7.肥溜め令嬢の詳細(前編)
遅れてすいません……。
「テュルキース王子は、第2王子殿下のお子だ。王太子ご夫妻にはまだ男子がおられないので、王位継承権は3番目となられる」
卒業パーティーを中座して、とっととおうちに帰ってきたわたくしは、部屋着に着替えさせられ、お父様の書斎に呼ばれておりました。
精神安定効果のあるハーブティーが供されましたが、飲むどころか香りもよくわかりません。
「王太子ご夫婦の元に男子が生まれれば、継承順位は下がっていくが……喜べ、プリィ!これでお前は、公式発表後は準王族だぞ!」
ハッハッハと愉快に笑い声を上げられるお父様。
向かいの席で、わたくしはひたすら、ハイライトの消えた目で、カップのお茶の湯気を見つめておりました。
「…………あの、よろしいですか、お父様……」
カラカラに乾ききった喉からかすれた声をひり出して、わたくしはお父様に問いました。
「なんだね?プリィ」
「……あの、これは、いったいどういうことなのでしょうか?これからわたくしは、どうしたら……?」
思ってもみなかった婚約話。
まさに寝耳に水。
国王陛下とお父様、それとスティングレー様だけが、詳しい事情を知っておられるようですが、わたくし、ひとっつも聞いておりませんわ……。
お父様は手にしていたカップをソーサーに戻して、おもむろに足を組まれました。
それから、わたくしを真顔で見つめます。
「……以前も少し話したが、全ての始まりは、お前の姉のアンナマリーが仕出かした不祥事だ」
氷のような瞳で、お父様は話し始めました――。
「そもそも我々古代王朝の血を継ぐ一族は、薄まってしまった現王朝との血の繋がりを取り戻すことを悲願としてきたのだ」
◇◇◇◇◇
古代王朝と現王朝との血縁を結ぶために――
ラノーバ侯爵家と、お母様の実家のアンカース侯爵家は、古い血統の一族同士で、婚姻を結びました。
そして、当時の王族の子供と重なるように、計画的に子作りをし、生まれたのがアンナマリーお姉様です。
ふたつの侯爵家が結託してお膳立てをし、お姉様は、当時の第二王子殿下との婚約が整いました。
念願だった王族との縁、それも状況によっては国母となりえる娘が一族から輩出されたことにより、両家は浮かれさざめいたそうです。
……で、ここまでは順調だったのですが。
「高等部に上がる直前だったか……突然アンナはこう言い出したのだ。――『自分はこの世界の主人公だ』と」
――以下、長くなりそうなので、箇条書きで行きますわ。
『自分はこの世界の女主人公になるために生まれてきた』
『この世界は自分のためにある。全ては自分の思い通りになる』
『同じ学園の複数のイケメンの生徒に求婚され、溺愛される』
……などと、意味不明な供述をしており……。
ブエエエエエ。
これはアウトですわ……アンナお姉様、いったい何がどうされたというのですか……?
何か悪いものでも召し上がったのでしょうか……。
「始めは、厳しすぎる王子妃教育のせいで、心神耗弱に陥ったと考えた。もともと見てくれは良くても、頭は藁屑以下の娘だったからな。王家もアンナの状態を慮って、1ヶ月ほど教育を免除する許可を出した。だが……」
お父様の眉間に皺が寄りました。
「こともあろうに、アンナは学園で王太子殿下に言い寄り始めた」
わたくしの喉がヒュッと鳴りました。
第2王子殿下という立派な婚約者がいらっしゃる身でありながら、なんてことを……!
「さらにアンナは、第一宰相閣下のご子息、騎士団長のご子息、果てにはスティングレー大公家の分家のご子息まで食指を伸ばした。全員婚約者持ちだ」
グエエエエエ。
お姉様、ツーアウトです。
完全にアウトです。
特に王太子殿下の婚約者は、現王太子妃殿下のルティーネ様です。
彼女はモントシャイン公爵家……うちより格上のおうちのご令嬢ですわ……!
「方方から苦情や警告を受け、私はすぐさまアンナを学生寮から侯爵邸に呼び戻した。そして、どういうつもりだ?と詰問した。……アンナは、なんと答えたと思う?」
そうおっしゃるお父様は、もはや半笑いでした。
『ご安心ください。わたくしは王太子妃、ゆくゆくは王妃になりますわ。そうしたら、騎士団長子息は護衛騎士、第一宰相子息は執事、大公家分家子息は侍従といたします。ね?何の問題もないでしょう?』
……そう言って微笑むお姉様は、天使のように美しかったそうです。
はい、アウト〜。
9回裏スリーアウト!試合終了ですわ!
ウウ〜〜〜!
↑わたくしの脳内に、サイレンが響き渡ります。
「とりあえず、全力で揉み消した。幸い、話は学園の外に出ていなかったからな、当事者との『話し合い』だけで済んだ。この段階で第2王子殿下との婚約は解消された。表向きは王子妃教育についていけず、脱落したということになっている」
……この『話し合い』で、どれだけの金銭や、何らかの権利が動いたのやら……。
王族と婚約で揉めたとは伝え聞いておりましたが、想像していたより酷いことになってました……。
「ここで下手にアンナを修道院などに送り込めば、余計な憶測を呼ぶのでな。アンカース侯爵家の縁者である、ミルコメレオ伯爵家令息との『純愛物語』を演出して、王都から追放……もとい、嫁に出した」
お姉様が学園に在席できたのは、高等部2年の1学期まででした。
もっとも、1年の後半から、家庭学習という名目で、ミルコメレオ伯爵邸に軟禁されていたそうですが……。
そのあとは、初夏生まれのお姉様の17歳のお誕生日に、伯爵領で結婚式を挙げて……うん、今思えば、親族しかいない、こじんまりとした式でしたわ。
お姉様もお義兄様も、友達のひとりも呼んでおられなかった……。
カルフお兄様とソファアお義姉様の華やかな結婚式とは、比べるべくもございませんでした。
「お姉様は……アンナお姉様は、今はどうお過ごしなのでしょうか……?」
恐る恐る尋ねますと、お父様は寂しげな瞳で、わたくしを見つめられました。
「今はだいぶ落ち着いている。一時期のように、自分は王妃だ!城に帰せ!と暴れることもなくなったな。だがまだ面会は控えろ、下手に刺激して、また騒ぎ出しては困る」
ああ……。
お姉様はある意味、わたくしより絶望的なエンドを迎えられたのですね……。
「――それで、なぜそれが今回のお前の婚約に繋がったか、という話だったな」
はっ、そうですわ。
そのお話を聞くために、疲れた体に鞭打って、わたくしはここにいるのでしたわ。
完結に向けてがんばります。
よろしくおねがいします。




