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イケメンよりもラーメンがモテる素晴らしき世界  作者: 一之太刀
三杯目  塩ラーメン  玄人向けの逸品
30/59

続、まかないの時間

 え? このメシの話まだ続けるのかよ……

 そう思うだろう? うん、俺もだよ!


「しかし、スープの器がラーメン丼ぶりなんて、アンタ本当にラーメン馬鹿よね?」


 チャーハンを食べ終えた志織は、スープを飲みながらしみじみと言う。


「なんだ? タダ飯のくせにイチャモンか?」

「いや、文句があるわけでは……」


 飯を盾に取られて、すごすごと引き下がる志織。

 胃袋を握られた人間というものは、実に弱いものである。


「なあ、シンちゃん。でも、この家――ちゃんとスープの器あったよな?」

「おや? ようやく気付いたか」


 『どうして、お前が俺の家の食器事情を知っている?』と思わないでもない七星だったが、意味ありげに呟いたマサシに今だけは応えておく。


 これが答えだと、チャーハンを丼に入ったスープの中に入れていく。


「ああ、チャーハンのパラパラが……」


 なんてことをするのよという目で見る志織。

 しかし、七星は情け容赦なくレンゲでぐちゃぐちゃとかき混ぜる。

 そして、一口。


「うん、合うな!」


 たった一手で、チャーシューダレのチャーハンとラーメンのスープに味付けした中華スープは、変則スープチャーハンに早変わりしていた。

 しかも、スープの方は、ご丁寧に片栗粉でとろみ付けしてある。


「な、な、な、何よ、それッ!!」


「お~い、夜は迷惑だからお静かに」


 思わず目をむく志織に、七星は涼しい顔でシャクシャクとスープチャーハンを食べる。

 マサシも真似してチャーハンをスープに放り込む。


「な、何で教えてくれなかったのよ!!!」


 怒り狂う志織。

 それもそのはず、もう志織のお皿にはチャーハンが残っていなかったのだ。


「教えるも何も……なあ? 元はコレ、ラーメンのタレのチャーハン。ラーメンスープの中華スープ。タレとスープ……合わないわけがないだろう?」


 基本だよ、基本とばかりにウマそうに食う七星。

 何ということ、ぬかったわ~とばかりにテーブルを叩く志織。


「そういう大切なことは初めに言いなさいよ!!」

「――初めに言ったら丼ぶりからスープが溢れるだろう?」


「ぬ、ぬう……」


 ぐうの音も出ない様子の志織。

 いや~見ていて飽きない女である。


「な、なら、私にも一口くらい、ちょうだい……」


 どうやら、志織はここでギブアップのようだ。

 七星にお情けをもらう方向にシフトチェンジしたようである。


「…………」


 もちろん志織は自分の分をちゃんと食べたわけだから、七星としては断ることもできる。

 ただ、なぜだろう。ここで断った場合、お茶の間は惨劇になるような気がする。

 

 この時点でマサシは不穏な気配を察して、座ったままズリズリと二人から距離をとっていく。


「……いいだろう。ただし、一口だけ……な」

「…………」


 突如、七星家の食卓は、居合の達人同士の立ち合いのような空気に包まれていた。


「……どうぞ」

「いただきます……」


 そろそろと器を押し出す七星。ゆっくり手を伸ばす志織。


 が、次の瞬間。


「とった~! いただきま~す!!」


――ガツガツガツ!!!


 猛然と掻っ込む志織。


「あ~ん、もう、さいこ~!!!」

「おい、返せ! 一口だ!」


 止めにかかる七星。しかし、志織はテーブルを盾にして器を離さない。


「あああ、このトロトロ、たまんないわ~。ああ、もっとぉ!!!」

「ふざけんな、馬鹿!」


「嫌よ!! コレ、もう私が口つけちゃったし。返さないわ」

「なっ!? お前、一口って言っただろ!」


「一口『くらい』よ! たった一口とは言ってないわ」

「ガキか、てめえ! 離せ!!」


 ついに実力行使にでる七星。器を離さない志織に掴みかかる。


「あつ、痛い。乱暴なのは止めてよね!」

「うるせえ。いいから黙って返しやがれ!!!」


「あ~二人とも、夜は静かに――うわ!? やめろ!!」


 うるさいとばかりに志織から座布団を投げつけられるマサシ。

 とんだとばっちりである。


 こうして、深夜の男女、二人のバトルは続いていく。




≪塩ラーメン専門店『雪化粧』≫


 七星たちが呑気にメシの取り合いをする頃、塩道美雪はただ一人、厨房で戦っていた。


 勝負は三日後。

 となれば、試作に一日、本番用の仕込みに一日、三日目は本番当日。

 余裕など全くなかった。

 

 その場でいきなり調理しろと言われなかっただけマシだが、この日程の厳しさもどっこいどっこいだ。

 

 そもそも食材の仕入れに走るなら日程的に明日しか時間がない。

 そう考えると自由に試行錯誤できる時間は今だけなのだ。


 時間が経てば経つほど、選択肢は狭まり、仕入れのできる幅も縛られていく。

 食材縛りとはよく言ったものだと思う。


 まさか時間と言う縛りから、食材の自由を制限してくるとは……

 こればかりは、ルールを聞いたその場では思いつきもしなかった。


 だが、この時点で気づいたなら、いくらでも対処は可能。

 それならそれとして、そのように動くまでのこと。


 そして、美雪はもう一つ重要なことに気づいていた。


 こちらはルールを聞いてすぐに気づくことができた。

 だから、先の『食材縛り』合戦では、七星を一方的にリードすることができた。


 実は、この『食材縛り』というルール。

 キモになるのは『如何に制限された食材をうまく使うか?』ではなく、『如何に選択肢にない食材を自由に使うか?』なのだ。


 例えば、出汁系食材としてリストに挙げられていたのは『豚ガラ』『鶏ガラ』『煮干し』『削り節』『昆布』の五種であるが、出汁として使える食材は、それ以外にも数多く存在するし、そういったものをウリにしている店も多い。


 だからこそ、自分は自信をもって『豚ガラ』『鶏ガラ』『煮干し』『削り節』を外した。


 なぜなら、このルールには穴がある。

 それはラーメンという多様性を持つ料理だからこそ、スタッフも想定しきれなかった穴。


 今回は徹底してそこを突かせてもらう。

 卑怯と言われようと、予め準備してなかった方が悪いのだ。

 それが世の中というもの。


 もう一度改めて配布されたルールが書かれた用紙を見てみよう。

 縛る食材の候補は以下の通り。


【調味料】塩、醤油、味噌

【出汁系食材】豚ガラ、鶏ガラ、煮干し、削り節、昆布

【具材系食材】ネギ、チャーシュー、メンマ、海苔、玉子

【香味野菜】ニンニク、生姜、タマネギ

 ※今回は特例として、牛骨、イノシシなどの獣系食材は『豚ガラ』として扱い、鴨をはじめとした他の鶏系食材は『鶏ガラ』に含めるものとする。


 ほら見なさい。スカスカだ。


 例えば、『豚ガラ』と『鶏ガラ』でジビエ系の食材を縛ってきたのはいい。

 だが、生魚はどうだろうか? 野菜と言っても、他にいろいろ種類があって、いくらでも代用ができる。 『煮干し』と『削り節』はいいが、他の乾物は?


 このように縛りの穴をすり抜けようと思えば、いくらでも抜けられるのだ。


 だからこそ、美雪にとって、この縛りで替えの効かない唯一無二は『塩』。

 この縛りの中で、ただそれだけを守り抜ければよかった。


「悪いけど、この勝負、私の勝ちよ……」


 敵は、その唯一無二を守り抜けなかった。安易な発想、思いつきの行動、安い挑発。そのせいで一番大切なものを手放してしまった。


「敵の見せた弱みは徹底して叩く」


 それは勝負の常道。世界の常識。


 あの時の自分はそれを知らなくて泣いた。

 あの日、私を食い物にしたハイエナは、それを知っていたから弱った自分に寄ってきた。


 その悔しさを糧に、今度は逆に自分が『それ』をする。


 気持ちいいではないか。

 かつて、弱者としていいようにされていた自分が、強者となって喰らう側に回るのだ。


 これぞ、まさに下克上。

 今の自分を、あの日のハイエナどもが見たらどう思うだろう?

 笑うだろうか? おびえるだろうか? いずれにしても痛快だ。


 弱肉強食のこの世の中で、自分は紛れもない猛者になったのだから。

 なればこそ、強者は喰らう。


 敵の使えない『塩』をウリとして、そのウマさを前面に押し出したラーメンを創ろう。


 方針は定まった。


 今日は、二話投稿しちゃうんだぜ。ワイルドだろ~

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