2.肥溜め令嬢の奮闘
続きです。引き続きう●んこ注意です。
「あれ?そういえばわたくしの婚約はどうなってますの?」
巻き戻りから1年経った頃。
貴族の嗜みである隣国の語学の復習を自室でしていた時、わたくしはふと思い出しました。
確かわたくし、巻き戻り前は8歳くらいでドノヴァン様と婚約したはず。
「ああ、お前の婚約者はまだ決めていない。今後の仕上がり次第だな」
思い切ってお父様に尋ねますと、牛さんの肥育中の肉牛業者のような目で見ながら言われました。
以前はどうだったかしら……?と記憶をたどったところ、
(そう……確かあの頃、スプラウト公爵夫人のお茶会に、お母様と一緒に招待されて……)
頭の中に、幼き日のヤンチャな思い出が蘇りました。
大人たちのお茶会に飽きたわたくしは、ドノヴァン様含む年の近い子供たちを引き連れ、探検よ!とか言って、ひとさまのお屋敷の敷地内を徘徊したのでした。
そんで裏庭の端っこに放置されていた、ぼっとん便所の便器に足が引っかかって顔からすっ転び……令嬢の顔に傷を付けた、と騒ぎになって、ドノヴァン様とわたくしの婚約が決まってしまったのです。
それを「運命の恋ですわあ!」とか舞い上がっていたあの頃……本当に脳みそお花畑でしたわ……。
ちなみに、わたくしの顔の擦りキズは、1週間ほどで跡形もなく完治しました。
今思えば、運命の恋というより、当たり屋か何かにしか思えませんわね……。
で、巻き戻り後も、やはり同じ時期に、スプラウト公爵家から招待状が届きました。
欠席するなど許されず、わたくしはお母様に連れられて、お茶会に出席しましたわ。
ええ、もちろん前回のようなオテンバはいたしません!
淑女たるもの、優雅に微笑みながらお茶をいただきますわ。
お母様につけてもらった、サマンサ女史のマナー講座の賜物ですわね!
お茶会の途中、お母様が他の子供たちと遊んでらっしゃいと促してきましたが、やんわり笑って断りました。
ちらりと目をやれば、ドノヴァン様もその場にいらっしゃいましたが、将来男爵家の令嬢にメロメロになることを知っているせいか、いくらイケメンでも何ひとつ心が動きませんでした。
人さまのお宅のお庭でズッコケて、顔に擦り傷を作ることのなかったわたくしは、ドノヴァン様と濃厚接触することもなく、お茶会は無事終了。
わたくしの婚約者は未定のまま、月日は過ぎたのでした。
◇◇◇◇◇
「あれ?そういえば、お母様は床に臥せるでもなく、イキイキと社交されてますわね?」
お茶会から更に1年後。
ノービス級から昇級すべく、社交ダンスの練習に励んでいたわたくしは、またふと思い出しました。
お母様はわたくしが10歳の時に急に体を悪くして、以降ずっと寝込みがちになっていたはず。
もう一度記憶をたどります。
オソマたんていを卒業した巻き戻り前のわたくしは、今度はブラックバス釣りに傾倒しました。フィーシュ!いつだって本気だ!とか言いながらルアーを選んでいた覚えがありますわ。
で、バス釣りの名所にお母様と出かけ、水鳥のフン――バードストライクと呼ぶらしいですわ――を脳天に食らって半狂乱になったわたくしは、桟橋から湖に落下しました。
わたくしを溺愛しているお母様はパニックに陥り、従者よりも早く湖に飛び込んでわたくしを助けようとして……結果、お母様が溺れました。
あ、ちなみにわたくしは自力で桟橋に這い上がりましたわ。
お母様は近場の病院に担ぎ込まれ、命に別状はなかったのですが、酷い風邪を召されてそのまま一ヶ月入院。
退院してからはすっかり体が弱ってしまって、ゆっくり休めるようにと、領地の別荘に移られました。
……今思えば、家政を取り仕切る女主人として使えなくなったお母様を、お父様がていよく追い出したのかもしれません……。
その後わが邸に招かれたセザーム伯爵夫人は、お父様の親戚の未亡人で、とても厳しい方でした。
後妻というわけではなく、お母様の代わりの仕事をするためだけにいらっしゃったようです。
わたくしには最低限しか関わらず、お父様が不在の間の、領や邸内の業務を一手に引き受けておられました。
幼かったわたくしは、お母様の愛情に飢えて、非常に寂しい思いをしましたわね……。
しかし、巻き戻り後のわたくしは、バス釣りより社交ダンスに夢中です。
クローズドチェンジとリバースターンで頭がいっぱいでした。
いち、に、さんのワルツのリズムが夢に出てくるほどですわ。
これも巻き戻り後の目標、肥溜め令嬢エンド回避のため、立派な淑女になるための試練ですので、手を抜くわけにはいきません。
おかげでお母様は、バス釣りに行った娘を助けようとして湖で溺れることもなく、体を悪くすることもなく、今日も元気に家政や社交の場でブイブイ言わせております。
うん、楽しそうで何よりですわ!
……あと、セザーム夫人がいらっしゃらなかったことで、わたくしは密かに胸を撫でおろしておりました。
だってセザーム夫人、めちゃんこ怖かったんですもの。
身分が下の者を容赦なく見下すので、わたくしが下位貴族を虐げるようになったのは、彼女の影響もありましたわね……。
そうそう、巻き戻り前にお兄様の婚約がダメになったのも、この頃ですわ。
お母様が邸からいなくなって、不安定になったわたくしは、お兄様に執着しました。
で、当時のお兄様の婚約者であるソファア・ヴァルヴァラ伯爵令嬢を敵視して、いろんな嫌がらせをしました。
具体的に言うと、おふたりのデートの日に仮病を使ってお兄様を出かけられなくしたり、親睦を深めるお茶会に乱入したり、お誕生日会にソファア様だけ招待状を送らなかったりと、とことんお付き合いの邪魔をしたのです。
またお兄様もわたくしを溺愛しておりましたから、仕方ないなあとわたくしを優先する始末。結果、「婚約者の私より、妹さんが大切なのでしょう?」とスッパリふられてしまいました。
その後も何度か似たようなコースで婚約がダメになり、お兄様は結局、お父様のコネでヘリング商会の令嬢と縁を結ぶことになりました。
この令嬢はお兄様に婚約者としての対応を一切求めないかわりに、ラノーバ侯爵家の貴族のツテをフルに生かし、財産を増やしたそうです。つまり、ガチの爵位目当ての婚姻でした。
ちなみにお兄様は、ふられてからもソファア様を忘れられなかったようです。
他家に嫁いだ彼女を夜会で見かけるたび、切なげに目で追っておられました。
そのせいか、やがてお兄様はわたくしから距離を取るようになり……寂しさをつのらせたわたくしは、ますますドノヴァン様に追いすがるようになったのでした。
……まあ、巻き戻り後のわたくしにはお母様が側にいますし、セザーム夫人に怯えてもいませんので、ソファア様に嫌がらせをすることはありませんわ。
むしろ、隙あらば甘やかしてくる兄の攻勢を凌ぐために、ソファア様をイケニエに捧げる勢いでした。
で、
「……というわけで、スカラベ神は、古代王朝の成り立ちを解き明かすのに、欠かせない存在なのです!ラノーバ家の家紋に、スカラベの意匠が入っているのも、当然のことと言えましょう!……プリィ様、おわかりいただけたでしょうか?!」
……そう力説するのは、巻き戻り後の時間軸のソファア様でした。
うーん、この状況を簡単に説明しますと、ダンスにかまけて勉学が少し疎かになったわたくしに、ソファア様が勉強を教えてくださっております。
わたくし、歴史がダメなのです。特に古代王朝……。
しかしながら、その古代王朝の流れを汲む名門ラノーバ侯爵家の令嬢として、その辺は抑えておかねばなりません。
ソファア様は、学園の選択授業に歴史を選ぶほど歴史好きらしく、兄が妹の勉強の進み具合をチラッとこぼした途端、教材を山ほど抱えて我が邸にやってきました。
「ありがとうございますソファア様、だいぶ理解が深まりましたわ……」
連日に渡る講義のおかげで、点と点でしかなかった古代王朝のあれこれが、うっすら線で繋がってきました。
なんでうちの家紋にフンコロガシがいるんだろう?という、長年の疑問も解明しましたわ。
うん、これなら来年の学園の入試で、なんとか合格点を取れそうです!
「うふふ、私、小さい頃は将来歴史学者になりたいと思っていたほど、歴史が大好きなのです。わからないことは何でも聞いてくださいね!」
得意げにおっしゃるソファア様。
その後ろで、カルフお兄様がキョドキョドしております。
「え……聞いてない……。ソファア、君は高等部を卒業したら、ラノーバ侯爵夫人になるのだよ?そもそも、女性が歴史学者だなんて……」
「あらカルフ様。今や女性でも大学院に進むことが珍しくない世の中ですのよ?第一、私はまだ学生の身分ですわ。この先、どんな未来を選ぶかは、全て私の自由でしてよ!」
ソファア様はイタズラっぽく笑っておられます。それを困ったように、しかし眩しいものを見るかのように目をすがめられるお兄様。
なんだかんだとおふたりはラブラブなので、すぐに甘い雰囲気になりますが……正直、ヨソでやってほしいですわ。
まあ、仲がよろしいのは何よりですわね。
こうして、ソファア様の指導のおかげで、歴史嫌いが克服されたわたくしは、さらなる高みに昇ることができたのでした。
続きは明日以降アップの予定でしたが、キリのいいとこまで載せたいのでもう1話今日中にアップします。
よろしくおねがいします!




