望郷
美蘭は冷めきった朝食を食べていた。
「自分で作った料理が食べたい」
今日は一人で自分の部屋で朝食をとっていた。
玉蘭とも会いにくいし、桂花はいまだ医務室にいる。
こういう生活を始めてから大分立った気がする。そうすると食べなれた粗末な食事が懐かしくなってくるらしい。
「アツアツの鍋の湯気、その向こうにいる真影」
溺愛する弟の顔を思い出すと泣きそうになってくる。
父親はどうでもいいが、弟が産まれてからこんなに長期間離れたのは初めてだということに気が付いた。
自分が働きに出るため家事一切は仕込んである。最低のことはできるはずだ。
しかし家族に手紙のやり取りさえ禁じられている現状がだいぶつらくなってきた。
ここは後宮で妃、そして先代の王の外戚の横暴から今の王の時代は実家に連絡を取るのはよっぽどの場合だけと決められてしまったのだ。
よっぽどって何?生死にかかわる状態?
下手すれば不治の病にかかったとか、死んだとかいう知らせ意外なしということになりかねない。
「そういえば鶏頭はともかく桂花は知らせが言ったんだろうか」
めっきり最近独り言が多くなったと美蘭は汁物をすすりながら思う。
もちろんその汁物も冷え切っているが。
殺されかけても連絡がいかないとなると死亡通知以外認めない可能性が洒落にならない。
「いきなり私の死亡通知が届いたらびっくりするだろうなあ」
断り切れなかったとはいえ、王の密偵役を引き受けてしまった以上命の保障はあまりない気がする。
血を流している桂花を見つけた時はそれほど感じなかったが、今になってじわじわ来る。
「命の保証はない、か…」
それは数年前の現実だった。
顔見知りも何人か死んだ。それ以外にも噂で死んだという話を何度か聞いた。
買い物に歩いていると路地にどす黒い血が固まっているのを見たこともある。
先王の時代、国が混乱の極致に陥った日のそれが日常だった。
強盗に入られてそのまま焼き払われた知り合いの店。
その店にいたのは気のいいおばちゃんで、幼くして母親を亡くした美蘭を憐れんで可愛がってくれた。
そんなことを悲しいと思えないくらいそれはありふれたことで。
小さな弟を抱きしめて、必死に少しでも降りかかってくる死に抗おうと、それだけしか考えられなくて。
それが今の王の即位で少しずつ収束に向かって行った。
数日おきに繰り返された、誰かの訃報も少しずつ間が空いて行って、弟も勉強で身を立てると言って、それが少しだけ現実感が出てきた。
王はその時は遠い存在だった。
よもやまさか、弟の学費を少しでも稼ぎたくて高給の王宮の仕事に飛びついたら、王のそばに仕えることになるとは思いもしなかった。
「王は必要悪」
昨日聞かされた言葉が耳に残っている。
「すべては王が与えてくれた未来」
地方で怒った反乱軍を制圧した王子が、新たな王になるらしいという噂を美蘭は洗濯をしながら聞いた。何が起ころうと目先の仕事が先決だった。
王が何を考えているかなど考えたこともなく、まともな王様でよかったという大人の言葉を聞き流していた。
「なんでこうなるかな」
聞かなきゃよかったと美蘭は思う、しかし聞いてしまった以上どうすればいいのだろう。




