370回目 父はやはり親だった
子供が生まれてからのトモルの屋敷は、なかなかに騒々しくなっている。
父と母は、初孫の顔を見るためにわざわざやってきている。
やはり孫はかわいいらしく、二人は飽きる事なく孫の様子を見ている。
もちろん遊びに来てるだけではない。
親としての心得も教えてもらっている。
トモルにとって未知の領域である。
経験者の話は貴重なものだ。
その為、しばらく逗留してもらい、孫と一緒にいてもらっている。
それだけではない。
父と母の二人を、現在の領地から離す。
その間に二人の領地がまともに機能するかどうかも確かめる。
二人の領地は、トモルが奪った近隣地域になっている。
それを治める人材と共に二人を送り込んでいる。
トモルなりの親孝行だ。
辺境の男爵から、更に上位の立場を贈るという。
その領地運営には、トモルがモンスター退治で育てた人員をあてている。
それらがまともに動けるかどうか。
それを確かめていく。
今後を考えての事だ。
この先、支配地域は拡大していく。
それを支える人材育成は急務である。
モンスターを倒して得られる経験値でそれを行なってるが。
実際にどれだけ動けるかはまだ未知数である。
それをこういった形で確かめている。
責任者である領主がいなくても動くかどうかを。
それほど大きな問題も起こってないので、まず問題は無い。
実際、父と母がいなくても今のところは上手く動いている。
いつまでも不在のままではいられないだろうが。
しかし、すぐに統治が滞るという事はないようだ。
(これならどうにかなるか?)
今後拡大する支配地域。
その行政などを請け負う人員。
その育成には今のところ問題はなさそうだ。
もちろん、抜けてる部分もあるだろう。
それについては今後対応していくしかない。
だが、すぐにそれと分かるほどの問題は発生してない。
それだけでまずは上々だった。
それよりも、子供の扱い方を学ばねばならない。
いくら技術や知識をすぐに得られるといっても。
経験しなければ分からない事もある。
そういったことを事細かに聞いていかねばならない。
トモルとしてはそちらの方が大事である。
そんな調子で父母の逗留は一ヶ月ほどに及んだ。
それで全てが事足りるわけではなかったが。
さすがにそれ以上、領地を留守にするわけにはいかなかった。
「それじゃあな」
自領に戻る父が別れの挨拶をする。
「まあ、問題は無いだろうが」
「だといいんですが」
楽観的な事を口にする父に、トモルは不安を少しだけ口にする。
「何が起こるかは分かりませんから」
トモルの率直な気持ちだ。
大丈夫と思っていても、問題は発生する。
その逆に、警戒していても何事もなく終わる事もある。
何がどうなるかなんて、その時になってみなければ分からない。
「なに、お前なら大丈夫だ」
父はそう言ってトモルをねぎらう。
「今までだって、こうして上手くやったんだからな」
「はあ……」
そう言われると、曖昧に頷くわけにはいかない。
やってる事を口にするわけにはいかないのだから。
「まあ、お前は昔から隠れて何かやっていたんだし」
「はあ……」
「それは上手くやってきたんだろ?
なら大丈夫だ」
「…………」
意外と物事をよく見てる父に言葉を失う。
「何をしてるのかは分からんがな」
「はい……」
「でも、儂には分からんことをしてるんだろう。
だったら余計な口ははさまんよ」
「そうですか……」
少しばかり冷や汗をかく。
何がどこまで露見してるのかが気になる。
「儂らの事は気にするな。
お前の思い通りにやっていけ」
「それは……」
「なに、聞きはしない。
聞いてもわからんだろうからな」
「…………」
「だが、儂らの事は気にするな。
儂も、あいつも、お前の兄弟の事もな」
それは父親からの激励であった。
非凡な能力を持ってる息子への、凡人でしかない父からの。
「儂らを気にして事を滞らせるな。
足手まといになるなら切り捨てろ。
お前はお前の大義を為せ」
「父さん……」
「お前が大事にしなくてはならんのは、儂やあいつじゃない。
弟や妹じゃない。
お前の家族だ。
それを忘れるなよ」
父も母も、兄弟も。
それよりも自分を大事にしろ。
そう言う父は穏やかな笑みを浮かべている。
だが、その笑みの下に、トモルは思ってもいなかった剛直さを見いだした。
何があろうと。
それが家族の危機であろうと。
己の道をゆけ。
父はそう言っている。
その言葉にトモルは言葉を失うしかなかった。
何をどこまで分かってるのか、それこそ分からない。
だが、何かを察してる父は、何かを察してなおそう言っている。
そこには確かな覚悟があった。
「分かりました」
そう応えるしかなかった。
「そうなったとしても、そうします」
「それでいい」
父もそう言って頷いた。
「そんな事にならないようにはしますが」
確たる約束は出来ない。
しかし、そうしようとは思った。
なんだかんだ言って、自分の事を気にかけてる親に。
「それじゃあな」
「またね」
そう言って馬車に乗っていく父と母。
その姿を馬車の窓越しに見送る。
進んでいく馬車。
その後ろ姿をトモルは姿が見えなくなるまで見送った。




