3.肥溜め令嬢の真相
続きです。
本日は3話まで投稿しました。
「教養、マナー、ダンス……。フフッ、もうわたくしを肥溜め令嬢などと呼ぶものはいませんわね……!」
お部屋の姿見の前で、わたくしは優雅なカーテシーをキメました。
うん、完璧。どこからどう見ても、気品ある高位貴族の令嬢ですわ。
鏡に向かい、わたくしは満足げな笑みを浮かべました。
巻き戻り前の自分に、今のわたくしを見せてあげたいほどですわ。
今年、13歳から6年通う貴族学園に入学すれば、またあの小娘……ローレナ・トファ男爵令嬢が、中等部3学年の途中から編入してくるでしょう。
でも、心配には及びませんわ!
今のわたくしは、下位貴族にもそこまで嫌悪感はありません。
そもそもドノヴァン様と婚約をしてませんしね、イジメる理由もございませんわね。
というか、婚約をしていないのだから、卒業パーティーで婚約破棄されることもないのですわ。
もちろん断罪もされませんし、パーティー会場から歩いて帰ろうとして、素性のわからぬ連中に拉致られることもありません。
……ていうか、あら?これ、もう勝利確定では?
肥溜め令嬢の汚名返上では?
「やりましたわ!さすがわたくし、巻き戻り後13歳にして、フラグ叩き折り成功ですわああ!オーホッホッホッ!」
口の前に右手の甲を添えて、高らかに哄笑いたしました。
あまりに調子こいてしまったため、侍女のネリーが「お嬢様?!いかがなさいました?!」と血相を変えて飛び込んできましたが、わたくしは絶好調であります。
その夜、わたくしは、巻き戻りというチャンスを与えてくださった、肥溜めの女神様に感謝しながら、眠りにつきました。
◇◇◇◇◇
「入試の結果だ。合格おめでとう、プリィ。筆記だけでなく、マナーもダンスも評価Aとは、よくやった」
「お褒めいただきありがとうございます、お父様!お母様がつけてくださった講師の方々、そしてソファアお義姉さまのご指導の賜物ですわ!」
13歳の春。
お父様の執務室に呼び出されたわたくしは、先月行われた入試の結果票を受け取りました。
中を見てにんまりします。
お父様のおっしゃる通り、合格の文字と共に、評価Aが並んでおります。やりましたわ!
「ふっ、あの藁屑脳味噌だったお前が、ここまで立派に仕上がるとはな。あのままであれば、我がラノーバ家の汚点となる前に、農地の肥料にしてくれるところだったが」
ボソッと呟かれた言葉を耳聡く聞き取って、わたくしの浮かれ気分はスンッと落ち着きました。
やはり、ネリーの懸念は当たっていたのですわね……。
巻き戻り前のわたくしは、スプラウト公爵家との繋ぎという、唯一の利点で生かされていただけで……それがパアになった時、わたくしの命運も尽きたという話……。
つまり、わたくしを拐って肥溜めにどっぽーんするよう命じた人物は……。
憶測した結論に、びしりと硬直しているわたくしとは対象的に、飼育した牛さんが高く売れた畜産業者のごとく、朗らかな表情を浮かべるお父様。
「カルフとヴァルヴァラ伯爵令嬢との式の手配も順調。姉と違って、プリィがこれだけ上物に仕上がったのも重畳だな」
(ん?またお姉様のことを……?)
珍しく上機嫌なお父様に、わたくしは以前から気になっていたことを、恐る恐る尋ねました。
「あの、お父様、……アンナお姉様は、何かお父様のお眼鏡に叶わぬ所があったのでしょうか?あまりよく思ってらっしゃらないようですが……」
アンナお姉様……アンナマリア・ラノーバ侯爵令嬢といえば、王都でも美貌で知られた自慢の姉でした。
10歳年上の姉からは、デロ甘に甘やかされた記憶しかありません。ただ、わたくしが巻き戻る前にミルコメレオ伯爵家にお嫁に行かれたので、当時の事情は詳しく知りませんでした。
「眼鏡に適わぬ、か」
あ、今、お父様がものすごい遠い目をされましたわ。聞いてはいけないお話だったのでしょうか。
お父様は、そのままため息混じりにお話を続けられました。
「……お前にとっては、単なる優しい姉であったろうが……あいつはな、本来であれば、王家に縁付くはずであったのだよ」
……ほへ?お、王家?
え、わたくしまったく初耳なのですが?!
「だが、幼い頃に話を決めてしまったのが悪かったのか、だんだん増長しおってな。学園に入ってからは分不相応な振る舞いを繰り返し、成績もマナーも酷くなる一方だった。しまいには王家に愛想をつかされ、婚約者候補から外されたのだ」
……あ、アンナお姉様あああ?!そんなことになっていたのですか?!
「王家に見限られたアンナに、縁談など来るわけもない。家に置いておいても頭が弱くて使い物にならんのでな、領地経営に行き詰まっていた伯爵家に、持参金を上乗せして下げ渡した」
ブエエエ。
わたくしは心の中で汚い悲鳴を上げました。
言われてみれば、ミルコメレオ伯爵家は、首都から離れた、やや手狭な領地持ちでした。
第二宰相を輩出したラノーバ侯爵家長女としては、ちょっとアレな嫁ぎ先だな?という感想を密かに持ってはいましたが……。
「お前が知らぬのは無理はない。醜聞が広まる前に『処分』したからな。オフィーリアとカルフには、アンナは在学中にミルコメレオ伯爵嫡男に『熱烈に求婚』され、王家の婚約を『穏便に辞退』し、学園卒業前に嫁いだと伝えてある」
うひぃ、色々思い出してきましたわ……。
お式の日、お母様は「運命の恋ね!素敵!」なんて浮かれてましたし、お兄様は「望まれて嫁ぐのは女の1番の幸せだと、おばあちゃんが言っていた」と祝福していましたが、当のお姉様は、目からハイライトがなくなってらしたような……。
ちなみにわたくしは、ただひたすら「お姉様キレイ!花嫁衣装素敵!」と教会ではしゃぎまわっておりましたわね……。
ああっ、今気付きましたが、お姉様、お嫁に行ってから一度も里帰りされてませんわ!これって、よもやうちから絶縁されているのでは……?!
「そんな不祥事を起こした我が侯爵家と、ヴァルヴァラ伯爵家との縁談が整ったことは、実に喜ばしい。教養高いソファア嬢が侯爵夫人として立つならば、カルフも軽々しい行動は取らぬであろう」
やれやれ、と肩を竦めるお父様の前で、わたくしは背筋に冷たいものが流れるのを感じておりました。
……巻き戻り前の時間軸では、アンナお姉様のやらかしにより、得られるはずだった王家との縁が失われたラノーバ家。
それどころか、不良債権と化したお姉様の後始末のため、持参金として、少なからず財産を減らす羽目に陥る。
その後、社交が巧みなお母様が、わたくしのせいで体を壊し、療養生活に。
更にその後、古き血筋は持たないまでも、優良貴族のヴァルヴァラ家と縁談をまとめて、状況を改善しようとすれば、お兄様がわたくしをかまいすぎて破談になり……。
トドメに、後見をお願いしていたスプラウト公爵家との縁談を、お姉様と同じく、愚かな行動でわたくしが破談にして……。
……うん、こりゃダメです。
完全に詰んでおります。
これはお父様じゃなくても、せめて領土の足しになれと、クソクソ娘を肥溜めにブチ込みたくもなりますわ……。
『ドノヴァン様との婚約破棄が原因で肥溜めエンドになるなら、婚約をしなければ回避成功!』
……なんて呑気に考え、高笑いをしていたあの日の自分をどつきまわしたいですわ……。
話はそんな、単純なものではなかったのです……背景には、ラノーバ家の存続に関わる、深い深い事情があったのですから……!
「ところでプリィ。宣言通り立派な淑女となったお前に、頼みたいことがあるんだが」
「はひっ?!」
思考の海に沈んでいたわたくしは、お父様から声をかけられ、一気に浮上しました。
思わず変な声が出てしまいました、はしたないですわ!
「なぁに、今のお前なら容易いことだ。聞いてくれるね?私の可愛い可愛いプリィ」
お父様がニッコリと笑顔を浮かべて、向かいの席に座るわたくしに話しかけます。
一見、とても柔和で紳士的。
子煩悩な父親の姿そのものですが、目が……目が!市場に牛さんをドナドナする業者のごとし冷たさでした。
……あ、これヤバいやつですわ!
ここで返答を誤れば、恐らく肥溜めフラグまっしぐらになってしまう……!
重要な局面に際し、思わず椅子から立ち上がったわたくしは、高らかに言い放ちました。
「もちろんです、お父様!わたくし、由緒正しきラノーバ侯爵家が末娘、プレッツェル・ラノーバは……、か、必ずやお父様のご期待にお応えすることを、ここに宣言いたしますわああ!!」
背中は脂汗でびっちょり、足も声もぶるぶる震えておりましたが、それどころじゃありませんでした。
そう、このとき、わたくしは完全に理解したのです。
真の肥溜めエンドを回避するためのキーは、お父様が握ってらっしゃるということを……!!
「ありがとう、プリィ。そう言ってもらえると、安くない家庭教師代を払ったかいがあるというものだ」
お父様がウンウンと頷いております。
良かった、お眼鏡に適う(投資に見合う)返答が、ちゃんとできたようですわね!
そしてお父様は、唇で弧を描くように微笑いながら、こうおっしゃったのでした。
「では、プリィ。ラノーバ侯爵家当主として、お前にお願いしよう。お前はこれから―――――」
続きは明日以降になります。
よろしくおねがいします!