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イケメンよりもラーメンがモテる素晴らしき世界  作者: 一之太刀
三杯目  塩ラーメン  玄人向けの逸品
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結末

「皆さま、それでは七星選手の得点を掲げてください!」


 札に手を伸ばし、その手が固まる。

 自分の一票が、勝者と敗者を分かつ。

 本当に、それでいいのだろうか?


 こんなにも素晴らしいラーメンを創ってくれた二人の、そのどちらか片方しか上には上がれない。

 そんな残酷なことがあっていいのだろうか?


 審査員たちは事前にある二つのことを言われていた。それは、


『二人とも同じ点数をつけないようにしてください』

『最高得点50点の乱発は控えてください』


 の二点だ。

 前者については分かりやすい。皆、同点にして決着つかずでは勝者と敗者を分かつコロシアムが成立しなくなってしまうからだ。それでは審査員としての意味がない。

 後者に関しても番組の都合によるところが大きい。多くの視聴者を惹きつけるためには、試合も番組も後半になるにつれ徐々にレベルが高まり、クライマックスに向け盛り上げていかねばならない。なのに、一回戦から満点続出というのでは、ラストのオチに困るのだ。


 などとは言っても、それは現場を知らない企画者の都合。

 審査員たちは札を掴もうと手を伸ばすも、掴むこと叶わず迷走していた。


「どうぞお願いします!!!」


 どちらがウマかった。

 どちらが自分をおどかせた。

 どちらがよりテーマに沿っていた。

 どちらが――


 私が好きなのは――


 札を掲げる。


「40点」「50点」「40点」「50点」「50点」


「「――――ッッッ!!!?」」


 この時より、世界は変わる。


「総合計230点ッッッ!!? こ、この勝負、七星選手の勝利だぁぁぁぁ~~!!!」


 塩の女王の時代、アイスエイジに終わりを告げる。

 そして、凍てついた扉は開かれ、新たな世代が羽ばたく。


「…………」


 この時、七星に感情はなかった。

 溢れ出る思いが超過して、心のセンサーが壊れていた。

 

 ただ、衝撃にも似た心境。名前を与えるなら、それは『喜び』だと思う。


 その時、カチャリと七星の胸の中で音がした。


 足りない才能、認められない思い、挫折に悩まされた日々。

 七星を戒める何かが音たてて砕ける。


『――いいんだよ』


 どこかの誰か、言うなれば、世界から、自分は認められた気がした。

 それは母のような、世界を見守る女神のような、不思議な何かから、自分は認められた気がした。


「ありがとう」


 これからは、僕も前を向いて歩くよ。


………

……


「それでは皆様、講評をお願いします」


 司会の言葉に合わせて、三嶋が口を開く。


「同じテーマで、同じ塩ラーメンでの対決でした。しかし、繊細巧緻と驚天動地。出てきたラーメンは全くの正反対。結果、審査員にあるまじきことですが、私はこの二つの優劣をつけることができませんでした」


「では、それ故の40点であると?」

「……はい。もし叶うのなら、今からでも二人につけた40点の札を50点に変えてもらえないでしょうか?」


 それはできない。だが、気持ちは伝わった。


 そして、その事実が示すこと。

 審査員、味の判定人としての完全敗北。


「料理評論家として、私は今日からもう一度鍛えなおしていこうと思います」


 三島仁志は、最後にそう締めた。



「では、四宮さん。いかがでしょうか?」


「双方、とても美味しいラーメンで、私にも味の優劣はつけられなかった。あったのは、方向性の違い……」


「と、いいますと?」

「『食材縛り』というテーマに対して、塩道さんはスープの食材に生魚、貝類を使用することで『縛り』の網の目を潜り抜けてきた。

 しかし、七星クンは、漬物の汁をタレに、既に味のついたスモークチキンをスープのダシとして利用してきた。そのあり方は、ルールはもとより、常識、固定観念というルール外の『縛り』すらも超えてきていたと思う」


「その一点を評価したい。より『食材縛り』というテーマに対して、フレキシブルに向き合った彼を、私は『50点』とする!」


「…………」


 会場が、客席が、思わず沈黙する。

 自分の目の前では、それほどまでにハイレベルな攻防が繰り広げられていたのかと。



「では、五輪佐知子さん、お願いします」


「はい、このラーメンは、私にも衝撃でした。塩ラーメンと言えば、さっぱり、あっさり。どこか繊細なものであるという固定観念が私にはありました。しかし、これはその真逆をいくコッテリ、ハードな味。

 正直、今日、私の世界は広がった。そのように感じます」


「では、もう一つ。両者とも、『40点』である理由は?」

「はい、私には塩ラーメンと言えば、やっぱり塩道さんの塩ラーメンが本道でないかと思うんですよね。たぶん、塩ラーメンを求めにきたお客さんは塩道さんのラーメンが食べたいと思ってくるはずです。

 一方、七星さんの塩ラーメンはかなり異端です。しかし、今までにない味です。新しいものを求める方は、こちらを選択するのではないかと思います」


「この両者の人間は、どちらも無視できないものだと私は思います。

 古いと言っては言い方が悪いですが、昔ながらのお客さんと、食べたことがない新しい何かを求める若いお客さん。これは双方、共に尊重されるべきものです」


「ですから、私は二人に優劣をつけません!

 それが、今回私がこのラーメンを食べて感じた、私のとるべきスタンスです!」


 含蓄のある言葉だと思う。彼女は両者ともに違いはあれど、二人に差はないのだと、そう言っているのだ。



「では、双方ともに満点をつけた二枝彼方さん。お願いします」

「はい、これは失敗でしたね……」


 そう二枝は語る。彼女は、塩道のラーメンを食べた段階で50点の札を使っていた。

 つまり、その後のラーメンがどんなものでも、それ以上の点数をつけることができない。そういうことだろうか?


「――と、いいますと?」

「ええ、60点、70点……100点くらいまで札があればよかったのですけど」


「その札があったら、あなたはどうされていましたか?」

「もちろん、両方に100点をつけます!!!」


 それでは決着がつかないではないか? 意味がない。

 と、そう、会場は笑う。


「ありがとうございます。それが今のあなたの気持ちなのですね。では、もう一つ。二人のラーメンを食べて、どう思いましたか?」

「塩ラーメンでは、バランスが大事。これはラーメン業界の常識として、もう長いこと語り継がれています。しかし、両者のバランスに対する考え方がまるで違うように思いました」

「バランスの違いですか?」


「ええ、二人のラーメンのバランスを一言で言うなら、塩道さんのラーメンは『完璧なレベルでバランスが取れている』です。全ての工程が繊細で、具材一つにも微に入り細を穿つ。それは『塩の雪女』たる彼女でしか成し得ない仕事です」


 こればかりは年季の差、経験値の違いだよなと二枝は語る。


「そして、七星さん。彼のラーメンもまたバランスはとれています。しかし、彼の場合は『ひどいレベルでバランスが取れている』です」


「……ひどいレベル。これはまたあんまりな言葉ですね」

「いえ、ラーメンにおいては褒め言葉です。何かに抜き出ていなければ、ラーメンという業界では生き残れません。それだけ、彼のラーメンは『超越』していました。ある意味、バランスを無視して、いろんなものがそれぞれ飛びぬけちゃっています」


 しかし、それが逆に器の中で、均衡をもたらしているのだと、二枝は語る。


「好き勝手に主張した故に、一つにまとまるですか? 矛盾していますね」

「ええ、しかし、『超越』と『調和』。ラーメンにはその矛盾が必要なんです!!!」


 粗削りのように飛びぬけていながら、一品としては完成していなければいけない。

 ラーメンを創る者は、皆、その矛盾を抱えながら生きていかねばならない。



 そして、最後がこの男。審査委員長、芹澤拓真。


「今回、見ている方はこう感じたと思います。『バランスと技の繊細さ』なら塩道。『アイデアと味の意外性』なら七星。違いますか?」

「……はい。私もそう感じましたが?」


「ですが、七星選手もバランスを無視したわけではないのです。むしろ、塩道さん以上に気をつかっているとも言えます」

「――――!!?」


 芹澤の意外な一言。会場が彼の次の一言に注目する。


「彼のラーメンで飛びぬけていたのは、強烈なスモークチキンと漬物の組合せ。具材として、両者は、通常、ラーメンの中で相容れません。しかし、彼は、それぞれの食材をスープやタレにも使用することで、一つの作品として調和を図りました」


「また、それだけではなく、彼は濃厚な自分のラーメンを飽きさせなく最後まで食べられるように、あるものを入れております」

「あるもの、ですか?」


 それは柚子。最後の最後、彼のラーメンを決定づけたもの。


「彼は柚子の皮を細かく刻んで、器の底に沈めていました。これにより、クドくなる後半に新たな清涼感を与え、あの濃厚なスープを一息に飲み干せるようにしていたのです。

 それに彼がタレに使った漬物の汁。これにも柚子が入っております。それが、また彼のラーメンに柚子との親和性を与えています!」


 正確には、タレに使ったのは、柚子ではなく『柚子大根』の漬け汁だ。柚子そのものを入れては、香味油の強い香りと喧嘩してしまう。

 しかし、ラーメンとしてのまとまりは与えたい。だから、彼はこれを入れた。柚子大根の漬け汁ならば、香りにも角が取れていて、味に丸みがある。だからこそ、全体をスッキリさせつつも調和するだろうと七星は考えたのだ。


「これらの味に対するバランス感覚では、両者とも互角であると私は判断します!」


 では、勝負を分けたのは何か?


「それは『香り』です。

 塩道選手のラーメン。『スノースタイル』というレンゲを用いず、直接どんぶりに口をつけて、すするという食べ方では、その都合、スープ表面に油を浮かすことができません」


 スープ表面に油が浮いていては、どんぶりからすすった時に、最初、油だけを飲むことになってしまう。

 それを避けるため、彼女は香味油をキャンセルする必要があった。


「その点、七星選手は見事でした。スープにダシに使用したスモークチキンの燻製された香りだけでなく、各種スパイスを炒め、焦がして作った香りは強烈の一言です!」


 それこそが味に甲乙付け難い二人のラーメンの最大の違い。香り。

 

 塩ラーメンの難しさの理由の一つが、その『香り』というファクターだ。味噌や醤油と違い、塩だけは自分の匂いを持たない。

 だから、塩ラーメンでは、どこからか香りを持ってこなければならない。


 それこそが美雪の犯した唯一の、ミスとも呼べないような小さな小さな傷だった。


 彼女は『食材縛り』の食材が決まった時、七星には使えない『塩』という道具を使ってリードする戦略を立てた。それは正しい。

 だが、その瞬間、彼女は、その考えに『縛られた』のだ。


 塩ラーメンで、塩を有効に使ったが故に彼女はスノースタイルという美しいラーメンを創り――そして、それ故に負けた。


 何とも皮肉な結果だった。



 二人のラーメン職人の闘いは、ここに終わる。


「それでは、以上をもちまして230対210で、七星選手の勝利! トーナメント決勝戦進出になります!」


「七星選手、この闘いの結果、いかがだったでしょうか?」


 司会者が七星にマイクを向ける。

 こういった時、敗者である塩道を称えて、褒めるのが通例。


 しかし、この男は一言、


「ありがとう」


 それだけに終わった。


 しかし、司会もまた、それ以上のコメントを求めず、マイクを降ろす。

 彼の五文字には、万感の思いがあった。


 それに料理人が、自分の仕事を終え、最後、相手に言うべき一言など、


『ありがとうございました!』


 古今東西、どんな文化の人間も、感謝の言葉以外、何もない。

 長くなったな~。二章でも思ったけど、三章はそれ以上だよ。

 でも、まだ最終回ではありません。三章はもうちっと続くぞい。


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