七日目 2 彼と彼女
「あー、怒られた怒られた」
言いながら階段を下りてきた旭様は、巫女殿の広間の卓に座ると頬杖をついた。
「祭を私物化するとは言語道断、って何回も何回も! 覆蓋神は慈しみと育みの神よ? 恋のためなら喜んでお許しくださるわよ」
志はともかく、手段についてはわたしも巫女守と同意見だ。
けれど旭様が邪竜役の直前での変更などという無茶をなさったのはわたしのためを思ってのことであり、わたしは黙ってお茶を差し出した。
「ありがと」
旭様は頬杖をついたまま器を口に運ぶ。
「旭様、お行儀が悪いですよ。何でもヴェンツェル様のお国は、礼儀作法に厳しいことで有名だとか」
旭様は嫌そうに頬杖を外した。
「……選択を間違ったかしら」
「ええと、色々と凄い……もとい、素晴らしい方だと思いますよ」
わたしもヴェンツェル様に助けてもらったことがあるので肩を持とうとしてみたが、旭様は更に嫌そうに黙り込んでしまった。
わたしは慌てて話題を変える。
「そういえば旭様、祭でのこと、ありがとうございました。まだちゃんとお礼を申し上げていなかったと思いまして」
言った途端、旭様が復活した。目を輝かせ、身を乗り出してくる。
「いいのよ気にしないで全然。巫女守には怒られたけれど。で、あの後リクハルド様と話したの?」
「いえ、奉納剣舞の片付けですとか、裏方ですとかの仕事がありましたので」
答えながら不安が過ぎった。そういえば素の姿で会ったのはあの舞台の上が初めてだ。どう思っただろう。それ以前に、わたしと分かっていただけたのか。
考えが暗い方に向いてしまう。わたしの思考を読んだのか、旭様は「ふふん」と鼻を鳴らした。
「そんなことだろうと思って、こちらにお呼びしておきました。リクハルド様!」
旭様はぱんぱんと手を叩く。すると小部屋につながる扉が開き、リクハルド様が困ったような表情で姿を現した。
「巫女姫、だから、男子禁制なのでしょう、ここは」
旭様は唇をとがらせた。
「それ以上つまらないことをおっしゃると、本当に叩き出しますわよ。リクハルド様、もっと他に言わなければならないことがおありでしょう」
リクハルド様は旭様とわたしを交互に見ると、意を決したようにわたしの方へ近付いてきた。わたしは思わず立ち上がる。
「新月」
ささやくような声音。その声で初めて聞く、わたしの名。何だか全身が熱くなる。
「俺が求婚したのは、あなただ。取り消す気はない。どうか、改めて返事をくれないだろうか」
「……そんな」
知らず知らず後ろへ下がろうとした足が、椅子に当たって体勢を崩す。尻もちをつきそうになって、力強い腕に支えられた。そのまま抱き上げられ、視線の高さが合う。
「新月」
再び呼ばれ、わたしはたまらなくなってリクハルド様の首にしがみついた。小刻みに幾度か頷く。
「――はい、お受け……します」
柔らかかった腕の力が増す。痛いくらいに。
檻から解き放たれたウサギが、胸の中で嬉しげに踊っている。
わたしはリクハルド様の首筋に顔を埋めたまま、少しだけ泣いた。