実食『鮮魚と貝の旨塩ラーメン ~スノースタイル~ 』
調理時間終了、5分前。ついに、両者のラーメンが揃う。
会場に立ち込める二人のラーメンの匂いで、観客は阿鼻叫喚。暴動も辞さない騒ぎっぷりだ。
先攻は、先にラーメンを完成させた塩道美雪。
対して、審査するは錚々たるメンツ。
料理評論家、三嶋仁志。
人間国宝、料理にも造詣が深い陶芸家、四宮京一郎。
テレビ番組『お母さんまで一緒』、元お母さん役、五輪佐知子。
今、もっとも味にうるさい音楽アーティスト、二枝彼方。
そして、今回審判も務める審査委員長、フードコンサルタントの芹澤拓真。
しかし、美雪は臆さない。
堂々と我が身が女王であるかのように、まっすぐ自分のラーメンを運び、提供する。
驚き、目を丸くする一同。
それは、あまりにも美しい。
「綺麗……」「……」「これ、ラーメン?」「……すごい」「澄んでいる」
器の周りを雪景色のように塩が覆う。
それはまるでソルティドックのグラスを彩る塩の縁取りのようだが、このような繊細巧緻極まる料理でそれをすると、これは料理という枠を超え、芸術品のような趣すらある。
陶芸家、四宮をして、「私の茶碗よりも美しい」と評させるそのラーメン。
麺は織物のように絡まり、スープは底が見えるのではないかというほど透明だ。
具材も錦上添花の一言。
スープ表面に細かく散らされたシソの葉と中心を彩る白髪ネギのコントラスト。
器の端には海苔、味玉、ツミレの三種。それは焼き海苔を背景に、夜空に登る満月を思わせる。そこに添えられた素揚げされたシソの葉はどこのパティシエの飴細工か。
そんな器の縁を塩の雪景色が覆う。
これが、塩道美雪の塩ラーメン『鮮魚と貝の旨塩ラーメン ~スノースタイル~ 』。
「レンゲを用いず、そのまま器に口をつけてお召し上がりください……」
美雪の一言に、審査員五名は金縛りから解けたように動き出す。
「……ウマい」
感動も過ぎれば、月並みな感想しか出てこない。
「あの、審査員の皆さん。解説をお願いします」
「いや、だから、これはウマいのだ!!!」
だが、このラーメン。やはり、ウマいと評するしかなかった。
何と言えばいいのだろうか? このラーメンは一言で言うなら、極まっているのだ。
塩とうま味のバランス、魚介と貝のうま味のバランス、具材とスープとのバランス。
全てが味の黄金比をいっている。
料理評論家、三嶋が評す。
「実に、奇抜で不思議なラーメンです」
「と、言うのは?」
「器のふちに塩を塗るというスタイルもそうですが、それによりこのラーメンは口の中で完成するのです」
「……口の中で完成!?」
これを専門用語で『口内調味』という。
実は、コレ、日本人が普段から行っていることでもあったりする。
その大きな例が『ご飯+おかず』という食べ方だ。
日本人は味のついていないご飯をおかずと共に口の中で合わせて食べる。それにより、口の中でおかずの塩気がちょうどいい塩梅になり、美味しく頂けるというものだ。
では美雪のラーメンの場合はどうか?
塩分濃度を控えめにしたスープとふちの塩を合わせて食べる。同じ理屈で口の中で美味しくいただける。
「実は、このラーメン。トータルの塩分量では、通常のラーメンの半分以下です!」
驚くべき発言。なぜなら、審査員たちは今、口の中でそれなりにきついほどの塩気を味わっているからだ。
「――ッ!?? 塩道選手、これはどういうことでしょうか?」
その理屈は簡単。
「私は、皆さんの舌に触れる部分にのみ、塩をしたのです」
人間は物を食べる時、舌で味を感じる。逆を言えば、『味』は舌でしか感じていない。
そして、ものを食べる時において、舌に触れていない部分というのは多くある。
「逆に舌で触れない部分には濃い味付けをしない。それによって、トータルの塩分量を減らすことに成功させております」
それにより、何が起こるか?
この女の狙いは、減塩による健康アピールなどというチャチな点数稼ぎではない。
あくまで味のため。美味さの高みへ研ぎ澄ませるため。
「吸い口はしっかりと味があるのに、あとの余韻には塩辛さを残さない……」
「はい、その通りです」
これにより、一口目のインパクトを持たせつつ、何口食べても飽きがこない、食べ手にとって、いつまでもすすり続けられるラーメンになっている。
「では、この丼ぶりのふちに塩をつけた『スノースタイル』というのは……」
「はい。見た目の奇抜さを意識しただけのこけおどしではありません。これを行ったのはあくまで味のため。『不均一性』を利用して、いつまでもラーメンを美味しく召し上がって頂くためです」
「「「…………」」」
審査員たちが一様に絶句する。
前代未聞のラーメンにおける『スノースタイル』。これは単にカクテルにおけるソルティドックを真似ただけの代物ではなかったのだ。
「そして、この『不均一性』を私のラーメンではフルに活用しております。
例えば、麺。これは薄口のスープを補うように、麺自体に昆布塩で味をつけております。また、ツミレや味玉、白髪ネギにも軽く塩を振ってあります」
美雪は、こうすることにより、全体の塩気を抑えることで、逆説的に周りの食材の味を引き立てているのだ。
これぞ、『塩の雪女』の真骨頂。繊細巧緻の極み。塩のマジック。
「理屈は分かる……しかし、味わってなお、このラーメンは私の理解を超えている!?」
そう、説明されれば、ああなるほどと理屈は分かるのだ。
しかし、マネはできない。というより、本当にそんなことができるというのだろうか?
だって、そうだろう? 舌に触れる部分のみに味をつけるなど、
この女は、客の口の中に手を突っ込み、塩しているわけではないのだからッッッ!!?
だが、塩道美雪にはそれができる。
だからこそ、八年間、今日まで塩ラーメンの頂点に立ち続けているのだから。
「恐るべき絶技! もうこれは人間の成せる領域ではありません。まさに神業!! 塩の女神がもたらした唯一の奇跡! それが、このラーメンだというのでしょうか!!?」
司会のこの一言に、ワッと沸く会場。
もはや、これは試合ではない。
塩道美雪、ただ一人のためだけのオンステージ。
「それでは審査員の皆様! 得点の開示をお願いします!!!」
五人の男女が、それぞれ札を掲げる。
「40点!」「40点!」「40点!」「50点!?」「40点ッ!!!」
「合計、210点~~!!? これはとんでもなく高得点が叩き出されました!」
料理評論家、三嶋仁志は語る。
「私は料理を評論する立場にありますが、これほどパーフェクトな味のバランスをみたことありません。おそらく、これは日本料理で言えば、懐石料理に匹敵する、いえ、その世界でも滅多にお目にかかれないような代物です!」
人間国宝、四宮京一郎はこう評す。
「職人の技術は極めると『スキル』ではなく、『アート』と言います。このラーメンは、紛れもなく『アート』です。一人の芸術を愛するものとして、こんな世界に、こんな芸術家がいたことに、私は喜びが隠せません。見事でした」
「はい。私としても、これはぜひ息子に食べさせてあげたい。教えてあげたい味です。ハッキリ言って、この美味しさを知らずに、生きていくだなんて、人生を損しています!」
テレビ番組『お母さんまで一緒』、元お母さん役、五輪佐知子は言う。
「そして、彼方さん? あなただけは、このラーメンに50点をつけましたが?」
「当然です。これ以上の上はあり得ません! 一番、美味しいのだから、一番いい点数をつけます。私は、料理にはうるさいですが、頑なではないつもりです」
逆に、私としては何故、他の皆さんがこの点数をつけないのか理解できない。この点数、評価は後々の番組の歴史に残るものなのだと、二枝彼方は他の審査員を批判する。
そして、審査委員長、フードコンサルタントの芹澤拓真が、こう〆る。
「私もフードコンサルタントという立場から言わせてもらえば、このラーメンにはケチのつけようがありません。コンサルタントのプロとして、私がアドバイスする余地はないということです。後に七星選手が控えていたため、今回は40点とさせて頂きましたが、これは事実上の満点です!」
「――――!!?」
「な、何ということでしょうか!? 満点! 事実上の満点宣言が飛び出しましたァ~!!!」
「そ、そんなあり得ないですよ。まだ、初戦ですよ!? 一回戦からですか!? この後、試合はまだまだ続いていくのに、もうクライマックスですか!!?」
………
……
…
沸く会場。唸る審査員。興奮する司会。
この時、誰しもが塩道美雪の勝利を確信していた。
やはり、『塩の雪女』『塩ラーメンの女王』は格が違った。
出てはならない人を連れて来てしまった。
もう、ここで勝負あり。
そんな中、一人の男が会場の空気を『物理的に』塗り替える。
この男、七星慎之介が。
「お客様、お待たせしました。こちら、我流ですが、当店の力作。
題しまして『塩抜き、塩ラーメン』になります……」




