高みにて、また会おう
それは佐々木の思わぬ問いかけから始まった。
「そういえば七星クン。キミ、彼女とは付き合っているのかい?」
「なっ――!?」「にっ――!?」
つけめんを吹きそうになる七星と志織。
「ふっ――ハハハッ! うんうん……」
佐々木は、そんな俺たちを見て楽しそうに笑う。
笑い顔までバッチリきまっていた。さすが、イケメン、ズルい。
「なあ、東雲クンだったよね? どうだい? 七星クンは?」
「ど、どうって……」
だが、佐々木のイケメン攻勢はここから。
すかさず、この隙を突いてくる。さすが、イケメン、汚い。
「アレはいい物件だぞ? 近い将来、必ず高騰する。買うなら今のうちしかない」
「か、買うって?」
「時を置けば、釣られてやって来た有象無象に喰われることになる。早いところ手元に押さえておくべきだということさ」
「い、いや、私はそんなつもりじゃ……」
「そうかい? なら、今日、彼の仕事をみてどう思った?」
「そ、それはスゴかったけど……別に、好みとか、好きとかじゃ……」
「フフッ、OK! ありがとう」
完全に志織を翻弄したところでピシャリと話を打ち切る。
これがイケメン108式奥儀の一つイケメントークか!?と戦慄する七星。
そんな七星に、佐々木はスルリと肩に腕を回し、志織には聞こえないように囁く。
「もう少し頑張って押してみろ。彼女、イケるぞ? 俺の経験から言って確実だ」
「…………」
それはそうだろう。『お前の顔面』なら、全国女性のほとんどがイケるだろう。
無理なのは、絶滅希少種『ブ男好き女性』だけだ。
そんな俺に佐々木は「おかしなヤツだ」と首をかしげる。
「なんだ? 好みじゃないのか? 彼女、結構かわいい顔してるじゃないか。真っ直ぐで素直な性格が顔によくでている」
「ん? 欲望に忠実で、いやしい顔の間違いじゃないのか?」
それだけ俺たちの出会いは最悪だった。
初期イメージによる誤解というのはよくあるが、それでも『いつも飢えていて、貧相で、そのわりにパワフルで滅茶苦茶』という評価は動かない。
実際、日を重ねるごとにそれで正しいのだと思わせられている。
「どこに目をつけているんだお前は? よく見てみろ!」
「んん?」
言われた俺は東雲さんを見てみる。
簡素に束ねられたポニーテールは――うん。清潔感があってよろしい。
彼女は初めて自分のラーメンを食べに来た時も、髪がうつわに入らないようにゴムで縛るマナーを持っていた。これはラーメン屋としても、素直にプラス査定だ。
あと、すっきりしたTシャツと化粧っ気のない顔。これも彼女の快活さを見事に表現していると言えよう。
何というか潔い。裏表のない飾らない綺麗さがある。
「どうよ?」
「ん~?」
これは何というかアレだ。部活で言えば運動部系で、マネージャーじゃなくて選手タイプの可憐さだ。
昔、休み時間に男子と混じって平気でサッカーとかしていたタイプ。小学校だと、「男女!」とか言われてからかわれたりするけど、それはその男子の「好き」の裏返し。実は結構その子のことが好きな人は多いという意外にモテるタイプ。
「なっ?」
「…………ぬうう」
認めよう。俺の好きなボインボインで、おしとやかなカワイイ子ちゃんタイプではない。
でも、いつか言ったように、この子にはキラキラした輝きを持っている。
それはこの子だからこそ輝く希少な光だ。
「……で、どうなんだ? どこまでイったよ?」
「別にどこもいかない」
かわいいことと、俺が好きになることはまた別問題。
たとえ力が強くともS極とS極はくっつかない。自明の理だ。
「ったく、しょうがない。いいか? 男なら真っ直ぐ告白しろとかよく言うが、アレは嘘だ。勝負に焦れて、飛び出した逃げでしかない」
「…………」
あ~モテ男が女性攻城理論概論とか語りだしちゃったよ。
やだよね、そういうの真に受けて実践すると、『男は顔ッ!』っていう現実にぶち当たるのに。
「できることからすぐに始めろ。外堀から埋めていけ。そして、イケる瞬間になったら、ためらうな。端的すぎるかも知れないが、結局はこれに尽きる」
「……お、おう」
意外だ。コイツ、意外と策士だ。
てっきり、『好きな女の子には積極的に話かけろ!』みたいな魔法使い予備軍にはムリゲー極まることを言ってくると思っていた。
「『賄い』って言って、飯はちゃんと食わせているんだろ?」
「……それはもう凄い勢いで。アイツは一日のカロリーを賄いだけで摂取しているよ」
「フッ、それは重畳。相手の胃袋はちゃんと押さえてあるわけだ。あとは、そのまま依存させていけ。恋もラーメンもルールは無用だ」
「お前、ラーメンは関係――いや、そもそも俺はそんなつもりじゃ……」
「ったく、やれやれ。若いな……」
いつまでも煮え切らない七星に、どこか失望したような息を吐く。
そして、真っ直ぐな瞳で七星を見つめる。
そこには先程まではなかった本気の色があった。
「いいか? どんな世界でも頂点までの道のりは狭く険しい。そこに立つには必ず『支え』が必要なんだ。決して1人では、そこにたどり着けない。
もし、お前がまだ自分1人の力で成り上がろうとしているなら、それはその時点で二流の証明だよ」
「……ほう、面白い。俺が二流だと?」
ピクリと眉を釣り上げる七星。
しかし、佐々木は揺るがない。絶対的真理を語るように続ける。
「ああ。どんなウマいラーメンが作れようと、どんな技術を磨こうと関係ない。
二流である人間は、『その時』が来れば必ず揺らぐ。二流に『ラーメン屋』は無理だ」
「その言葉を吐いたのは、お前で『二人目』だ……そいつは必ず後悔させてやるつもりだ」
「……いや、悪かった。キミを侮辱するつもりはない。喧嘩を売るつもりもない。
食事中、失礼をしたな。これでは一流、二流以前に、人として三流だった」
あっさりと引く佐々木。
侮辱するつもりも、喧嘩を売るつもりもない。だが、彼は撤回するつもりもないようだ。
ただ、事実をありのまま伝えただけ……
七星にはそう聞こえた。
だからこそ、敵愾心のない佐々木の言葉は深く心に突き刺さった。
俺は今でも、『その言葉』に抗い続けている。
ラーメン屋になりたい。それが夢だから。
俺はまだ闘い続けている。
それでもまだ俺は、
『その言葉』に打ち勝ててはいなかったんだ。
――ズゾゾ……
こんな時でもウマい佐々木のラーメンが、なんだがやたらムカついた。
………
……
…
「うん、ご馳走様。イカスミ豚骨トマトラーメン、ウマかった!」
「ええ、美味しかったです。なんだか忙しい時にわざわざすみませんでした」
「いや、こちらこそウマかった。ありがとう!」
きれいに食べ終え、席を立つ佐々木と美和子。
そんな二人に七星も頭を下げる。
「そういえば、七星クン。キミの店は?」
と、去り際、何かに気づいたように声をかける佐々木。
『所在地は?』という意味であろう。七星としては苦い思いしかない。
「ちょっと、今はなくてね」
「なるほど、それで大会に……か」
ニヤリと意味ありげに頷く佐々木。
「まあ、開業の資金目当てさ」
「やっぱり、お前は面白いな。それでいきなりアレに出店か。いい意味で常識がない」
「??」
こういう評価は先程散々いただいた七星であるが、今回はちょっと思い当たるところがない。
「いやなに、すぐに分かるさ。だが、そういうことなら互いにぶつかるしかないようだな。
七星クン! この会場、予選二位通過のキミは、本戦一回戦では、別会場の予選一位通過の奴と当たるだろう」
「そうなのか?」
「なに、普通そうだろう。だが、お前は俺とここまで競ってくれたんだ。簡単に負けてくれるなよ?」
「それは自分でもそのつもりだ」
では、と別れる俺たちに「あっ、二人が握手している絵が欲しいんでお願いします」とカメラから要望を受ける。そんなカメラさんに佐々木は、
「いや、俺にとってコイツはライバルなんでな。握手は遠慮しておこう」
そう言って、拳を合わせてくる。
ったく、何をしてもサマになりやがる。これだからイケメンは!!
――ガッ!
感情を込めて拳に拳をぶつけてやる。
そんな俺を佐々木が笑う。
「高みにて、また会おう」
昨日、二章は「あと二話」と約束したな。あれは嘘だ。
次で二章ラストです。m(_ _)mスマン




