完食『塩抜きの塩ラーメン』
すみません。昨日は書き溜めもなく、出かけていたので執筆もできませんでした。
そのラーメンは弾ける。
七星が最後に乗せたもの、それは高温に熱せられた油だ。それが、スープの水分と反発し、バチバチと音楽を奏でる。
さしずめ美雪のラーメンが高貴なクラシックなら、七星のそれはロックミュージック。それもバリバリにキメたハードロック。
「「「「「………………!!?」」」」」
審査員の魂を揺さぶる16ビート。いかな音楽家も奏でること叶わぬ香気を纏った音色。人の本能を剥き出しにして、鷲掴む。
「…………」
まだ、誰も声を出すことができない。
真に驚愕した時、人は悲鳴も出せない。ただ、凍り付くだけ。
そのラーメンは見た目もまた異質だった。
白濁に濁りきった鶏ガラスープ。具材はそのまま火を通しただけのスモークチキン。そして、きゅうり、セロリ、大根の漬物、さらには塩昆布。一品たりともラーメンの常識に収まるものはない。
「……何を考えているの?」
これは、塩ラーメンのドン、美雪の常識も超えていた。
そうだろう。そういうラーメンを七星は目指して創ったのだから。
白く濁ったスープ。匂いを嗅ぐまでもなく、見ただけで、あの白濁は鶏ガラをよく煮込んで幾重にもドロドロになるまで乳化させたスープだと分かる。
まず、それがあり得ない。あれほどの強いスープでは主張が強すぎて『塩』では味のバランスをまとめることができないのだ。
しかも、ダブルスープの片割れ、魚介の方のスープはあれほどまでに澄んだ黄金色をしていた。それを白濁で塗りつぶすなど、魚介に対する冒涜だ。
「なんで、なんで……なんで?」
「何故も何もない。ウマいからだッ!!!
逆に聞くが、ラーメンにそれ以外の理由が必要か?」
簡潔極まりない七星の信念。
彼にとって、スープの透明度など結果でしかない。ただ、美味さを求めたらそうなっただけ。特に、こだわりも、執着もない。
だから、彼には躊躇いがない。透明なスープを白いスープで汚すことへの。
「では、食べる前に一つ聞くが、何故、『おしんこ』をラーメンの器の中に入れた。これは別の小皿に別けて出すべきものだろう!!?」
審査委員長、芹澤が唾を吐きかけんばかりの勢いで問い詰める。
気持ちは分かる。そんなことをしては漬物がスープの熱で熱くなり、スープの方は漬物の塩分で穢れる。
「ええ、その点については『承知の上』です。それでも、あえて器に上に乗せるべきと判断しました。私は食べる前からあれこれと能書きを垂れることは致しません。
全ては召し上がって頂けば分かります」
審査員の剣幕もどこ吹く風。
淡々と語るべきを語る。
「せっかくのラーメンが伸びてしまっては、勿体ありません。評価や批判については食べた後、お願いします」
ならば、是非もない。食べた上で、散々にこけ落としてくれよう。
――ズゾゾ、ズビズビズビ……
皆、各自が思い思いに食べる。飲む。啜る。
七星が一人、ニヤリと笑う。
「…………」
文句などなかった。
口は語るためについているのではない。食べるためについている。
――ズゾゾ、ズゾゾ、ズゾゾゾゾ……
「え? あの、ちょっと皆さん!? これ、番組ですよ? カメラ回っていますよ? コメント、リアクション……誰が、何か一言お願いします!!!」
「…………」
名乗り出るものなど誰もいない。
ただ今、食べることに忙しい。
「――ッ!? く、あの!? 三嶋さん、こちらのラーメンいかがですか?」
めげずに、マイクを向ける司会。
それを、さも迷惑そうにゆっくり噛んで飲み込んでから、三島仁志はこう語る。
「――ウマイ。あり得ないことにウマい! ……ちょっとキミ、これでいいだろ? 後にしてくれ」
「あの、三嶋さん!? ウマいとは!? あり得ないとは具体的にどういうことですか?」
「…………」
もう何も喋らない。マイクを向けても、器ごと手で持って、顔を背けるのみ。
「――あの、こちらのラーメン。解説をお願いします」
涙目の司会に、若干同情する七星。
だが、何を隠そう、コイツがことの元凶だ。
仕方ないなあと、ちょうど審査員、三嶋が食べているのに合わせてコメントしていく。
「スープは、皆さんご存知の通り、鶏と魚介のダブルスープです。今回、ダブルにしたのは鶏を強火でガンガン煮込むためです。下手に強火で煮込んでは臭みが出てしまう魚介と分けて、しかし、鶏からは旨みを一滴残さず搾り取る必要がありました」
「なるほど、塩道選手とは違い、本来の目的でのダブルスープの使い方ですね」
「いえ、本質的な部分では同じです。素材によって、寸胴を分けるのは『素材ごとに適した火加減、煮込みの時間を与えるため』であるからです。その意味では何も違いません」
彼女の場合、貝類と魚のアラを分けていたのは、大きなマグロなどの魚の骨を煮込むにそれ相応の時間が必要だったからであり、そんな長時間、貝類を一緒に煮込んでは貝の持つ香りが飛んでいってしまうからだ。
また、塩水で砂抜きする必要がある貝類は、それそのものに結構な塩分を含む。それを長い時間煮込んではスープが煮詰まって、しょっぱくなってしまうという理由もある。
だからこそ、塩道美雪にとっても、このスープは理解を超えていた。
「七星さん? 私からも一つ聞きますが、あなたが使っている鶏のスープの鶏はスモークチキンですよね?」
ならば、当然、既に、そこには味付けがされており、煮込んで煮詰めては味が濃くなってしまう。
「もちろん、通常はNGです。店で営業することを前提に考えた場合、スープは営業時間中ずっと火にかけっぱなしなので、開店時と閉店時では、味に大きく違いが出てしまいます。つまり――」
「いえ、もう分かりましたッ!!!」
どうやら、これだけで理解したようだ。
今回は営業ではない。この時間、このタイミングでのみ美味ければいい。
「つまり、どういうことでしょうか?」
「ええ、これは『お店』では出せない、今回限りのウルトラCといういうやつです」
煽る司会、苦い表情の美雪、淡々と答える七星。
美雪は悔しかった。
自分がこのアイデアをやるかどうかは別として、自分には気づくことすらできなかったのだから。
「……果たして、この『食材縛り』対決。食材に縛られていたのはどちらかねぇ?」
「まだ、勝ったわけでもないのに、エラそうにしないでッ!!!」
「フフ……そうだったな……」
「――――ッ!!?」
「あ、あの……」
ひたすら食べまくる審査員をヨソに、火花を散らす二人。司会の人たちは実にやりづらそうだ。
「ええ、解説を続けましょうか? ……しかし、どうやら、彼らもそろそろ食べ終わるようです。審査員の方々から、感想をお聞きしては?」




