380回目 大変な話が終わったと思ったら、主に家庭的な大変な話になっていく
「ま、堅苦しい話はここまでにしよう」
「はい」
「まだ言うべきことがあるなら聞くが」
「いえ、今のところは」
「そうか」
そう言うと辺境王族は大きく息を吐いた。
「いや、こういう話は肩が凝ってかなわん」
いきなり口調が砕けたものになる辺境王族。
「せっかく楽しい見学に来たのに。
面倒な事を考えるのはな」
「まったくです」
トモルも力みを抜いて応じる。
「しかし、凄いな本当に。
なんだあの工房。
あんな巨大なもの、初めて見たぞ」
「まあ、おそらく国内最大ではないかと思います」
「だろうな。
いや、王都にいけば、もしやとは思うが。
まあ、そちらに出向いた事もそれほど無いからなんとも言えぬが」
「たとえ今はそちらに負けてるとしても。
そのうち抜いてみせますよ」
「その言葉が嘘に聞こえぬのが怖い」
「事実ですから」
「なるほど」
ハハハハハ、と笑う二人。
「しかし、共用の水道や便所まで見せられるとは思わなかったぞ。
まあ、あれも驚いたが」
本日の社会見学の感想が口から出る。
「しかも水で流す事が出来るとは。
あれは大したものだ。
我が領地にも作りたい」
「いずれそのつもりです。
ですが、今しばらくは先になるかと」
「そうか。
それは残念だ」
水道にしろ下水道にしろ、完備が為されてるというわけではない。
その整備はなかなか手間がかかる。
王族であっても辺境に所在する者ともなれば、その恩恵を受ける事は難しい。
必要な場所まで水は引いているが、そのほとんどは用水路のようなものだ。
浄水場まで完備した上水道など、夢のまた夢である。
そもそも、そんなものはトモルの領地にしかない。
便所も便所でくみ取り式がほとんどだ。
水で流せる下水道なんかありはしない。
そもそも、そんなものこの世界のどこにも存在しない。
トモル領が例外なのだ。
「いずれはあの水道と下水道。
一般家庭にも普及させたいと思ってます」
「なんと?!」
それだけでも驚きだ。
それを実現させるために、どれだけの資材が必要になる事か。
また、労力も相当なものになるだろう。
「出来るのか?」
「準備が出来れば」
「すさまじいな……」
もう驚くしかない。
「いずれ、王族領にも、我々の勢力範囲にも同じように。
鉄道も工場も、様々な製品や産物も届けるつもりです」
「夢のような話だ」
そうなれば、王族領は今よりも発展するだろう。
トモル領にいる者達がそうであるように。
「ですが、その為にも敵を倒さねばなりません」
「やはり、流出する事が問題か?」
「はい。
少しでもこちらの情報が流れたらどうなるか。
すぐに真似は出来ないまでも、いずれ追いつかれる可能性がありますので」
「だろうな。
分かった、ならばそれまで待とう」
やむなき事だと辺境王族も割り切る事にする。
待つにしても、おそらくは数年。
それくらいなのだからと。
しかし、あと数年は我慢せねばならないのも事実。
敵がいなければ、この数年を待たずに済むのだ。
「忌々しいな、敵は」
こんな所でも祟ってくる。
それが本当に鬱陶しく感じられた。
「まあ、そんな事より」
気を取り直して、辺境王族は言う。
「その方の子供達。
元気にしてるか?」
「ええ、おかげさまで」
言ってトモルも笑顔になる。




