上官殿と青色の恋
ああ、なんてことだ。
私は今なんと場違いな所にいるのだろう。
『待ち合わせはセイントテールという喫茶店にしよう。地図はこれだ。』
そう言ったのは上官殿だ。
私は今可愛らしいネイビーのワンピースを見に纏い、顔には化粧をし、髪は上官殿からの指令でおろしている。
帽子は白のつばの広いエレガントなもので飾りのリボンがさりげなくてまた可愛らしい。
普段隊服に身を包んだ私には顔から火が出そうなほど違和感のある格好だが、全ては上官殿からの指令だ。
私は従うしかない。
緊張から震えそうな手でいったいいくらするかも分からない高価な茶器で出された紅茶は豊かな香りが漂ってはいるものの、味はさっぱりわからない。
美しい全体的に白が印象的なテラス席から見えるのはこれまた秋の花々が咲く立派な庭園。
中央には大きな噴水もあり日傘を持った貴婦人が何人か散歩をしていた。
(上官殿、はやくきて〜)
待ち合わせは1時。
今まだ20分ほどはやい。
軍に所属しているのだからはやく来てしまうのはもはや習慣といっていい。
が、今回ばかりはそれが裏目に出てしまったようだ。
耐えられない。
庶民の私がこんな家族の方御用達のサロンでお茶をするなど。
むしろよく入れたなと思うがそれはもちろん上官殿の根回しと言う名の予約がなせる技だ。
あまりお茶ばかり飲むと間が持たなくなってしまう。
他の貴婦人方のように本でもあればなんとか出来ただろうがあいにくそんなものは持ち合わせていなかった。
「すまない、ずいぶんと待たせたようだな。」
「上官殿…いえ、私が早くに来すぎてしまいまして…」
ようやく来てくれた、と安堵から上官殿の方を見た。
しかし今度はまた違う意味で息が詰まった。
「やはりそのワンピースも帽子も似合うな。」
「上官殿も素敵です。」
ほぅっと見ほれてしまう。
ダークブラウンのスーツ姿。
普段見ないスーツ男子への憧れを形にしたかのような理想的な姿だった。
「フローリア、今日は“上官殿”は禁止だと言ったろう?」
「あ!や、はい。そうでしたね…。」
これも昨晩の約束の一つだ。
「ダ、ダニエル様…」
「おいおい、そんな可愛い顔しながら言うな。今日の予定を変更したくなるだろう。ダニエルでいい。」
人が勇気を出していったのに上官殿からは何故かクレームをいただいた。
仕方なく小さなちいさな声で「ダニエル…」と呼び直すと彼は満足そうに笑う。
(ああ、卑怯だ、上官殿かっこよすぎる!)
私はもうどこを見ていいやらもわからない。
手を差し出され、反射的に掴むと彼は高級サロンを出た。
「あの、今日はどこへ…」
「ん?ああ、俺に任せてろ。」
どこまでもついて行きます、と言いたくなるのは騎士の性か、女の性か…。
鍛えているつもりでもやはり上官殿とは手の大きさも分厚さも違う。
こんな些細な違いにときめいていてはきっと心臓が持たないのはわかっている。
わかっていても嬉しいものは嬉しいのだ。
その後はもうめくるめくデートだった。
王立記念公園に行き、花畑と温室を見てまわり、途中立ち寄ったお土産屋では花の髪飾りをプレゼントされた。
今人気のレストランでランチをした後は街中に行き、あれでもないこれでもないとウィンドウショッピングをした。
ここでも上官殿は可愛らしいワンピースをプレゼントしてくれたので私はお礼にシャツをプレゼントした。
ああ、楽しい。
まるで普通の女の子のようだ。
いかんせん途中一人だけ物盗りを捕まえてしまったのは職業病だろう。
上官殿も呆れたように笑っていたが良くやったと頭を撫でてくれた。
そして極め付けはホテルのディナーだった。
初めてのコース料理にどぎまぎしながらもマナーや使い方は上官殿がからかい半分に教えてくれた。
「よし、そろそろ帰るか。」
上官殿が私の手を握る。
ディナーを終えた私たちはしばらく散歩をしていたが、明日も仕事がある。
今日が楽しかった分、私は少し寂しく思った。
明日が始まればまた上官と部下の関係になる。
こんなデートができるのもそんな多くはないことはわかっていた。
「上官殿、」
「おい、上官殿は禁止だって言っんぅ!」
この時間が終わるのが寂しい。
だからせめて、この時間が終わる前にと思い、私は上官殿にキスをした。
ちゅっと啄むようなキスをしていたのにいつの間にか上官殿のリードに代わり、恋人らしい大人のキスになった。
「ばかたれ、帰したくなくなるようなことしやがって…」
キスが終わっても上官殿はしばらく私をぎゅっと抱きしめたままだった。
「私も帰してもらいたくないです。帰らなきゃですけど…」
「煽んな、大事にしたいんだよ。」
「嬉しいです。好きですよ、上官殿。」
私は微笑み、頭を上官殿の胸にすりすりと寄せた。
「俺は愛してるよ。」
上官殿は私の頭上にキスを落として再び私の手を握り歩き出した。
(甘酸っぱいなぁ)
私はつくづく思った。
片想いも悪くないけれど、好きだと言えるのはもっと悪くない。
くすぐったい喜びを胸いっぱいに感じながら私は宿舎へと帰るのだった。




