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追憶

 芍薬の妃は壁を見つめていた。

 実際には壁の向こうにある寧州の方角に顔を向けていたのだ。

 寧州に今日、最愛の弟は行ってしまう。

 身を切られるような寂しさを感じるが、それでも弟の安全のためには寧州に行ってもらうしかないということはわかっていた。

 もともと弟の安全確保が後宮入りの条件だったのだから。

 母を亡くしたばかりの時、もう自分の家族は弟しか残っていないと思い詰めた。

 父親は生きていたが、その時から既に存在をスルーするようになっていた。

 頼るだけ無駄な人間だったからだ。

「芍薬殿、どうされました?」

 あまりにも真剣なまなざしで壁を見つめ続ける芍薬の妃の姿に少々引いているらしい。女官が声をかけてきた。

「なんでもないわ」

 それでも寧州の方角に顔を向けてしまいそうなのを意思の力で引きはがした。

 窓のある場所でそうしなくてよかったと心から思う。もし窓があれば一日中でもその場にたたずんだまま動かなかったろう。

 こみあげてくる涙をこらえる。

 あの子は安全な場所に逃がしたんだから。

 そう自分に言い聞かせる。

「そういえば何の用?」

 さっき一人にしてくれと頼んだはずだ。それを押してきたのだからなにがしかの用があるはずだ。

「陛下がお呼びです」

「わかったわ」

 多分王のいるあたりに見当をつけて進む。

 

 王は庭園のそばにいた。

「陛下、お呼びと伺いましたが」

「ああ、例の実験の結果だが、一応おまえにも見せておかないとと思ってな」

 芍薬の妃の提案で実施された実験のことらしい。

 いろいろと周辺がごたついていたため芍薬の妃は出席できなかった。

「さようですか、周囲の評判はどうでした?」

「上々だった」

「さようですか」

 二人はしばらく仕事の話をしていたが、不意に沈黙が下りた。

 しばらく押し黙ってかををむき合わせていたが、不意に息を吐いた。

「そういえば、もうすぐ一年だな」

「一年ですか?」

「お前が後宮に来てからだ」

 そう言われて、芍薬の妃は最初別の花の名で後宮にとどめられた日のことを思いだした。

「そうですか、もうそんなになるんですね」

 みすぼらしい着物を着て、わずかばかりの手荷物を持って後宮の門をくぐる自分の姿を思い起こす。

 そっと自分の手を眺める。

 あの時は荒れてかさつき地もにじんでいたその手はふっくらと肉が付き、香油で手入れされているため随分と滑らかになっていた。

 庭園の向こうを見つめた。

 確かあの向こう側にある門から最初に後宮に入ったのだ。

 門の向こうの色鮮やかな花と、すすけた自分の姿に苦笑しながら門をくぐった。

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