続、まかないの時間
え? このメシの話まだ続けるのかよ……
そう思うだろう? うん、俺もだよ!
「しかし、スープの器がラーメン丼ぶりなんて、アンタ本当にラーメン馬鹿よね?」
チャーハンを食べ終えた志織は、スープを飲みながらしみじみと言う。
「なんだ? タダ飯のくせにイチャモンか?」
「いや、文句があるわけでは……」
飯を盾に取られて、すごすごと引き下がる志織。
胃袋を握られた人間というものは、実に弱いものである。
「なあ、シンちゃん。でも、この家――ちゃんとスープの器あったよな?」
「おや? ようやく気付いたか」
『どうして、お前が俺の家の食器事情を知っている?』と思わないでもない七星だったが、意味ありげに呟いたマサシに今だけは応えておく。
これが答えだと、チャーハンを丼に入ったスープの中に入れていく。
「ああ、チャーハンのパラパラが……」
なんてことをするのよという目で見る志織。
しかし、七星は情け容赦なくレンゲでぐちゃぐちゃとかき混ぜる。
そして、一口。
「うん、合うな!」
たった一手で、チャーシューダレのチャーハンとラーメンのスープに味付けした中華スープは、変則スープチャーハンに早変わりしていた。
しかも、スープの方は、ご丁寧に片栗粉でとろみ付けしてある。
「な、な、な、何よ、それッ!!」
「お~い、夜は迷惑だからお静かに」
思わず目をむく志織に、七星は涼しい顔でシャクシャクとスープチャーハンを食べる。
マサシも真似してチャーハンをスープに放り込む。
「な、何で教えてくれなかったのよ!!!」
怒り狂う志織。
それもそのはず、もう志織のお皿にはチャーハンが残っていなかったのだ。
「教えるも何も……なあ? 元はコレ、ラーメンのタレのチャーハン。ラーメンスープの中華スープ。タレとスープ……合わないわけがないだろう?」
基本だよ、基本とばかりにウマそうに食う七星。
何ということ、ぬかったわ~とばかりにテーブルを叩く志織。
「そういう大切なことは初めに言いなさいよ!!」
「――初めに言ったら丼ぶりからスープが溢れるだろう?」
「ぬ、ぬう……」
ぐうの音も出ない様子の志織。
いや~見ていて飽きない女である。
「な、なら、私にも一口くらい、ちょうだい……」
どうやら、志織はここでギブアップのようだ。
七星にお情けをもらう方向にシフトチェンジしたようである。
「…………」
もちろん志織は自分の分をちゃんと食べたわけだから、七星としては断ることもできる。
ただ、なぜだろう。ここで断った場合、お茶の間は惨劇になるような気がする。
この時点でマサシは不穏な気配を察して、座ったままズリズリと二人から距離をとっていく。
「……いいだろう。ただし、一口だけ……な」
「…………」
突如、七星家の食卓は、居合の達人同士の立ち合いのような空気に包まれていた。
「……どうぞ」
「いただきます……」
そろそろと器を押し出す七星。ゆっくり手を伸ばす志織。
が、次の瞬間。
「とった~! いただきま~す!!」
――ガツガツガツ!!!
猛然と掻っ込む志織。
「あ~ん、もう、さいこ~!!!」
「おい、返せ! 一口だ!」
止めにかかる七星。しかし、志織はテーブルを盾にして器を離さない。
「あああ、このトロトロ、たまんないわ~。ああ、もっとぉ!!!」
「ふざけんな、馬鹿!」
「嫌よ!! コレ、もう私が口つけちゃったし。返さないわ」
「なっ!? お前、一口って言っただろ!」
「一口『くらい』よ! たった一口とは言ってないわ」
「ガキか、てめえ! 離せ!!」
ついに実力行使にでる七星。器を離さない志織に掴みかかる。
「あつ、痛い。乱暴なのは止めてよね!」
「うるせえ。いいから黙って返しやがれ!!!」
「あ~二人とも、夜は静かに――うわ!? やめろ!!」
うるさいとばかりに志織から座布団を投げつけられるマサシ。
とんだとばっちりである。
こうして、深夜の男女、二人のバトルは続いていく。
≪塩ラーメン専門店『雪化粧』≫
七星たちが呑気にメシの取り合いをする頃、塩道美雪はただ一人、厨房で戦っていた。
勝負は三日後。
となれば、試作に一日、本番用の仕込みに一日、三日目は本番当日。
余裕など全くなかった。
その場でいきなり調理しろと言われなかっただけマシだが、この日程の厳しさもどっこいどっこいだ。
そもそも食材の仕入れに走るなら日程的に明日しか時間がない。
そう考えると自由に試行錯誤できる時間は今だけなのだ。
時間が経てば経つほど、選択肢は狭まり、仕入れのできる幅も縛られていく。
食材縛りとはよく言ったものだと思う。
まさか時間と言う縛りから、食材の自由を制限してくるとは……
こればかりは、ルールを聞いたその場では思いつきもしなかった。
だが、この時点で気づいたなら、いくらでも対処は可能。
それならそれとして、そのように動くまでのこと。
そして、美雪はもう一つ重要なことに気づいていた。
こちらはルールを聞いてすぐに気づくことができた。
だから、先の『食材縛り』合戦では、七星を一方的にリードすることができた。
実は、この『食材縛り』というルール。
キモになるのは『如何に制限された食材をうまく使うか?』ではなく、『如何に選択肢にない食材を自由に使うか?』なのだ。
例えば、出汁系食材としてリストに挙げられていたのは『豚ガラ』『鶏ガラ』『煮干し』『削り節』『昆布』の五種であるが、出汁として使える食材は、それ以外にも数多く存在するし、そういったものをウリにしている店も多い。
だからこそ、自分は自信をもって『豚ガラ』『鶏ガラ』『煮干し』『削り節』を外した。
なぜなら、このルールには穴がある。
それはラーメンという多様性を持つ料理だからこそ、スタッフも想定しきれなかった穴。
今回は徹底してそこを突かせてもらう。
卑怯と言われようと、予め準備してなかった方が悪いのだ。
それが世の中というもの。
もう一度改めて配布されたルールが書かれた用紙を見てみよう。
縛る食材の候補は以下の通り。
【調味料】塩、醤油、味噌
【出汁系食材】豚ガラ、鶏ガラ、煮干し、削り節、昆布
【具材系食材】ネギ、チャーシュー、メンマ、海苔、玉子
【香味野菜】ニンニク、生姜、タマネギ
※今回は特例として、牛骨、イノシシなどの獣系食材は『豚ガラ』として扱い、鴨をはじめとした他の鶏系食材は『鶏ガラ』に含めるものとする。
ほら見なさい。スカスカだ。
例えば、『豚ガラ』と『鶏ガラ』でジビエ系の食材を縛ってきたのはいい。
だが、生魚はどうだろうか? 野菜と言っても、他にいろいろ種類があって、いくらでも代用ができる。 『煮干し』と『削り節』はいいが、他の乾物は?
このように縛りの穴をすり抜けようと思えば、いくらでも抜けられるのだ。
だからこそ、美雪にとって、この縛りで替えの効かない唯一無二は『塩』。
この縛りの中で、ただそれだけを守り抜ければよかった。
「悪いけど、この勝負、私の勝ちよ……」
敵は、その唯一無二を守り抜けなかった。安易な発想、思いつきの行動、安い挑発。そのせいで一番大切なものを手放してしまった。
「敵の見せた弱みは徹底して叩く」
それは勝負の常道。世界の常識。
あの時の自分はそれを知らなくて泣いた。
あの日、私を食い物にしたハイエナは、それを知っていたから弱った自分に寄ってきた。
その悔しさを糧に、今度は逆に自分が『それ』をする。
気持ちいいではないか。
かつて、弱者としていいようにされていた自分が、強者となって喰らう側に回るのだ。
これぞ、まさに下克上。
今の自分を、あの日のハイエナどもが見たらどう思うだろう?
笑うだろうか? おびえるだろうか? いずれにしても痛快だ。
弱肉強食のこの世の中で、自分は紛れもない猛者になったのだから。
なればこそ、強者は喰らう。
敵の使えない『塩』をウリとして、そのウマさを前面に押し出したラーメンを創ろう。
方針は定まった。
今日は、二話投稿しちゃうんだぜ。ワイルドだろ~




