第一話「ガチャを回す夜」
桐島陸のアパート 午後九時すぎ
仕事が終わったのは九時を過ぎたころだった。
モニターを閉じて、椅子の背もたれに体を預けた。今日は設計書を書いていた。難しくはないが、言葉を選ぶ作業は時間がかかる。
でも今夜だけは、定時で切り上げると決めていた。
午前零時、新作VRMMO『エターナル・クロス:異界転生』のサービスが始まる。
コーヒーを淹れていると、チャイムが鳴った。
開けると、隣の部屋の住人が立っていた。
朝倉柚希。看護師、二十六歳。越してきた日に挨拶に来て、以来なぜか定期的に飯を持ってくる。
今日はビニール袋を一つ。
「コンビニで買いすぎた」
「どのくらい」
「二人分くらい」
「一人暮らしで」
「レジで気が大きくなった」
いつも言い訳のバリエーションが違う。でも毎回「多く作りすぎた」か「買いすぎた」で終わる。
「入れ」
テーブルに並んだのはおにぎりとサラダチキンと春雨スープだった。
二人で食べながら、柚希が言った。
「今夜ってゲームの日でしょ」
「よく覚えてるな」
「毎週聞こえてくるから。笑い声が」
「うるさかったか」
「ううん、好き。帰ってきたとき、隣が賑やかだとほっとする」
さらっと言った。
陸はおにぎりを一口食べながら、「そうか」とだけ答えた。
「今日は特別なの?」
「新しいゲームが始まる。ずっと一緒にやってきたメンバーと」
「何人いるの」
「五人」
「仲いいんだね」
「四年になる」
柚希が少し目を丸くした。
「四年。ゲームで知り合って?」
「そう」
「すごいな」
すごい、という言い方が馬鹿にしている感じじゃなかった。純粋にそう思っている言い方だった。
食べ終わって、柚希が立ち上がった。
「じゃあ邪魔しないようにする」
「別に邪魔じゃない」
「零時まで付き合ってあげたいけど、明日早いから」
「ゆっくり休め」
「ゲーム、楽しんでね」
玄関に向かいかけて、振り返った。
「ねえ、職業って何になるの?」
「ランダムで決まる。選べない」
「ハズレを引いたら?」
陸は少し間を置いた。
「やってみないとわからない」
「そっか」と柚希は言った。「ハズレでも面白そうじゃない。工夫しなきゃいけないから」
扉が閉まった。
陸はコーヒーを飲みながら、その言葉を少し頭の中に置いた。
ハズレでも面白そうじゃない。
的外れじゃない言い方だと思った。
午後十一時四十分
ヘッドセットを装着してDiscordを開いた。
チャンネルはすでに賑やかだった。
深夜の集会
桐島陸 :入った
影狼 :遅い
桐島陸 :零時まで二十分あるぞ
影狼 :気持ちの問題
白雪姫じゃないよ :気持ちで時計は早まらない
ドラゴンマスター見習い:ドラゴン系の職業あるかな
白雪姫じゃないよ :あると思う
ドラゴンマスター見習い:あってくれ頼む
静かな爆弾魔 :……
ドラゴンマスター見習い:静なんか言って
静かな爆弾魔 :あるといいね
ドラゴンマスター見習い:他人事すぎる
桐島陸 :ハルは
影狼 :まだ
白雪姫じゃないよ :まだ
静かな爆弾魔 :……まだ
田中宗介。幼なじみ。前衛担当で口が減らない。
安藤雪乃。大学院生。回復職のエース。口が悪いが腕は一番信頼できる。
橘大和。体育会系。ドラゴンへの執着が四年間ブレない。
山本静。無口。でも一言が重い。
そしてもう一人——
零時まで残り十分のところで、入室音が鳴った。
「ごめんごめん! 充電切れてた!!」
「ハルだ」「ハルだ」「ハルだ」「……(ハルだ)」
全員の声が揃った。
「毎回それだぞ」と宗介。
「毎回本当のことだから仕方ない!」
「充電くらい管理しろ」と雪乃。
「忘れるんだもん」
「……前作のサービス開始のときも同じだった」と静。
「え、そうだっけ」
「そうだった」と陸。「あのときは三分前に来た」
「覚えてるの!?」
「覚えてる」
花村春香。社会人二年目。前作では斥候。場の空気を明るくする。それは才能だと思っている。
五人が揃った。
零時まで残り三分。
「緊張してきた」とハル。
「する必要ない」と雪乃。
「いや、するだろ普通」と宗介。
「……少し、する」と静。
「大和は?」
「ドラゴンのことしか考えてないから余裕ない」
「それはそれで心配だぞ」
カウントダウンが始まった。
十、九、八——
「行くか」
二、一——
ETERNAL CROSS:異界転生
―― サービス開始 ――
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ゲーム内:白い空間
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光の中に落ちる感覚があって、気づけば白い空間に立っていた。
少し離れたところに四人の姿があった。全員バラバラにスポーンするかと思っていたが、同じ場所に出た。
「揃ってる」と大和。
「ギルド設定のおかげかな」とハル。
目の前に石版が浮かんでいた。高さ三メートルほど。古い石造りで、表面に文字が刻まれている。
転生者よ
汝の天職を、ここに授けん
刻印に手を触れよ
「順番どうする」と宗介。
「じゃんけん」
四回かかって、順番が決まった。雪乃、大和、静、ハル、宗介、陸の順だった。
雪乃が石版に触れると、白銀の光が広がった。
【安藤雪乃】
職業:聖女
希少度:★★★★★
スキル:《完全回復》《聖域展開》
```
「……悪くない」
「最高レアじゃないか」と宗介。
「最高だと思ったら油断する」
「武道家みたいな発想だ」
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大和が触れると、深紅の光。
```
【橘大和】
職業:竜騎士
希少度:★★★★☆
スキル:《竜鱗防壁》《竜炎放射》
```
「……DRAGON!!!!!!!!!!!!」
「うるさい」「うるさい」「……(うるさい)」「うるさーい!」
大和はその場で両膝をついた。本気で感動している。
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静が触れると、漆黒の光。
```
【山本静】
職業:無詠唱魔導師
希少度:★★★★☆
スキル:《瞬間詠唱》《魔力過負荷》
```
静は無言でガッツポーズをした。
「テンション上がってるじゃないか」と宗介。
「……上がっていない」
「今ガッツポーズしてた」
「……していない」
全員が見ていた。
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ハルが触れると、翠色の光。
```
【花村春香】
職業:影踏み師
希少度:★★★☆☆
スキル:《気配遮断》《影移動》
```
「やった! 前作と似た感じ! 動き回れる!」
「お前は何引いても同じことやりそうだな」と宗介。
「それほめてる?」
「ほめてる」
「よかった!」
宗介が触れると、金色の光。
【田中宗介】
職業:剣聖
希少度:★★★★☆
スキル:《神速斬》《無双剣技》
```
「よっしゃあああ!!!」
ガッツポーズしながら陸の肩を叩いてくる。
「良かったな」
「陸も絶対いいの出るって!」
最後に陸が石版に触れた。
光が出た。
でも、色がなかった。
灰色の、くすんだ光が揺れた。やがて文字が浮かぶ。
```
【桐島陸】
職業:魔物使い
希少度:★☆☆☆☆
スキル:《テイム》
備考:戦闘能力なし
沈黙。
「……陸」と宗介。
「テイマーか」
「そう」
「……戦えなくないか」
「そう」
「まあ! 強い魔物を手懐けたら強くなれるんじゃないかな! たぶん!」とハル。
「たぶん、のところが正直だな」
「ごめん、自信なかった」
雪乃は何も言わなかった。
静も何も言わなかった。
大和だけが、スキルの説明を覗き込んで言った。
「……下の方に何か書いてある」
陸はスキルの詳細を開いた。
```
【スキル:テイム】Lv.1
効果:魔物に服従を促す
成功率:対象の戦闘力に反比例
失敗時:対象が怒り状態になる
※テイムした魔物の能力値は
使役者のステータスに全て加算される
上限:設定なし
```
全員が、最後の二行を読んだ。
「上限なし」と宗介。
「……設定なし」と静。
「つまり強い魔物をテイムすればするほど、全部積み重なる」と雪乃。
「理論上は」と陸。
「どこまで行けるかわからない」
「わからない」
陸はメニューを閉じた。
「まあ、やってみる」
それだけ言って、石版の前から一歩踏み出した。
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◆ END:株式会社クロスリンク 第二開発室 午前零時すぎ
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サービス開始から十五分。
夜間監視担当の木村こはるはモニターを確認していた。接続数、サーバー負荷、エラーログ。全部正常だった。
一箇所を除いて。
管理AIのログ画面。通称「アルテ」。このゲームの世界を管理するAIだ。天気、魔物の動き、NPCの行動、全てをリアルタイムで処理している。
そのアルテが、こんなことを書いていた。
```
[ARTE_LOG 00:15:44]
注目プレイヤーを検出
ID:00847 桐島陸
職業:魔物使い(最低レア)
分析:
戦闘能力 :ゼロ
スキル :《テイム》のみ
上限設定 :なし
このスキル構成で何をするか
演算モデルに存在しないパターンです
観測を開始します
隣のデスクで、チーフエンジニアの三浦啓介がコーヒーを飲みながらログを見ていた。
「三浦さん」
「見てる」
「アルテが特定のプレイヤーを自分で観測対象にしました」
「した」
「これって普通ですか」
「普通じゃない」
三浦はキーボードを叩き始めた。
「ただ、止める必要があるかどうかはまだわからない。全部記録しろ」
「わかりました」
こはるはコマンドを打ちながら、桐島陸のプレイヤーログを横目で見た。
最低レアの職業を引いたプレイヤー。
今は一人で、ゲームの世界の入口に立っている。
次回予告:第二話「名前のない子」
ギルドメンバーより少し早く森に入った。
理由はうまく説明できない。でも、何かがいる気がした。
木の根の間に挟まって、小刻みに震えている小さな生き物を見つけた。
金色の目だった。
◆ アルテの独り言
```
[ARTE_LOG]
桐島陸がゲームの世界に踏み出した
他のプレイヤーは
スキルや装備を確認してから動く
桐島陸は
「まあ、やってみる」と言って動いた
理由が演算できない
観測する
```




