闘いという名の宴のあとは食べ比べという名の宴
大きく息をつく七星に、終了のブザーを聞いて駆け寄ってくる志織。
「お疲れ、七星。予選通過おめでとう!」
「…………」
『おや?』と思う。てっきり彼女ならば、自分に対して、
『私が手伝っているんだから、ちゃんと勝ちなさいよね!』
『まあ、私がいれば、ざっとこんなもんよ!』
のようなデレないツンデレみたいなお言葉が飛んでくると思っていたのだ。
「何よ? 返事くらいできないの」
「ああ、お疲れ。東雲さんのおかげで予選突破できた。ありがとう」
「ふふん♪ そうよね、感謝しなさい!」
薄い胸を反らして、ふんぞり返る志織。
どうやら七星の想像は大筋において間違っていなかったらしい。
「マサシもお疲れ、マジで助かった」
「いや、俺の方は足を引っ張った。申し訳ない」
一方、普段、飄々としているマサシは意外にも殊勝だった。
だが、七星からすればそんなことはない。
自分の想像以上によく頑張ってくれた。
でも、この男はそれを素直に言っても認めはしないだろう。
マサシには、どこかそういう偏屈なところがある。
「マサシ、お前、飲食系のバイトの経験あるだろ?」
「ああ。学生時代に4年くらい。でも、お前には言ってないぞ?」
だから、七星は外角から変化球気味に攻めることにした。
「仕事を見れば分かるよ。テンポや気の使い方からして全然違う」
「そうか?」
「ああ、そうだよ……」
どこか落ち着いた雰囲気。
だが、まったりするには、まだ早い。
飯屋は暖簾を下げて終わりじゃない。
後片付けして、掃除して、最後に消灯して終了だ。
「さて、残ったスープと麺はどうするかな……」
「どうせなら、大会スタッフに食わせちまうか?」
「――!? え、本当ですか!?」
「ただし、できても先着で20人程度までだけどな」
喜ぶ周囲のスタッフたち。
それもそうだろう。一日中、来場者には絶品ラーメンを配りながら、自分の食事は仕出し弁当では味気ないというものだ。
「お? そういうことなら、俺たちにも食わしてもらいたいな!」
再び湧き立つ七星たちを遮ったのは意外な人物、佐々木小次郎。
今はまさに撤収作業に忙しいはずであるが、それを推してやって来たのだ。
何か思惑があるのだろう。
「……別に構わないけど、俺たちだけ?」
「いや、そんなケチなことは言わない。もちろん、俺も出す」
その言葉の後にやってきたのは『燕屋』のスタッフだろう、特製の魚介つけめんを三つ持ってきていた。
なるほど、ここでお互い、相手のラーメンの食べ比べをしようということか。
願ってもない機会だ。
「OK! これから茹でるから、ちょっと待ってくれ」
「――!? お~い、誰かカメラ、あと実況の人、呼んできて! 急げよ!?」
「「………………」」
すわ場外乱闘かと、カメラと実況を呼び寄せるスタッフたち。
なんだか妙な空気になってしまったな、と思いながら苦笑いする七星と佐々木。
こればかりは番組も想定していないエクストララウンドが、ここに始まった。
≪七星慎之介、特製魚介つけめん実食≫
――ズゾゾゾッ! ズゾ、ズバババババッッ!!
「ふひひ、うめえ、おいし~よぉ~」
隣にいるラーメン雌ブタは置いておこう。
見なかったことにしたい。
「では、いただきます」
「おう、食え!」
――ズ、ズズッ……
う、ウマい。素直にウマい。
自分は、ここまで魚介が香るラーメンを食べたことがない。
なんとも、スゲえもん口に入れちまったと思う。
目から鼻から毛穴から魚介が噴き出しそうな旨みだ。
「ウマいな……まず、カツオ節。あとはサバ節、マグロ節……厚削りも使っている?」
「ほう……舌も確かなのか。そう、カツオ節メインだが、いくつか混ぜて厚みを調整してある」
「うん、巧いな。臭みを含めて、一番惹きつけるポイントに合わせてきている」
そうなのかと驚く番組スタッフたち。
この予選の中で、佐々木のチームは一回もアピールタイムを使わなかったので、ろくに詳しいレシピのデータを公表してこなかった。
「煮干しは……カタクチイワシだけじゃないな。アジ干し、ウルメイワシ……ジャコか? だが、ここからが分からない。ハラワタはとっているようだが、香ばしい風味と僅かに舌に残る苦みがある」
「ああ、それは分からないだろう? これは俺のオリジナルだ。煮干しは頭としっぽ、ハラワタをとったら、一度炒っている。それから出汁をとっているのさ」
なんと。そんなやり方があったのか。
こればかりは七星も知らなかった。とはいえ、
「おいおい……言っていいのかよ? そんなのスープの秘伝だろ?」
「構わないさ。その程度で真似されるほど、俺のラーメンは浅くない」
その通り。このラーメンには七星でも追従できない領域の何かがあった。
ぶっちゃけ似たようなラーメンは作れるだろう。
でも、それはオリジナルには及ばない。
佐々木のソレと比べて『これは、これで美味いラーメン』というのは作れる自信がある。
ただ、同じ系統、味の組み立てで、これを超えていくのは多分無理だ。
素直にそこだけは認めざるを得ない。
「だな。これはウマい。味の秘密は、タレに加えた『うるか』か?」
「ん? おいおい、そこを見抜くかよ!? これ以上は流石にオフレコかな」
それでも、ちょっぴり素直にはいかない。負けず嫌いな七星であった。
≪佐々木小次郎、イカスミ豚骨トマトラーメン実食≫
――ズゾゾゾッ!
「「うん、合う!!」」
ピッタリ意見が一致する小次郎とその妻、美和子。
「ん?」
「何?」
互いに見つめ合う二人。
フッと小次郎が、持ち前のイケメンフェイスで笑う。
花が咲いたような乙女の顔で、顔を赤らめる美和子。
二人の距離は徐々に縮まり――
「お客さん!? 麺伸びるんで、早く食っちまって下さい!!」
指をポキポキやりながら、メンチ切りまくりのシャクレ顔で七星が遮る。
まるで『オイコラ、あとはコブシで決着つけるか、ワレ?』と言わんばかりの表情だ。
「オイコラ、あとはコブシで決着つけるか、ワレ?」
言っていた。
彼女いない歴=年齢の男のひがみは伊達ではない。
こういう余裕のなさが女性から避けられる一因となっているのだが、女を知らない七星には気づけない。
もっとも、余裕があったところで、余裕を持って女性から避けられるだけなのだが。
そんな七星を佐々木は苦笑いで軽く流す。
と、そのあたりはさておき。
「トマトとトウガラシの練り込み麺か……考えたな」
「でも、練り込み麺には失われがちなコシは活きてる!?」
「確かに、いい配慮だ。奇抜なだけじゃない。コイツは『ラーメン』を知っている」
「そうね。具材、スープ、麺。単体だけじゃなく全体でバランスがとれている。それぞれの素材がこんな自由に主張しているのにね……ちょっと、これが分からないわ」
食べながらも頭を悩ませ、首をかしげる二人。
そんな二人には何というかお似合いというか、阿吽の呼吸のようなものと言える何かがあった。
自分のラーメンに対する評価は嬉しいが、なんとも見ていてイラつく童貞戦士、七星慎之介。
「あと、見た目には分からなかったが、結構しっかりトンコツ効かせてあるのな。目をつぶって食べれば、立派なトンコツ醤油ラーメンだ」
「でも、こんなの普通のトンコツ醤油じゃないわよ?」
「それは見れば分かる」
「そうじゃなくてッ!」
そして、またも七星のラーメンを食べてはイチャつきだす二人。
七星の目尻は今、もーれつにピクピク痙攣している。
いや、このくらいのやりとりイチャついているうちには入らないのだが、七星の童貞フィルターを通せば、なんと驚き桃色天国。
うん、コイツは敵だ。こんなかわいい女の子が嫁さんなんて男の敵だ。
話してみるとわりとイイ奴とか思ってみたけど、コイツは俺の敵だ。エネミーだ。
心に固く誓う七星。
そんなこと心に固く誓うな、情けないぞ七星。
「うん、イカスミとトマト、トマトとトンコツ、トマトとバジル……それぞれ要素ごとに単体で見れば、既にどこかで知られている組合せだ。理に適ってもいる。
でも、普通はそれを全部組み合わせたりしないな。七星クン、キミはイタリアンの経験が?」
「いや? まったく。イカスミなんてラーメンくらいでしか使わねえよ」
「「「「「いや、ラーメンでは普通使わね~よッッッ!!!」」」」」
周囲全員から総ツッコミを受ける七星。
でも、それが七星という男。
この男に常識などという縛りは存在しない。
「ハハ……それでコレか。ちょっと俺にはラーメンで、そんなことするセンスはないな。特に香味油のニンニクオリーブオイル。普通、チーユ、ラード、植物油だ」
「だから、オリーブは植物油だろ?」
「おま――そうじゃねぇよ!」
そう、普通はサラダ油や米油、あとは白鮫油などの、表現が悪いが、香りのキツくないものを使用する。
あまり強い香りのものを使うとそれが支配的になってしまう恐れがあるのだ。
「まあ、ここは素直にトンコツから出た油でもよかったんだがな。トマトとイカスミも使ったし、ちょっとイタズラにな?」
「イタズラね……ハハ」
「ああ、七星さんって変わった方なのね」
してやったりな顔の七星に、笑うしかない小次郎とその妻、美和子。
「なんとまあ、スゲえな。味に対するセンスが違うというか、発想が違うというか、美味さに対して見境がない……うん、これが一番近いな!」
「アナタ、それ褒めているの?」
「いや、最上位の褒め言葉だ。ウマけりゃ何してもいいのがラーメンだからな!」
佐々木は思う。
この男は何というか異質だ。
自分の知っているラーメンの常識とは違う所にいる。
だが、まぎれもなく天才。奇才の類。
この男とはもう一度、どこかで会いたい。
七星慎之介、その名を心に深く刻み込む佐々木小次郎だった。
まだ、二章続きます。とはいえ、あくまで繋ぎ的な内容ですが。




