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特別再清掃社・告知事項アリ  作者: 渡辺河童


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9/9

09:計算と死

 戸田正隆は、変わらなかった。


机の上に並ぶ資料。

物件の一覧。

価格の推移。


数字は、正確だった。

下がっている。

予定通りに。


「……問題ない」


小さく言う。


あの現場の件は、例外だ。

処理方法を誤っただけ。

構造は理解した。


押し込めるのは不完全。

解放も不完全。


――――ならば。


利用する。

それが最適解だ。


戸田は、新しい物件の資料を開く。

古いアパート。

一階。

単身者向け。


住人は、すでに決まっている。


保証人なし。

収入不安定。

孤立。


条件は、十分だ。


「……三ヶ月」


呟く。

この条件なら、それくらいで“落ちる”。


価値が。

自然に。

事故として。


それでいい。


それが最も効率がいい。

戸田は立ち上がる。


現地確認。

それも仕事の一部だ。


夜だった。


アパートは静かだ。

明かりが一つだけついている。


目的の部屋。

音は正確だった。

遅れない。

現実の音。


ドアの前に立つ。

ノックはしない。


鍵は、すでにある。

回す。

開ける。

中に入る。


男がいた。

床に座っている。

酒の匂い。

部屋は荒れている。


「……誰だ」


男が顔を上げる。

戸田は答えない。


ただ、部屋を見る。


配置。

導線。

段差。

転倒しやすい位置。


確認する。


「……いい条件だ」


小さく言う。


「何言ってんだ……出てけ」


男が立ち上がる。


ふらつく。

足元が不安定だ。

戸田は一歩下がる。


視線は外さない。


見ている。

ただ、見ている。


男が歩く。

一歩。

そして。


――――足を滑らせた。


体が崩れる。

後ろへ。

テーブルにぶつかる。


そのまま。

頭を、強く打つ。

音がした。

鈍い音。

動かない。

呼吸が、止まる。


――――静寂。


戸田は、近づかない。

確認もしない。


必要がない。


「……これでいい」


低く言う。


事故だ。

自然な。


誰にも疑われない。


価値は落ちる。

確実に。


戸田は、部屋を出る。


ドアを閉める。


その瞬間。

違和感があった。


空気が、重い。

さっきまでと違う。


わずかに。

何かが、増えている。


戸田は振り返る。

廊下。


誰もいない。


だが。


床に、何かがある。


白いもの。

袋だった。


一つ。


さっきまで、なかったはずの場所に。

戸田は、それを見つめる。


結び目。

整っている。


無駄がない。


同じだ。


「……早いな」


小さく言う。


だが、動かない。


慌てない。


理解している。

これは。

結果だ。


ただの。

現象の。

反応。


戸田は、袋を踏みつけた。


音が止まる。

一瞬だけ。


――――静寂。


そして。


カサ。


背後で音がした。

振り返る。

廊下の奥。

袋が、もう一つ。


増えている。


さらに。


また一つ。


また一つ。


増える。


並ぶ。


廊下を埋める。


道が、消える。


戸田は、動かなかった。


「……偏りが早い」


分析する。


まだ、余裕がある。


対処可能だ。

そう思った。


そのとき。


音がした。


裂ける音。


一つの袋が、破れる。


内側から。

無理やり。


裂ける。


中から。

出る。


白ではない。


――――赤。


濡れた色。


手が出る。

人の手。


だが。


関節が、逆に曲がっている。

皮膚が、裂けている。

骨が見えている。


それが、這い出る。


袋から。


ゆっくりと。


もう一つ。


また一つ。


すべての袋が、裂ける。

中身が、出る。


形になりきれなかったもの。

押し込められていたもの。


――――歪んだ人の残り。


廊下が、埋まる。


音が重なる。

這う音。

擦れる音。

骨の音。


戸田は、一歩下がった。


距離を取る。

だが、遅い。

近い。


すぐそこまで来ている。


「……違う」


小さく言う。


「これは」


一瞬、間。


「想定していない」


その瞬間。

腕が伸びた。


異常な長さで。


戸田の足を掴む。


引く。


倒れる。


床に叩きつけられる。


衝撃。


息が詰まる。


次の瞬間。


覆いかぶさる。

複数。


重なる。


押さえつける。


動けない。


口が開く。

溢れた血で声が出ない。


顔に、何かが触れる。


冷たい。


湿っている。


そして。


裂ける。


皮膚が。


引き剥がされる。


音がする。

肉が裂ける音。

骨が擦れる音。


声が出る。


「ごふっ……た、たすけ……ッ」


だが。


すぐに消える。

喉が、潰される。


視界が歪む。


突然視界を白いものが、覆う。


袋。


内側から。

引き込まれる。


身体が。

折れる。

曲がる。


押し込まれる。

無理やり。

形を変えられる。


狭い空間に。

収まるように。


結ばれる。


強く。

無駄なく。

完全に。


音が止まる。

静寂。

廊下には、何もない。


ただ。


一つの袋だけが、残っていた。


きれいに結ばれている。

整っている。

完璧な形で。


そして。


わずかに、動いた。


内側から。

カサ、と。


音がした。


その結び目は。


さっきまでよりも。


ほんの少しだけ。


丁寧に、結び直されていた。

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