339回目 奥様二人はご立腹ではないけど少々複雑ではある
「まずは二人と話してみないと」
「ああ、それは大丈夫だと思うよ」
「…………?」
「もう二人ともそういう事は話してるから」
「なに?!」
「そりゃあ、事前の確認と根回しくらいはするよ」
なかなかに抜け目ない。
「それで結果は?」
「結構良い感じだよ」
「ほう」
「旦那様が許せばって」
「おい」
それはそれで怖いものだった。
全てはトモルの意思次第。
しかし、それを許すという言葉は無いようだ。
「素直に受け入れてくれるとは思えないんだが」
「そこはがんばってほしいな」
「残りを全部俺に押しつけるつもりか」
「もちろん」
悪びれなど一切無い声が応える。
「そこはほら、綺麗どころを手に入れる為だから」
「自分で言うな」
ケイが美人の部類に入るのは認める。
だが、それをそのまま口にするほどトモルは素直ではなかった。
ましてや相手は、色々と画策して面倒を押しつけてくるような女だ。
敵にしたくはないが、身の回りにいて欲しい類でもない。
それでも、
「とりあえず話はしてみる」
女房二人との会談に臨む事にした。
「よろしいんじゃないですか?」
受け答えするサナエは、いつもより幾分冷え込んだ声で応えた。
「健全な男性ですから。
素敵な女性を侍らせたいというのは道理でしょうし」
「ご主人様がそうなさりたいというなら、使用人としては断るわけにもいきません」
一緒に居るサエもやたらと丁寧な態度でそう言ってくる。
その声が今は少しばかり怖い。
冷ややかな声音による、丁寧な言葉と物腰。
貼り付けたような笑顔。
表面的にはともかく、その奥にある本心はいかがなものか。
優れた能力を持つトモルは、それを嫌でも掴んでしまう。
二人とも、やはり新しい女を加える事に複雑な気持ちであるようだ。
そりゃそうだろうとは思う。
競争相手が増えて喜ぶ者はそうはいない。
それでも反対しないのは、それもまた仕方ないと思ってるからだ。
「ケイさんの気持ちもありますし」
それを無下にするのも気が引ける。
どうしてもダメならダメと言うしかないが。
これはそういったものではない。
「それに、私たちもこの通りですし」
ずいぶんと目立つようになったお腹にサナエは手をおく。
「夫の浮気は、妻の妊娠中が多い、と聞きますから」
「……誰が言ったんだ」
そういう俗説というか通説というのがあるのは知ってるが。
「余所で問題をおこすくらいなら、確かな方が相手の方が良いですし」
「いや、だからな」
「ご主人様が頻繁に外にお出かけするよりは」
「お前までそんな事を……」
「でも、下手にあちこち遊び歩かれても困ります」
「そうそう、サエさんの言うとおり。
出来れば家の中で大人しくしていてもらいたいですから」
「俺がそんなに家を放り出すと思ってるのか」
「今まで外をほっつき歩き続けた人が何を?」
「ご主人様がこの家に落ち着くようになったのは、私たちの懐妊が分かってからじゃないですか」
「…………面目ない」
「それにケイさんの気持ちもありますし」
そこもまた大事なことである。
「気持ちは私も分かるから」
「私もです」
サナエとケイはしみじみと言う。
「悪い連中に襲われる事がないというのは、本当に素晴らしいものですから」
「酷いのが消えるってとても嬉しいから」
二人とも被害者であった。
そうなりつつあった。
だから、そうならずに済んだというのがどれほど素晴らしいのか。
そういった境遇を分かち合うからこそ、同情もしてしまうのだろう。
「投げ出したり捨てたりしちゃダメですよ」
「ちゃんと大事にしてくださいね」
二人はそう言うと盛大なため息を吐いた。
「本当に……」
「どうしてこうなんでしょう、私たちの旦那様は……」
何か解決したと思ったら新たな問題をもってくる。
二人にはそう思えてならなかった。
そして、それも覚悟で付き合ってるのだ。
でなければ、国内最大の貴族に喧嘩を売るような輩のところにやってくるわけがない。
輿入れまでして。
「しょうがないですけどね」
「ついていくしかないですから」
二人とも、ここで来た道を戻るつもりはない。
戻ったところで、今までより良い状況になるわけではない。
サエはトモルに守ってもらった事で、村の他の者との間に溝や亀裂がある。
サナエは元に戻ったら、また上位の貴族から不当な要求をされるかもしれない。
そうなるくらいなら、トモルと共にいる事を選ぶ。
もちろん好意もある。
これが無ければ一緒に居続ける事は難しい。
難儀な人間だとは思っているが。
やってる事は強引だ。
敵には全く容赦しない。
味方であっても、屑は即座に切り捨てる。
こういったところでは一切躊躇がない。
そういう部分を、非道で情けのない人とみる向きもあるだろう。
だが、攻撃対象は悪党だ。
基本的に、非道な事をやってる奴を殲滅している。
そして、ごく普通に生活してる者達には手を出さない、基本的には。
あくまで自分の欲望を優先した結果だが。
それでも、踏み越えてはいけない一線を守っていれば問題は無い。
そして、その一線は、普通に生きていればまず縁のないものだ。
殺人、強盗、恐喝、窃盗、詐欺、暴行傷害、威圧、恫喝、罵倒、その他。
普通の人間ならまずやらないこれらがトモルの攻撃対象だ。
普通の人間はそんな事やらない。
やらないから気にする必要がない。
やらかすとしたら、それはもう悪人悪党だ。
意図しているかどうか関係なく。
心ない人間ともいう。
それが分かってるから、サナエもサエも付き合える。
トモルについていこうと思える。
「一蓮托生よね」
「しょうがないです」
そう言って苦笑しあう。
そんな人間に助けられ。
そんな人間に惚れてしまったのだから。
「あ、でも」
「はい?」
「これからの事を考えると……」
「なにか?」
「必要になりそうなのよね」
「はい?」
「奥さんがもう一人」
「え…………?」
サナエの言葉に、サエは呆気にとられた。




