第15話 「ここまでだ」
「もう一度だけ、聞いてあげよう。今……何と言った?」
「何度でも言ってあげるわ!アンタ、全然美しくない!桜お姉ちゃんの足元にも及ばないくらいよ!」
「……僕を怒らせるために、わざと言っているんだろう。そんな安い挑発に乗る訳――」
言葉が途切れる。
ビオラの視界から、ハンミョウの姿が消えた。
「ないとでも言うと思ったかい?――醜いな」
次の瞬間、ビオラの目の前に現れる。
振り下ろされるブレード。
ビオラは横へ飛び、間一髪で回避。そのまま体勢を崩さず引き金を引く。
だが、ハンミョウは腕を上げ、刃で顔を覆うようにして弾丸を受け止めた。
火花が散る。
ビオラは即座に距離を取り、桜の元へと駆ける。
「ちょっと挑発されたくらいでムキになるなんて、意外と単純ね!」
「自分の美しさを笑われて、怒らない者の方がおかしいさ。君達の方こそ、その程度の認識しか持てないのだろう」
「だが僕は違う!理解できない者には、分からせる――どんな手を使ってでも!」
「その押し付けがましい世界を、美しいと思っているのですか?」
「ああ……これ以上ないほどにね」
迷いのない即答。
「さっきから訳の分からないことばっかり。アンタにとって“美しい”って何なのよ?」
「決まっている。この僕だ」
ハンミョウが両腕を広げる。
「神が与えたこの完璧な姿――僕こそが美だ。僕より美しいものなど存在しない」
「なら、自分より美しくない者の下で動いてるのね。ここにいるのも、ラフレシアの命令でしょ?」
「その名を軽々しく口にするな!」
空気が張り詰める。
「あの方は、僕の……いや、僕ら昆虫騎士団すべての“理解者”だ」
わずかな間。
そして、再び冷ややかな笑みが浮かぶ。
「さて、時間稼ぎはもう済んだかな?高みの見物を決め込んでいる彼女の戯言を信じているなら、諦めた方がいい」
視線が、蘭へ向く。
「何こっち見てんのよ。自分の弱点にも気づけないくせに、格好つけてんじゃないわよ!」
「……どうやら会話にもならないらしい」
小さく吐き捨てる。
「さっさと始末して、彼女にも理解させてあげないとね」
桜とビオラが同時に構える。
「ビオラさん、何か分かったんですか?」
「確証はないけど……たぶん、あいつは――」
ビオラは桜の耳元で短く囁く。
桜の表情が引き締まった。
「なるほど……それなら、これまでの動きとも辻褄が合いますね」
「でも、もし外れてたら――」
「大丈夫です」
桜は刀を握り直す。
「わたくしが誘導します。それに、仮に違っていても――」
一歩、前へ。
「その時は、また一緒に考えましょう」
「……桜お姉ちゃん」
ビオラは一瞬だけ目を伏せ、すぐに顔を上げた。
「うん。任せた!」
「ええ――参ります!」
桜が地を蹴る。
一直線の踏み込み。
ハンミョウのブレードと、桜の刀が激しく交差した。
「そろそろ遊びも終わりにしようと思っていてね」
「あいにく、わたくし達はこれからです!」
「ここまでだ」
押し返される桜。
体勢を崩され、後方へと弾かれる。
「これで終わりだ」
ハンミョウが踏み込む。
その姿が、視界から消えた。
「――Teraz!」
銃声。
弾丸が走り、ハンミョウの頬をかすめる。
「よし……!」
ビオラが息を吐く。
「やっぱり……間違ってなかった!」
「……よく当てたね」
ハンミョウが頬の血を指で拭う。
「もう一つ、分かったのよ。アンタ、自分の速さに目が追いついてない」
銃口を向けたまま、続ける。
「だから高速移動のあと、必ず一瞬“止まる”癖がある!」
「……なるほど」
ハンミョウが小さく笑う。
「意気揚々と語る割には、ずいぶんと寂しい結論だ」
「何ですって――」
「君達と僕では、“欠点”という言葉の意味が違うらしい」
ゆっくりと顔を上げる。
「確かに、その通りだとも」
口元が、歪む。
「だが、それは弱点ではない」
一歩、踏み出す。
「究極の美を体現した結果に過ぎない――それに……」
「この美しい姿が、誰にも見えないのは勿体無いだろう?」
「わたくしの仲間に、貴方の速さを捉えられる方がいますよ」
桜が体勢を整え、刀を構える。
「なんと――。それはすぐにでも会いに行かないとね」
「残念だけど、アンタはここでおしまいよ!」
「一度当てたくらいで、そこまで強気になれるなんて……。やはり醜いな」
「言ってなさい!」
ビオラが引き金を引く。
銃声が響く――その直前。
ハンミョウの姿が、再び掻き消えた。




