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特別再清掃社・告知事項アリ  作者: 渡辺河童


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10/10

10:残っている場所

戸田と連絡が取れなくなった。


折り返しはない。


着信もない。

発信しても、繋がらない。

呼び出し音だけが、続く。


一定のリズムで。

変わらず。


生きているのか。


それとも。

もう。


分からない。


「……どうしますか」


高橋が言う。


事務所のドアは、開けていない。


あの中には、まだ“残っている”。


見なくても分かる。


気配が、漏れている。


壁越しに。


「……次、行くぞ」


墨田は言った。

それしかない。


止める方法がない以上。


現場に行くしかない。


――――だが。


今回から違う。


もう。


“誰かが処理してくれる”ことはない。


戸田はいない。

あの声も。

あの理解も。


ない。


残っているのは。

現象だけだ。


マンションの前で、足を止める。


前と変わらない外観。


だが。


空気が違う。


軽い。


異様に。


抜けすぎている。


「……ここ」


高橋が言う。


「なんか、変です」


「分かってる」


短く答える。


前の現場のような圧はない。


だが。


何もないわけでもない。


何かが残っていない状態が残っている。


矛盾した感覚。

それが、ここにある。


ドアを開ける。


空気が流れる。


軽い。


だが、奥に引っかかる。


何かが。


あるのに。


ない。


入る。


床。


壁。


天井。


正常。


――――だが。


視界の端で、何かがずれる。

形が、揺れる。

固定されていない。


「……袋、ないですね」


高橋が言う。


「ああ」


ない。


だが。


だからこそ、分かる。


ここは袋の先だ。


押し込められたものが、解けたあとの状態。


形を失ったもの。


定まらないもの。


「……出てるな」


小さく言う。


「え?」


「全部、外に出てる」


その瞬間。


壁が、揺れた。


ゆっくりと。


歪む。


奥行きが、伸びる。


本来ない距離が生まれる。


「……墨田さん」


声が遠い。


距離が変わる。


位置がズレる。


空間が、固定されていない。


床が沈む。


感覚だけが落ちる。

身体はそのまま。


だが。


位置が変わる。


別の部屋にいる。


同じ形。

少しだけ違う。

ズレている。


重なっている。


「……増えてる」


部屋が、複製されている。


現場が、一つじゃない。

いくつもある。


重なっている。


干渉している。


「……これ」


高橋の声。


「閉じ込められてるんじゃなくて」


一瞬。


「広がってます」


その通りだった。


収まっていない。

拡散している。

止まらない。


そして。


中央に、それは現れる。

形になりきっていない“何か”。

揺れている。


定まらない。


だが。


こちらを見ている。

はっきりと。

墨田は、息を吐いた。


理解する。


ここから先は。


誰もやっていない領域だ。


戸田も。


いない。


だから。


自分でやるしかない。


「……来い」


静かに言う。


その言葉に。

空間が反応する。

揺れる。

収束する。


“それ”が、近づく。


形を持とうとする。

人の形を。


だが。


崩れる。

維持できない。


何度も。

繰り返す。


「……決まってないのか」


その言葉に。

止まる。


一瞬。


完全に。


理解している。


まだ。


決まっていない。


だから。

どこにも属さない。


だから。


広がる。


「……なら」


一歩、前に出る。


空間が歪む。


それでも進む。


「決めろ」


その瞬間。


形が強制される。


無理やり。


人の形に。


固定される。


空間が戻る。


一つの部屋に。

正常に。


そして。


“それ”が立つ。


顔のない、人の形で。

静かに。


止まる。


初めて。


だが。


数秒後。


顔が、歪む。


内側から、何かが出る。


形が崩れる。


「……違う」


声が出る。


低く。


「……これじゃない」


その瞬間。

すべてが崩れる。


再び。


増える。

広がる。

止まらない。

墨田は、動かなかった。


理解している。


これは。


 “与える”だけでは止まらない。


――――なら。


「……選べ」


静かに言う。

委ねる。


その瞬間。


すべてが止まる。


空間が固まる。


時間が止まる。


そして。


“それ”が、こちらを見る。

はっきりと。

今までで初めて。

明確に。


向けられる。


その視線は。


選ぶ側のものだった。

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