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第二部第三話第三の聖具

第二部第三話 第三の聖具 


「あのさー」

 シャインは焚き火に顔を照らされながらフェリアナに問う。

「何?」

 もうすぐ眠るところだからだろうか。ゆったりとした感じでフェリアナが答える。

「フェリアナの里ってどんなところなんだ?」

「いきなり聞かれても・・・」

 そこはシャインの里とは似ても似つかない隔離された里、としか言いようがない。

「シャインのところと大して変わらないわよ。普通に家があって普通に一族が住んでいるの。そうね・・・」

 とフェリアナは思い出す。

「一族の長はおばば様だわ。男の人はみな、妖魔狩にでかけていて、いるのは女性と子供たちばかりよ」

 女性ばかりと聞いてシャインはらりほーと踊りださんばかりに喜ぶ。にやつく顔を必死で取り繕おうもすぐにフェリアナに見破られてしまう。

「シャーイーンっっ!」

 せっかくの安らぎの時が一転する。もう真夜中だというのに二人とも追いかけ劇を披露する。クーグルはこの野宿に不平をいいながらももう納得して眠っている。これだけ騒いで起きないのはさすがクーグルだ。しかし、起きていたらいたらで「若者はいいねぇ」というに決まっていた。

「私というものがありながらっ」

「わかった。わかった。俺はフェリアナを一番大事にするから。なっ? なっ?」

 反語を使いながらシャインがなだめる。そのうちにフェリアナも普段どおりになる。こんなちょっとしたお遊びは二人のじゃれあいだった。だけど、とフェリアナは念を押す。

「今度、エミリアにキスされたらただではおかないわよ」

 むっとした表情で言葉を言うフェリアナにシャインは苦笑いを禁じえない。あのエミリアのキスの件はそうとう尾を引いているようだ。そこまで好かれていると思うとうれしい気もする。

 そのシャインの背後に白くぼやーっとしたものが近づいてくる。フェリアナはその影のようなものに視線を凝らした。

 人影?

 こんな夜中に・・・人がいるのだろうか。

 それに、なんだか宙に浮いているような気がする。

 一気にフェリアナの中で結論が飛び出た。

「シャインっ」

 フェリアナは恥も外聞もなくシャインの腕の中に飛び込む。

「どうしたんだ?」

 役得、役得。と喜びながらフェリアナの行動を不審に思って尋ねる。第一フェリアナから抱きつくなんてめったにない。あったら矢でも降ってそうだ。シャインの肩越しにそっと後ろをうかがうともう白い影は消えていた。

「あ、あした。明日になったら言うから。今日はそばにいて」

 フェリアナはその影が幽霊だと思ったため、そういうか弱い発言をしたのだが、目にしていないシャインにとっては不可思議なフェリアナの行動だ。だが、好きな女の子に側にいてといわれて喜ばない男はいない。またにんまりとしてしまう顔の筋肉をシャインは引き締めるしかなかった。

 翌日、シャインたちはまた旅を進めた。次の聖具を求める旅だが、手がかりはまったくなかった。しかたなく、宝の話のありそうなところを片っ端から当たるしかなかった。その中に妖魔救済活動が含まれているのも確かだった。クーグルの裕福な財布のおかげで妖魔の首を持って帰らなくても大丈夫だった。同業者にはいささかもうしわけなかったが。そしてこの強行軍にシャインの筋肉は悲鳴を上げていた。

「いってー。もう限界だー」

 そう言ってシャインは道端にばたりと倒れる。その上にクーグルの足が乗りそうになってあわてて起き上がる。

「冗談ぐらいわかってくれよ」

 ため息混じりにシャインが言う。

「冗談なのかい? 私はてっきり本気かと」

「本気でもそれを踏んでいく奴は悪魔に魂を売っているんだっ」

 シャインが怒り交じりにくってかかる。

「それもそうだね」

 遊んでいるのかたんにおつむが軽いだけなのか。クーグルには本当に参ってしまう。

 もう知らない・・・。シャインはクーグルにかかわるのをやめて今度はフェリアナに声をかけた。

「昨日の夜中、何を見たんだ?」

 一瞬フェリアナが逡巡する。

「聞いても馬鹿にしない?」

「しない」

「本当に本当?」

「ホントにホント」

 確固たるシャインの保障を得てフェリアナは言葉を口にした。

「幽霊を見たの」

「幽霊?」

 なんだ?とシャインが驚く。クーグルもこの発言には興味を惹かれたらしい。フェリアナの顔をじっとみつめる。そしておもむろに手を差し出してフェリアナの額に当てる。

「熱はないようだね」

「おひっ。クーグル」

 クーグルとフェリアナの間にシャインが割り込む。クーグルの魔の手に落とすまいとシャインは必死だった。

「たいしたことではない。熱を測っただけじゃないか」

 面白そうな声にフェリアナはこめかみを押さえる。また始まった。これからシャインとクーグルの攻防戦が始まるはずなのだ。

「熱がなかろうとあろうが、フェリアナに触れてもいいのは俺だけなの」

 いきなりいつものじゃれあいでなくシャインがフェリアナを独占する台詞を言ってフェリアナはなんだかくすぐったかった。頼りない弟分ではあるが、こうして気にかけてもらえるのはうれしかった。フェリアナはにっこり笑ってシャインに言う。

「今日は私に免じて許してあげて。クーグルだって悪気があったわけじゃないんだから」

 んにゃ、と否定したいのをシャインは押しとどめる。フェリアナに言われてしまったら引っ込めるしかない。

「で、幽霊とは?」

 クーグルがシャインの変わりに尋ねる。いつのまにかクーグルに主導権を奪われてなんだかシャインは面白くなかった。

「昨日の夜中にシャインの真後ろに白い影がぼーっと見えたの。すぐに消えてしまったけれど・・・」

 不安そうにフェリアナが言う。

「本当に幽霊なのかい?」

 再びクーグルが問う。何よ、とフェリアナは疑われて不機嫌になる。

「私が茶番劇を披露しているとでもいうの?」

 わかった、わかったとクーグルはフェリアナの不機嫌をかわすように両手をあげる。

「でも、見たのは昨日がはじめてだったんだろう?」

 シャインが割り込んで言う。

 うん、とフェリアナは心細そうにうなずく。

「じゃ、心配なし。「俺」がしっかりついててやるから」

 俺、というところを強調してシャインが言うとクーグルがふっと笑う。

「何がおかしいんだよ」

 シャインがクーグルにつめよる。

「いや、何でも」

 そういいながら肩が震えている。必死で笑いをこらえている様子だ。ちぇ、とシャインがすねてその場は明るく幕を下ろしたのであった。

 今夜は宿屋に泊まれる。妖魔救済活動を終えたフェリアナは安堵のため息をついていた。ここ数日野宿続いていた。早く宿に行ってお風呂に入ってさっぱりしたかった。戦いで得た汗や埃が体中にまとわりついて気持ち悪かった。

 一人優雅にお風呂に入っているとまた窓にぼーっと影が映った。

 フェリアナはびくりと身じろぎする。今まで浄化できなかった妖魔の魂なのだろうか・・・? 恐怖がのど元までせりあがってくる。しかし、こんなところで大声を出せば入浴中の姿を見せてしまう。男どもの目の保養になるつもりは毛頭ない。フェリアナはすぐに風呂からあがると夜用の服を着る。普段着ているのは対妖魔用になっていて着心地が悪かった。そのためフェリアナは普段着を持ち歩いていた。

 つんつん、と肩をつつかれる感触にフェリアナは大声を出しかけた。しかし、さすがは幾千もの戦いの場にいたフェリアナである。理性で押さえ込む。どうせ話を聞いていたシャインが驚かそうとしているのだろう。フェリアナはそう決め付けて後ろを振り返らなかった。だが、肩をつつく感触は消えない。後ろを振り向かないようにしていると突然耳元で大声が響いた。

“ちょっとっ。人が呼び止めているって言うのに、その態度はなんなのっ?!”

 はぁ? ぞんざいな台詞をフェリアナは言ってしまう。すくなくともここにいる女の子は自分ひとりだ。どうして女の子の声が?

“振り向かないならこっちにも手があるわよっ”

 声の主はフェリアナの目の前に現れた。

 少女、だった。あどけなさの残るかわいらしい少女だ。その子が幽霊かもしれないということすら感じさせない現実感を持ってその少女はいた。そして不思議な点がひとつ。背は明らかにフェリアナより低いはずなのに目線が同じ高さにある。よく見るとその少女の足元は闇にまぎれて判別しがたく、彼女は宙に浮いていた。一瞬フェリアナの頭は恐怖で混乱しかかったがあえて理性を取り戻した。何もぼーっと妖魔と戦っていたわけではない。戦士としてのフェリアナは一級ランクだ。

「で、何の用なの?」

 理性をかき集めてフェリアナは尋ねる。

“これだけしているのにまだわからないの?”

 人を小ばかにした生意気な口調にむっとしながらもいつもの冷静な表情をくずさない。

“あなたの前に姿を見えるようにするのにとっても時間がかかったのよ。あなたの生体波に少しずつあわせてようやく出てこれたのだから、感謝ぐらいしなさいよ”

 別に頼んだわけでもないのにどうして感謝できよう。幽霊に好かれてうれしいと思う人間がいるとしたらそちらのほうがおかしい。

“聖具さがしているんでしょ?”

 聖具という言葉にフェリアナはさっと顔色を変えた。もっとも薄暗い宿の明かりでは分かりようがなかったが幽霊の少女には分かるらしい。

「どうして、あなたがそれを?」

 聖具のことは一部の人間しか知らない。こんな年端もいかない少女がなぜ知っているのか。

“さぁてね。今、話すと二度手間だから、また明日ねー”

 軽い調子で少女は言うとふっと消えた。

『聖具を探しているんでしょ?』

 少女が発した言葉がぐるぐる頭の中で回る。

 彼女が聖具の持ち主なの? でも死者が持つことなんて出来るの?

 疑問が次々にわいてくる。フェリアナは結局一睡も出来ず次の日を迎えることになった。

「フェリアナ、どうしたんだ?」

 精細を欠いたフェリアナの顔を見てシャインが尋ねる。

「別に・・・ちょっと眠れなくて」

 まだ断定は出来ないがまさか幽霊から聖具の話を聞いたとはいえない。

「今日の救済活動は休ませて。体調が悪いから」

 深いため息をつきながらフェリアナは言う。今まで、自らすすんで救済活動をしていたフェリアナの言葉とは思えない。その上、フェリアナはとんでもないことを言い出した。

「今夜、私の部屋にシャインもクーグルもいてほしいの」

 その言葉に一瞬シャインはらりほーと小躍りしかけた。が、ちょっと待て、と立ち止まった。

「なんでクーグルと一緒なんだ?」

「『証明』としていてほしいの」

「証明?」

「いいから今日の宿屋までたどり着けないわよ」

 フェリアナは早歩きを始めた。

 その日は午後からフェリアナの部屋にいた。クーグルはどうか知らないが、シャインは好きな女の子の部屋に入るのは初めてということで妙にときめいていた。だが、フェリアナはそんなシャインをからかっていられる状況ではない。とりあえず、夜が来るのを待った。夕刻が過ぎ、夜も過ぎ、夜中にさしかかる。

 ぼーっと白い影が三人の間に現れた。

 すぐにシャインがフェリアナをかばう。ようやく板についてきたナイトぶりである。

「大丈夫」

 頼もしいシャインの肩に手をやって押しとどめる。

“みなさん、おそろいね”

 少女はにこやかに微笑む。

 もっともシャインとクーグルには話す白い影としか見えない。

“彼女の生体波をあわせているからお二方には見たままの姿で過ごしてもらうわね。それともホラー仕様がいいかしら? こちらはすぐにでもできるわよ”

 少女は水を得た魚のようにぺらぺらと話し出す。

「なんなんだぁー?!」

 シャインが素っ頓狂な声を上げる。

「だから、幽霊が出たって言ったでしょう?」

「それはそうだけど」

 今までそんな体験のないシャインは納得しがたい。そのようなものが存在しているとは夢にも思わなかったのだ。

「私だってはじめは信じられなかったわよ。でもこれだけ見たら信じるしかないでしょ」

 しかたないといったそぶりでフェリアナが言う。

「で、何の用なの? 聖具のありかを知っているの?」

“まぁね。少なくとも継承者よ”

「幽霊の継承者?」

 シャインが妙なところで茶々を入れる。フェリアナがシャインの余計な口をふさぐ。ふがふがとシャインが謝る。が、声にはならない。

「黙って話を聞く?」

 フェリアナが通訳するとぶんぶんとシャインが首を縦に振ってフェリアナは手を離した。

“あたしは、ちゃんと生きているわ。ただ目を覚まさないだけなの。破壊神の聖具を持っている男が近づいている。本来なら彼に従うべきだけど彼は狂乱している。このままでは世界は破滅するわ。その前にあなたたちに私の聖具を確保して。もちろんあたしも守ってもらわないとね”

 物騒なことを少女はさらりと言う。こちらは浮き足立っているというのに。

「守るってどこに住んでいるの?」

 フェリアナたちが知っている四大陸は広大だ。その中から豆粒みたいなものを探すのだ。手がかりもなくては探しようもない。シャインとフェリアナは頭を抱えたくなる。クーグルは相変わらず興味深そうな視線を向けているだけだ。どこまでいってもクーグルという人間は遊びの延長らしい。そういう立場にいるクーグルにフェリアナはむっとする。シャインの剣だけを目的に、すなわちシャインの死を待つというのはフェリアナにとっては不快極まりない。味方なのか敵なのかそれすらわからない。兄の野望をくだかないといけないといっていたがその気持ちはあるのだろうか。逆に情報を流していないだろうか。疑惑がむくむくわきあがってくる。だが、フェリアナはそれを押し込めてまずは少女の居場所を聞くことに集中した。

「アルディス、よ」

「アル・・・ディス?」

 少女の言葉にクーグルですら驚きが走った。


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