6.肥溜め令嬢の試練
推敲してませんがアップします!
※11/30修正しました。
「お、俺ことスプラウト公爵家が四男、ドノヴァン・スプラウトは、こ、ここにいるローレナ・トファ男爵令嬢と、このたび婚約が整いました!し、式は来月ですます!」
ドノヴァン様の言葉で、会場にはワアッと歓声が上がりました。
……卒業パーティー開会の挨拶をスティングレー様が述べ、デビュタントのために列席された国王陛下が乾杯の音頭を取られたあと、華やかな宴が始まりました。
爵位が下の者から陛下に挨拶をし、お言葉を賜わってから、めいめいにダンスや飲食、おしゃべりに花を咲かせます。
婚約が決まっているカップルは2、3組おり、挨拶の際に二人並んで、国王陛下に報告申し上げておりましたわ。
そして、トリを務めるドノヴァン様が、ローレナ嬢と肩を並べて、顔を真っ赤にさせながら婚約宣言したことで、会場のバイブスはアゲアゲです。
うん、ドノヴァン様、こういう場では俺じゃなくて私と言うべきですし、噛みすぎですし、敬語もアレでしたけど、国王陛下がにこやかにしておられたので、まあ万事オッケーですわね。
このとき、スティングレー様が手招きして、他の婚約カップルも壇上に上げたので、会場全体から割れんばかりの拍手が巻き起こりました。
皆様それぞれ幸せそうに、または恥じらいながら祝福を受けられていましたわ。
きっと、彼らの一生の思い出になることでしょう。
……ふふっ、ほぼ同じシチュエーションで、婚約破棄を告げられた記憶があるわたくしは、胃の上のあたりがしくしく痛んでおりましたけどね……。
「どうしたプリィ、顔色が悪いな」
「な、なんでもありませんわ」
お父様相手に作り笑いをして、なんとか凌ぐわたくしでした。
いくら胃が痛くても、まだ会場を辞することは許されません。
このあと、国王陛下が卒業生全員に祝辞を述べ、卒業生代表として、わたくしとスティングレー様が礼をするという、最後のお役目が残っておりますの。
礼と言っても、一歩前に出て跪礼をするだけなのですが、緊張しますわね……。
それが終って国王陛下が退出されれば、堅苦しい式典は終わり、ほぼ無礼講のパーリーナイツの始まりですわ。
まあご親族がいらしてますので、せいぜい午後8時でお開き、アルコールも度数の低いものしか提供されませんが……。
しかし、高等部に進まず、パーティーのあと領地に戻られる下位貴族の方にしてみれば、最後の上位貴族との交流会になります。
「ラノーバ侯爵令嬢、よろしければこのあと、僕とダンスを!」
「いいや、私と!」
会場に入ってから今まで、何人かの下位貴族の令息に話しかけられましたわね。
中には嫡男もいらっしゃるので、あわよくば侯爵家の末娘を嫁に貰い、多額の持参金と第二宰相とのコネを手に入れたいのでしょう。
うん、皆さん、お父様に一睨みされたら、サッと顔色を悪くして立ち去られましたけどね。
もちろん女性陣も負けておらず、果敢に高位貴族令息にお誘いをかけている令嬢もいらっしゃいました。
……しかし、子爵令嬢や男爵令嬢が、スティングレー様に列を成すのは、ちょっと無茶だと思いましたわ。
彼は高位貴族というより、準王族です。
きっと、地獄のように厳しい嫁入り基準が設けられているはず。
そもそも、発表に至らないまでも、既に何人か婚約者の目星はついていることでしょう。
そこに、下位貴族の令嬢が一発逆転を狙って言い寄っても、色良い返事が返ってくることはまずありませんわね……柔和な笑顔で断られているうちに、引き下がってくれればよいのですが……。
ちなみにわたくしは、スティングレー様だけはご遠慮申し上げたい所存ですわ……お姉様の件で目を付けられているし、隙を見せないようにするだけでいっぱいいっぱいですしね……。
(お父様がどのように考えているかはわかりませんが、これまでの我が家の動きから考えると、親王家派の侯爵・伯爵あたりとの縁談が取り持たれそうですわね……)
どのようなお相手であれ、お父様が命じた婚約ならば、粛々と受け止め、今度こそ良好な関係を保つよう、努力しなくてはなりませんわ。
目指せ!脱・肥溜めor絶縁エンド!
高等部卒業までは、まだまだミッションは続くのですわ!
「卒業生の諸君、大義であった。領地に帰る者、高等部に上がる者、皆それぞれ誇りを持って、日々精進してほしい。今日は心ゆくまで楽しんでゆくがよい。第36期貴族学園中等部卒業生の前途に、幸あらんことを!」
国王陛下が祝辞を述べられ、壇上に用意されていた席を立たれました。
「ありがたきお言葉。卒業生一同、恐悦至極に存じます」
スティングレー様が朗々とお答えします。
それを合図に、わたくしとスティングレー様が跪拝し、後方の卒業生が敬礼をいたしました。
わたくしたちが代表ですので、後方の卒業生は敬礼でオッケーですわ。
資金に乏しい下位貴族の方の衣装が汚れないように、という配慮でもあります。
さて、あとは国王陛下が会場から退出されたれれば、楽しいパーティーの始まりでした。
……始まるはず、だったのですが。
「……そうそう、忘れておった。ラノーバ侯爵令嬢、そなたに伝えるべきことがあったのだった」
ついでとばかりに、国王陛下がわたくしに話しかけました。
え?こんな場面で、突然何を仰せに……?とわたくしが困惑していますと、隣で跪いているスティングレー様が、小さく呻かれました。
目線を彼の方に動かしますと……眉を寄せ、不快げにされています。
いったい、何が……?
「恐れながら申し上げます、国王陛下。そのお話なら、後日公布するはずでは」
会場の後方から、聞き慣れたよく通る男性の声が響きました。
(お父様?どういうことですの?)
頭を上げる赦しが出ていないため、わたくしは俯いたまま、ひたすら混乱しました。
「よいではないか、第二宰相よ。発表が数日早まるだけだ」
どこか楽しげにおっしゃる陛下。
制されたお父様は、それ以上声を上げませんでした。
……なんにせよ、ヤバい臭いしかしないのですけど……。
「連れてまいれ」
国王陛下が何事かを部下に命じられ、サワサワと人が動く気配がしました。
緊張にわたくしの体が強張った時、国王陛下は、こうおっしゃられました。
「一同、顔を上げい」
やっと陛下のお許しが出たので、わたくしたちは顔を上げました。
壇上には、国王陛下の隣に、幼児を抱え上げた乳母らしき女性が立っています。
年の頃2、3歳といったところでしょうか。チュバチュバと親指を吸いながら、こちらを見ていました。
で、この幼児が、何だと言うのでしょう?……と、わたくし含め卒業生がキョトーンとしておりますと、
「プレッツェル・ラノーバ侯爵令嬢。そなたに、この第一王子テュルキースとの婚約を申し付ける」
…………………………は?
何て?今、何て?
…………おかしいわね、こくおうへいかのおっしゃることが、なにひとつあたまにはいってこないのだけれど。
「かしこまりました、国王陛下。第一王子殿下と我が娘、プレッツェルとの婚約、謹んでお受けいたしまする」
真っ白になってしまったわたくしの横に、いつの間にかお父様がいらして、代わりに答えられました。
「うむ、苦しゅうない。正式な顔合わせと発表は後日とする。テュルキースはそろそろおねむの時間なのでな」
国王陛下はフォッフォッと機嫌よく笑いながら、乳母から幼児……もとい、テュルキース王子殿下を受け取り、愛おしそうに抱き上げます。
「じーじ!うんこー!」
幼児特有のあどけない声が響き渡りました。
「フォッフォッフォッ、うんこか、そうか!くちゃいくちゃいの出たかなー?というわけなので、あとはよろしく頼んだぞよ」
……そうして、終始にこやかな国王様は、王子を抱っこしたまま、お供の者を引き連れて、会場から去りました。
「……陛下……そう来られましたか……」
小さくつぶやくスティングレー様の声が聞こえました。
会場に残された面々は、ドアがバタンと閉まると同時に、一斉にざわつき始めます。
「……テュルキース王子殿下は、今年おいくつにおなりでした?」
「確か、3歳になられたばかりのはずですが……」
「ラノーバ侯爵令嬢は今年15歳……12歳差?!」
「殿下が成人されてから式を上げるとしても、あと10年はあるじゃないか!」
囁かれる声のひとつひとつが、呆然としているわたくしのハートにグサグサと突き刺さります。
「プレッツェル様!これはいったい……」
真っ先に駆けつけてくれたのは、ローレナ嬢でした。
「トファ男爵令嬢。これは王家と我が侯爵家の問題だ。貴女が口を差し挟むことは許されぬ」
すかさずお父様が牽制します。
ローレナ嬢はぐぬぬと口をつぐみました。身分的に、彼女は控えざるを得ません。
「第二宰相閣下。我が大公家の申し入れは、聞き入れていただけなかったようですね」
スティングレー様が、険のある物言いでお父様に迫りました。
「大公令息、何事にも順序というものがございます。国王陛下の勅命であれば、すべてを差し置いても優先されて然るべきでありましょう」
老獪な笑みを浮かべて、お父様は答えました。
スティングレー様がいかに優れていようと、海千山千のお父様には叶いません。
ここでわたくしが正気を保っていれば、「スティングレー大公家の申し入れって何だったんだろう?」と疑問に思ったでしょうが、あいにく思考能力が停止しておりました。
「大公令息、我が娘は光栄なお話に舞い上がっている様子。畏れ入りますが、これにて下がらせていただきます」
お父様に会釈をされ、スティングレー様も口を閉ざされたようです。
(なんということでしょう……肥溜めエンドを防いだら、トイレトレーニング真っ最中の、うんこ王子エンドが待っていたとは……!)
硬直したわたくしは、そのあとのことをよく覚えておりませんわ……。
まだ続きます。
よろしくおねがいします!