10:絶景
「これは……」
目を開けた瞬間に目の当たりにすることになった景色に、感動して言葉が出なかった。
(こんな絶景、前世でも見たことがないわ……!)
まさに息を呑む景色とはこのような景色を言うのではないか。
夜空は満点の星空で、それは宇宙を見ているようだった。
そして地上に見えるのは、星空を映し込んだ泉。
輝く泉――その正体は鏡面のような水面に夜空を映した姿だった。
「この泉の底には、光を発するプラクトンがいると言われています。底が淡く輝き、そして夜の風もなく穏やかな時間、星たちが泉に舞い降りたのです」
「星たちが舞い降りた……セルジュ様、とても素敵な表現ですね」
その顔を見上げると、彼の金色の瞳にも星空が映り込み、何だか吸い込まれそうだった。
「アマレットの瞳にも星たちが降り注いでいますね。とても綺麗です……」
「セルジュ様の瞳もこの世のものとは思えない美しさです」
見つめ合った時、泣きたいぐらい幸せな気持ちになっていた。
雄大な自然の中、見たこともない景色を目の当たりにして、この場所に連れて来てくれたセルジュへの感謝の念がピークに達している。同時に。彼が今日まで見せてくれた優しさの数々が蘇り、胸がいっぱいになっていた。
バジリスクの血がべっとりついていたのに。
汚れることを厭わず、私を抱き上げてくれた。
自分のことを生贄だと思っていた私の誤解をセルジュは優しく解いてくれた。そして無理強いをするつもりはないと、表向きは王太子妃として迎えるが、実際は客人として丁重に扱ってくれたのだ。
最初から親切で無条件で私という人間を受け入れてくれた。そこには私がセルジュの恩人だったというのもあるけれど……。彼は優しい。たとえ私が恩人でもなくても、その寛容さで私を受け入れてくれただろう。
催淫効果が発動した時も、媚薬のせいだからと押し倒すこともできたはず。でも固い決意で自制して、愛らしいブラックキャットの姿で我慢してくれた。
あまりにもセルジュの対応が素晴らしかったので、私は「次期魔王と書いて神と読みます?」なんて思ってしまった。
私の手料理を誰よりも先に食べて「美味しい」と喜んでくれたのもセルジュだった。カレー風味のキャベツとソーセージをサンドしたフォカッチャサンドを食べ、その金色の美しい瞳を大きく見開き、美貌の顔に恍惚とした表情を浮かべたセルジュを思い出すと……。とても温かい気持ちになる。
おでんを食べる時は、手ずからで取り分けてくれた。セルジュは本当にいつだって優しい……。
優しいけれど、戦闘となれば抜群に強い。バジリスクを剣で一撃で倒したかと思えば、魔草樹を魔術で氷漬けにして砕いて倒している。さすが次期魔王。最強、万歳!
とても凛々しい一面があったかと思ったら「BLASTĒSON」という呪文の言葉に嫉妬したり。「セルジュ様」と連呼したら、喜び過ぎてブラックキャットの姿に変身してしまったり。
この旅はわざわざマルベリーの実を摘みに行ってくれて、魔草樹の種で身を守る術を与えてくれた。
セルジュがこんなにも親切で優しい理由。それはまさかの彼の愛馬であるグレイスが教えてくれた。
何もかも完璧なセルジュは私のことが好きだった。しかもこんな言葉を私にくれたのだ。
――『人間界のあなたの周りにいた人々は、あなたの素晴らしさに気づかなかっただけです。アマレットはちっぽけな存在などではありません。道端で倒れているブラックキャットを助ける思いやりの気持ちがある。侍女や使用人の安否を気にする優しさがあるのです。見返りを求めず、ただ素直な気持ちで他者を気遣えること。それは誰もができることではありません。多くが損得を勘定して動く中、アマレットが自然に自分と関わる者たちに親切にできること。それは奇跡だと思います。自信を持ってください』
自信を持つ。
(そう、私、自信を持って、セルジュの気持ちに応えたい……!)
「セルジュ様。聞いてください。以前、セルジュ様は人間界でどれだけ辛いことがあったのか。話したくなったら、話してくださいと言ってくださいましたよね。……それを今、話してもいいですか?」
突然こんなことを言い出し、驚かせてしまうだろうか――という不安もあったが……。
「もちろんです。……きっとこの景色を眺め、おしゃべりをすることになるだろう……そう思い、マントをつけてきたのです」
そう言うとセルジュはマントをはずし、内側の紺色の面を地面にふわりと広げ、私の手を取る。
「どうぞ、お座りください」
「ありがとうございます!」
そこから私はこの世のものとは思えない絶景を眺めながら、人間界でドアマット悪役令嬢として生きてきたことを話した。乙女ゲームのことはさすがに話せない。だからルルシャは私を毛嫌いしており、徹底的に不幸になることを願い、いろいろ私に嫌がらせをしたということにした。そして私という婚約者がいながらも、ルルシャと恋仲になったレイール。ルルシャの言葉を信じ、私を疎むようになった両親。全部、打ち明けた。
そのすべてを聞いたセルジュは――。
「わたしは……アマレット。君の悲しみ、苦しみ、辛さを、すべて受け止めます。……抱きしめてもいいですか?」
こくりと頷くと、いつものように優しく抱きしめられたと思ったが、そんなことはない。ぎゅっと腕に力を込めたセルジュの胸に顔が押し当てられ、ムスクの甘い香りに一気に包まれる。
「ブラックキャットの姿で共にいたのに。まさかアマレットがそんな目に遭っているなんて……。部屋に閉じ込められていたこともあり、まったく気づきませんでした。唐突な別れを告げられた時、何かあるのかとは思いましたが……。ここまでとは思いませんでした。もっと早く、気づいていれば。もっと早く、救い出していれば……」
私を強く抱きながらも、セルジュの体が震えている。
(彼は何も悪くないのに!)
その背を撫で、宥めるようにして、言葉を紡ぐ。
「気づかれないように私もしていたので……。それに最終的にここに来られたのは、婚約破棄され、断罪されたからです。これは不幸中の幸いでしょうか?」
「断じてそんなことはありません! わたしはアマレットを連れ出す計画を立てていました。その計画をもう少し早く遂行していれば……」
「でもそうなったら秋にセルジュは人間界から私ではない花嫁を迎えることになっていましたよね?」
私の問いに、セルジュの腕の力が緩む。
「それは……」
「私は……嫌です。セルジュが私以外の花嫁を迎えるのも。側妃を迎えるのも。だって私は――」














