第11話
ありがとうございます!
その場にいた全員から促されると、悠里は何かを探すように周りを見渡し、
「そうだな……あそこの机の上にあるペットボトルを見てくれ」
そう言いながらおもむろに近くの机の上を指差した。
悠里は全員が机の上に注目したのを確認してから、目を閉じて一言、
「……来い」
とつぶやいた。
すると、机の上に置いてあった空のペットボトルが、一瞬でその場から消え失せた。
「あれ、どこ行ったの!?」
「………!」
「こっちだよ」
教室の中でいくつもの驚きが生まれる中、皆が振り返った先の悠里の手には、先ほどまで全員の注目していたペットボトルが握られてあった。
「何でそこにあるの!?」
「いつの間に……」
「まさか……悠里くんの能力って……」
という周りの詮索とも取れる言葉に対して、
「いや、多分想像されてるようなもんとは違うだろうな」
と、悠里は自嘲気味に呟いた。
「いやいや、めちゃくちゃすごいよ!瞬間移動系の能力って今までに一人もいなかったはずだよ!」
と如月が思わずと言った風に叫ぶ。
そう、生物であるかないかに関わらず、物体を瞬時に別の場所へ移動させる能力というのは、能力者が生まれて100年一人も確認されていない。それゆえ5組の生徒達が驚くのも無理のないことなのだ。
「ぱっと見すごそうな能力なのに自分のことを卑下するってことは……あんたも何かあるわけね」
木原は幾分含みを持たせた口調で悠里に意味ありげな目を送った。
その視線を受け、軽く溜息を吐くと悠里は口を開いた。
「はぁーそうだな、使い勝手の良い能力ではあるんだけどな。色々制限があるんだ」
「その制限っていうのが何か聞いても?」
「ああ、そんな隠すようなことでもないし隠してもどうせそのうちバレるだろう。それじゃあ簡単に説明するが、制限は主に二つだな」
「二つ?」
「そう、二つある。一つ目は、回数制限だ」
「回数制限……つまり時間単位で使える回数が少ないってわけね」
「そうだ、俺の場合は分かりやすくて1日10回ってところだ。無理すれば後2、3回ぐらいなら使えそうだが、もし無理に実行すれば多分ぶっ倒れるだろうな」
回数制限というのは珍しいことではない……というよりもどんな能力者にも回数制限というものは存在する。
能力者が生まれて100年、人の身では長く、能力の研究という点では短い歴史の中で分かったことはそう多くない。しかし、解明された事実も確かにある。その中で特に重大な発見と言われているのが、能力者と一般人との決定的な違いとされているある臓器の存在である。魔臓と呼ばれるそれは、能力者にしか存在せず、心臓のそばに備わりその人の能力の根幹を担っていると言われている。
ゲームなどでよく見るMPというのが一番近いだろうか。魔臓の中にはまさにMPのような能力を使う際の燃料とでも呼べるものが蓄えられている。この燃料は魔素と呼ばれた。この魔素量には個人差があり、使用可能回数が少ない者は、魔素量が少ないか、能力の燃費の方に問題があるかのどちらかだと考えられる。
魔臓は第二の心臓と呼ばれ、魔素は血液とともに体中を巡っているとされている。体内の魔素量が著しく低下すると能力者はひどい倦怠感に襲われる。さらにその状態を超えて能力を行使すると脳が危険を感じ、強制的に意識を失うというわけだ。また、魔素量は体を休めることによって回復し、寝ることが一番回復効率が良いと言われている。
「でも、それだけの能力なら燃費も半端無いだろうし、使える回数が少なくても仕方ないんじゃない?」
「そこで二つ目の制限だ。移動させられる物は生物ではなく、片手で掴めるぐらいの小さい物に限られるんだ」
「片手で……それって具体的にどのくらいなの?」
「うーんそれが、色々検証してみた結果、リュックサックぐらいが限界みたいだ。ただ何故だか分からないが、距離の制限はあまり無いみたいなんだよな…。最初に能力が使えたのが前の学校で教科書を家に忘れた時だったからな」
「それで家から手元に教科書を瞬間移動させたってわけね。何しょうもないことに能力使ってんのよ……。」
「べ、別に使えると思って使った訳じゃねえよ。なんとかなんねえかなぁと思って試しに念じてみたら手元にあったんだよ」
「はぁ、まあ良いわ。あんたの能力も大体わかったしね。まだ質問ある人はいる?」
いつの間にか木原が進行役みたいになっていたが、特に問題もないため口を挟むものもおらず、質問の声も上がらなかった。
「それにしても俺の能力と違って色々使い道ありそうだな悠里の能力」
「まあ、使い勝手が良いのは否定しないが和也のも客観的に見れば格好いい能力だと思うぞ」
「へへっ、そうか?ありがとな」
「……それは褒めてるの?」
裏縫のボソッと呟いた疑問は華麗にスルーされ、悠里の能力について皆が口々に話し合っていると、ガラガラッと教室のドアが少し歪な音を立てながら開いた。
「いやいや、全くひどい目にあったな。ん、みんな集まって何してるんだ?」
教室に入ってきたのは保健室に行っていた武蔵だった。
「もう大丈夫なのか?」
「おう、もちろんだ。このぐらいでへこたれていては真の漢は名乗れんからな!」
ガハハと男臭い笑みを浮かべながら悠里の心配を一蹴する。
「あ、武蔵君、もう大丈夫なんだ。良かったぁ。ちょっとやりすぎたかなって心配しちゃったよ」
「お、おう。こ、今度は負けんぞ」
武蔵の顔が遠目にもわかるほど赤くなっている。しかし、それも仕方のないことなのかもしれない。胸に手を当て、安堵したようにニコッと微笑む和葉にはそれほどの威力が備わっていた。
ーーーあいつは本当に男なのか?
と悠里の中で再度同じ疑問が浮かんだが、その思考を遮るようにその可憐な口が言葉を紡ぐ。
「そう言えばまだ武蔵君には紹介してなかったね。こちら黒羽悠里君。能力名は……あれ、能力名なんだっけ?」
「いや、能力名なんてのはさっき知ったばっかりだからな。まだないぞ」
「それにはボクから答えようか」
みんなが声の主を探してドアの方を向くと、一度見たら忘れないであろう神々しさと可憐さを兼ね備えた少女が不敵な笑みを浮かべていた。
「「「「「か、神さまぁ!?」」」」」
約1名を除き、クラスを驚きが包んだ中で藤野がひっそりとため息を吐いた。
次話の投稿日は未定です。




