ちゃんを見つめた。そして、立ち去る。
『一人じゃないから』
言葉の間にそう聞こえた気がした。
「一からなんてことないですよ~ッ!!!」
ふと気になったので、これだけはと、声をかけて教えてあげる。
『どういうことか?』と僅かに振り向くが、それはすぐに分かることだ。
「うぉぉぉいっ!! お前のラーメン、今度食いに行くからなぁぁぁ~」
観客の一人が吠える。
――パチパチパチパチッッッ!!!!
会場をぶち抜く万雷の拍手。あなたを支える者はこんなに多くいる。
だったら、『一から』ではなくて『続きから』だろう。
今日この日。与えられた最大の歓声は、勝者たる自分ではなく、美雪と雪那の二人に対して、贈られたものだった。
――――――
こうして、闘いは終わり、七星はこれから次のステージに臨む。
「やあ、七星クン……」
自分の会場控え室で出会った佐々木は、いつもの若武者を思わせる姿ではなく、幽鬼のような立ち姿だった。
彼を支える、妻、美和子さんもどこか寂しげに笑う。
「一回戦突破おめでとう」
この一言で何が起こったか分かってしまった。
「そうか……」
『お前は?』とは聞かない。
男の抱えた傷をえぐることを、自分は決して望まない。
それでも彼は前を向くことを止めなかった。
武士たる彼の心が、俺から逃げることを許さない。
「すまない……」
「そうか……」
何がこの男を打ちのめしたのか。
佐々木の姿はくたびれて、既にボロボロだった。
「すまない……約束は果たせなかった」
もう、言うな。分かっている。
この男は、最も自分を傷つける言葉を己に向ける。
この期に及んで、まだ己と向き合い続ける。
「すまない……決勝へは、俺はいけない」
悄然と、それでも真っ直ぐと俺を見つめる。
こいつはそういう奴なのだ。
どんなに辛くても前を行くことしかできない。
こいつは最後まで真っ向からの勝負を続けた。
前を向き、目を逸らさず、己の刃で、全力で戦い――
「すまない……俺は、佐々木小次郎は、負けた」
このサムライは負けたのだ。
※華がない七星は、美雪と雪那の後で、一人静かに、しれっと去りました。




