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第20話 美嘉

ありがとうございます!

「全くーーはしょうがないなぁ」


「ふふっ。良いじゃない、あなた。少しくらい我儘な方が健康な証よ?」


「ふ、それもそうだな。よしーー、こっちにおいで」


「うん!お父さん、お母さん!」


ててて、と4、5歳程だと思われる少女は両親の元まで走って行き、父の手を取る。そして反対側の手は母が握った。それはごくごくありふれた、仲の良い家族の光景と言えるだろう。酷く穏やかで、見ていて心和む光景。


だというのに。

何故こうまで心が締めつけられるのだろうか。いや、理由は分かっている。


家族の少し後ろに立って見ている少女はその光景を微笑ましい物としてではなく、まるで痛ましい物でも見るかのように眺めていた。


少女は知っていた。この光景が長く続かない事を。


不意に、少女の視界がにじむ。目から溢れた雫は頬を伝って、地面に染みを作った。


両親と仲睦まじく手を繋いで笑っている女の子が、後5、6年すればこんな感じになるだろう、そんな容姿をその少女はしていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「はっ!はぁはぁ……」


10歳ぐらいだろうか。一人の少女がひたいに汗をびっしょり浮かべて布団から起き上がった。


少女の周りには彼女と同じくらいの歳の子が数人寝ている。横で寝ている男の子に目を向けると、元々被ってあったであろう布団は、遠くへ追いやられ、よだれを垂らしながら幸せそうに寝ていた。


少女が今いる場所、それは児童養護施設だ。両親を事故で亡くした、捨て子、その他にも色んな家庭の事情を抱えた子供達がここで一緒に生活を送っていた。


「美嘉ちゃん!一緒に外で遊ぼ?」


一人の少年が座っている少女……美嘉に声をかける。


「いや、いい。私ここで本読んでるから」


そう言って美嘉は誘いを断り、本に目を落とす。しかし、少年は特に気を悪くした様子もなく笑いながら、そっか。じゃあまた遊ぼうね。とだけ言い残し走り去る。


「もう、美嘉ちゃんまた断っちゃったの?」


上から降って来たその声に美嘉は顔を上げる。


その先には一人の女性が立っていた。その女性は、何かと美嘉の面倒を見てくれるここの保育士だった。美嘉もこの女性には心を許していた。


「だって……私運動神経良くないし。それにこんな暗い子と遊んでも楽しくないでしょ?」


「まーたそんなこと言う!そんなの遊んで見ないとわからないじゃない」


「でも………」


女性は気づいていた。美嘉が断る理由の中に、一度も遊びたくない(・・・・・・)と言う言葉が含まれていないことに。


美嘉だって、決して遊びたくないわけではないのだ。ただ、美嘉は他人の事をよく考える……いや、考えすぎるだけなのだ。そのせいで良く自分の意見を押し殺してしまう。美嘉がそうなってしまった理由を知っているだけに、女性は何も言えなかった。


「はあーまあいいわ。じゃあちょっと洗濯物取り込んだりするの手伝ってくれない?」


「ん、分かった」


そう言うと、美嘉はスッと立ち上がる。先程の本を読む、というのは誘いを断るための口実だった。実際美嘉は本を読む事が好きなので、そこまで嘘というわけでもないのだが、こうして手伝いを頼まれるとそっちを優先する。


そう、美嘉は優しいのだ。それはこの女性だけでなく、施設のみんなが知っていた。だから美嘉に声をかけた少年は、誘いを断られても気にしなかった。美嘉が「良い奴」だと知っていたから。


しかし、女性は心配だった。美嘉が優しいのは良い。それは素晴らしい事だと思う。ただ年齢を踏まえて考えると、美嘉の優しさは些か行き過ぎているのではないかと思う。美嘉がここに来てから約一年が経つが、その間一度も彼女の我儘を聞いた事がないというのは、果たして正常なのだろうかと。


何かきっかけでもないだろうかと、後ろからついてくる可憐な少女のことを考えながら、女性はこっそりと溜息をついた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


翌日の午後四時頃、美嘉が学校から施設に帰ると昨日の定位置に行き、読書を始める。


「美嘉ちゃん!私たちと遊ばない?」


「いや、いい。私ここでほ……」

「みんなー!ちょっと来て!」


同い年ぐらいの少女達からの誘いを、美嘉がいつもと同じように本を読むと言って断ろうとすると、その言葉を遮るように食堂の方から昨日の保育士の女性の声がした。


流石にそれを無視するわけには行かず、美嘉は本を畳むと他の子達と一緒に食堂へ向かう。


食堂に入ると、女性の隣に見慣れない一人の少年が立っていた。


その無感情にも見える黒い瞳は、なんでも見透かしているようにも見えるし、反対に何も映していないようにも見える。


美嘉はその少年に不思議な感情を抱いた。


「はい、今日からこの男の子もここで一緒に過ごすことになりました。自己紹介してもらっていい?」


女性から問いかけられ、少年はコクっと頷く。


「黒羽悠里です。実は、自分には昨日までの記憶がありません。ですので、色々迷惑をかける事があると思いますが、これからよろしくお願いします」


そう言い、悠里は頭を下げた。


「え、記憶喪失……」

「大丈夫なのかな」


悠里の言葉は、辛い経験をして来た子達にとっても衝撃的だったらしい。


「というわけなので、彼が困っているのを見かけたら、助けてあげてね」


という女性の言葉で、一先ず初めての顔合わせは解散となった。しかし、先程の衝撃発言もあり、悠里の周りには子供達が殺到した。美嘉も、遠巻きにそれを眺めていた。


女性が美嘉を見つけると、少し意外に感じた。いつもこういう時は、自分には関係ないとばかりにさっさと元の場所に戻り、本を読んでいるからだ。女性は美嘉に近寄った。


「美嘉ちゃんも何か彼に聞きたいことあるの?」


「え!?うん……あると言えばあるかな」


ぼーっと悠里を眺めていた美嘉は、急に横から聞こえた声に驚いた。


そして驚いたのは、女性も同じだった。美嘉からそのような意欲的な言葉が出るとは思わなかったからだ。


「じゃあ、行きましょう」


「え?」


女性は美嘉の手を引き、半ば強引に悠里の元まで連れて行く。美嘉達が近づいて来たのを見て、悠里の周りにいた子供達は空気を読み一歩引く。他の子供達も美嘉に負けず劣らず、子供らしくなかった。


「こっちの美嘉ちゃんから、悠里くんに質問があるみたいなの。良い?」


「え、ああ。別に構いませんよ」


そう言って、悠里は美嘉に目を向ける。


実際に質問する気がなかった美嘉は、なんでこんな事に……と思いながらも、聞きたかったのは本当だし、と自分を納得させて口を開く。


「記憶がないって言ってたけど、名前は覚えてたの……ですか?」


「ははは、別に敬語じゃなくて良いよ。俺、ここの施設の前に倒れてたみたいなんだけど、手に「くろはゆうり」って書かれた紙を握ってたらしいんだ。本当の名前がわからないから、それを名前として使ってる」


「そう…。後もう一個聞きたいんだけど良い?」


「ん、なにかな?」


「お父さんとかお母さんとか…家族のこともなにも覚えてないの?」


あまりにもど直球な質問に女性や、子供達は騒然とした。しかし、幸いにも悠里に怒った様子はなかった。


「結構ズバッと聞いてくるね……。うん、全く覚えてないよ。顔も名前も癖も仕草も……全然思い出せない」


ははは、と苦笑いを浮かべながら答えた悠里の顔は、美嘉にはどこか泣いているように見えた。


ありがとうございました!

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