319回目 王族を利用し、王族に利益をもたせ、王族に従わせていく 2
商売人や余所での立身を求める者達。
そういった者達にとっては、王族の免状・印状はありがたいものだった。
今までのように通行料を払う必要がない事。
他の地域に出向いていける事。
これを手に入れることが出来るのだ。
値段は、個人の移動用のものが1万円。
商人用の通行証が20万円。
有効期限一年でこの値段である。
まずはここから始まることとなった。
誰もがこぞってこれを求めていった。
それだけ安い値段設定だった。
今までだったら、町や村の境で通行料を払っていた。
その料金は500円から1000円といったところ。
町や村を10箇所巡れば、それだけで5000円から1万円を支払う事になる。
一回道路を通っただけで。
移動の多い行商人はこれでは困ってしまう。
数え切れないほど道を行き来するのだから。
20万円なんてすぐに支払ってしまう。
金をそのつど払う手間も面倒だ。
それが20万円を一括で支払えば終わりなのだ。
一年間は好きなように行き来できる。
個人の場合は更に意味が重い。
あちこちに出向くことはほとんどないのだが。
まず、生まれた場所から外に出る事が出来る。
その権利が買えるのだ。
これが大きい。
村や町で家の部屋住みをする必要がなくなる。
食い扶持を自分で稼ぐ道が出てきたのだ。
それを求める者達は、免状・印状を次々に買いあさった。
期限内ならば、出生地以外に居てもよいという証明になるのだから。
そして、一年という期限付きというのがみそである。
一年ごとに買い換えるという事は、定期的な収入が得られるという事になる。
個人での購入者で何万人。
大小様々な業者が何百と。
この免状・印状を買うのだ。
王族に転がり込む金額がどれほどになるか。
ただ、その代わりに王族も負担を背負い込む事になる。
各地から出てきた者達の身元保証。
そして、通行料として徴集したのだから道路整備などを。
これらが各地の領主ではなく王族の管理になる。
その為の出費もしていかねばならない。
関所の門番や街道巡視員なども揃えていく必要がある。
道路整備の職人・作業員は言うに及ばず。
管理の為の事務員なども。
このほとんど全てが王族管理になる。
おかげで王族の手元に残る金額はそれほどでもなくなる。
それでも結構な差額が残りはするが。
手間の割にうまみは少ないといったところだ。
各地の領主である貴族も難しい顔をする。
通行料を取り上げられたのは痛い。
だが、道路管理の手間をなくせたのはありがたい。
どちらがどれだけマシなのか、悩ましいところだった。
「まったく、あの小僧は…………」
苦虫をかみつぶしたような顔。
そんな表情で王族は現状を振り返る。
こうして新たな財源と面倒も持ち込んだトモル。
それに向ける気持ちは複雑だ。
「無礼者ではあるが……」
貴族の訴えを取りなそうとした事を袖にされた。
更には、訴えてきた貴族を根こそぎ始末していった。
それは許しがたい。
加えて、王族の名を持ちだしての免状の配布。
それらは王族への伺いなど一切無く行われた。
やった後に報告には来たが。
そういった事後報告は、つまりは越権行為である。
普通であれば咎めるところだろう。
しかし、咎めようにもそれもままならない。
下手な事をすればとんでもない事になるかもしれない。
平然と貴族に手をかけたのだ。
王族であっても何をするか分からない。
何より始末の悪い事に、利益をしっかりともってきている。
手間は増えたが、それでも実入りは大きくなった。
また、道路整備と維持の関係だが、子飼いの組織も出来上がっていく。
名ばかりで実権の無い辺境の王族としてはありがたい。
どんな形であれ、手駒が出来たというのは。
そういった直接の手駒すらない。
辺境に居る末端の王族の実態はそんなものである。
一応、貴族が配下にいるという建前だが。
建前であり、それらに命令をする権限など無いに等しい。
それが分かってるから、直接指揮できる者達が出来たのはありがたい。
それをもたらしたのがトモルだというのが釈然としないが。
「どうしてくれたものか」
「さ、それほど気に病みますな」
そばに控える者が王族をなだめる。
気分がささくれだってる王族の息子だ。
当然、王族である。
「差し引きでは確かに利が残ってます。
それも望外なほどに」
「それはそうだが」
「まずはその事を褒めるべきでしょう」
王族の子息は笑顔を浮かべて父を慰めていく。
「確かにやり方は強引ではありますが」
「であろうに」
「だからこそ頼りになるかと」
「ふむ…………」
息子の言葉に父も真顔になっていく。
「というと?」
その先を求める。
息子が何を考えてるのかを。
「父上も気づいてる事と思いますが」
「そういう取り繕った言葉はいらん。
格式張った場でもないのだ」
「では、ざっくばらんに」
そう言って息子は姿勢を少しばかり崩した。
伸ばしていた背が幾分丸くなる。
「あの者、なんだかんだで貴族を一掃しております。
少々派手に動いてる者どもを」
「ふむ…………」
「中央もそうですが、我らの身辺にもやや多くなりました。
いかに艶やかな花でも、それだけとなれば少々鬱陶しい」
そう言う子息の顔は穏やかだ。
ただ、目は笑っていなかった。




