11:目を逸らすことはできない
「私は……嫌です。セルジュが私以外の花嫁を迎えるのも。側妃を迎えるのも。だって私は――」
心臓が信じられないぐらいバクバクして、このまま気を失うのではと思った。
全身が熱く、呼吸も浅くなっている。
「アマレット、今の言葉の続きは……」
セルジュがゆっくり力を抜き、再び彼と私は見つめ合う。
端正で整った顔は、鑑賞するもの。
遠くで愛で、眼福とニマニマして満足だった。
(でも今は違う。私は……優しく思いやりがあり、他者を気遣えるセルジュが好き。最強なのに私の前ではブラックキャットの姿で甘えるセルジュが大好きになっていた。もうこの自分の気持ちから目を逸らすことはできない)
その時、視界の端でヒュンと流れ星が横切った。
それが合図のように、私は口を開く。
「セルジュのことが……好きです」
「!」
「私には勿体ない、恐れ多い、身の程をわきまえろ、自分……そう言い聞かせていました。でも……無理です。セルジュのこと、大好き過ぎて。もう気持ちを我慢できません」
「アマレット!」
優しく顎を持ち上げられた瞬間。
数多のアニメやコミックで見たシーンを思い出す。
そこから先は夢を見ているようだった。
唇に感じる温かさにもう心臓はスパーク寸前!
人間界のような結婚式はなかった。
だからこれはセルジュとの……ファーストキス……!
大好きな人とするキスはこんなにもドキドキして甘いんだ。
なんだか時間が永遠に止まったような気がして――。
(……うん、く、苦しい)
「アマレット!? もしかして息を止めていたのですか!?」
セルジュの唇が離れ、指摘されて自覚する。
(確かに! 息を止めていたかもしれない!)
道理で苦しいはずだ!
「大丈夫ですか、アマレット、呼吸を、呼吸をしてください!」
「は、はいっ!」
ムード満点の中、告白をして、キスをされたのに。
直後、酸素不足で「ぜーはー」しているなんて……。
(恥ずかし過ぎるわ!)
だがセルジュは優しく私の背を撫で、落ち着かせてくれる。
「……ごめんなさい。キス……している時も呼吸をするんですね」
「……意識していませんでしたが、呼吸はするのだと思います。わたしは……していました。心臓は病気かと思うぐらいドキドキしていましたが、息は自然としていましたよ。鼻呼吸ですね」
セルジュの真摯な回答に、私は笑顔になるしかない。
(今の言い方だとセルジュもキスは初めてなんだ……!)
こんなにハンサムで性格もよく、強いのに。
彼とキスしたいと願う女性は数多といそうなのに。
(セルジュのファーストキス、奪ってしまったわ!)
「アマレット、鼻で息を吸って吐くんです。わかりましたか?」
「? あ、はい」
答えて顔をあげると、再びセルジュの唇が私に重なる。
(二度目のキス!?)
喜びと驚きの中、でも理解する。
(セルジュはずっと私を好きでいてくれた。溢れる気持ちを何度も抑えてくれていたのだろう。すでに私と彼は結婚しているわけで、自分の立場、願望を押し通すこともできたはず。しかし彼はそんなことをしない。自制し、私の気持ちを最優先してくれた)
彼の優しさに想いが募り、私はセルジュのことを思い切り抱きしめたが……。
それは不意打ちになったようだ。
キスに集中していたセルジュは、突然ぐいっと私に抱きしめられ、バランスを崩し。
とさっと私は広げられたマントに仰向けとなる。
セルジュは腕をつき、私を覗き込む姿勢となった。
(満点の宇宙のような星空を背景にしたセルジュは古の神のようだわ……)
その神々しいばかりの美貌に目を細めたその時。
セルジュの顔に緊張が走る。
同時に。
ざばーっと物凄い水音が聞こえ、「にわか雨!?」と驚くことになったが。
「な……これは……」
セルジュが体を起こし、前方を見て、絶句している。
私は彼の背に庇われ、前が見えない……前は見えないが、相手は巨大だった。
それはもう突然目の前に富士山があらわれたような感じ。
「巨人!?」
「いえ、違います……この気配は……古の昔から存在するエルフよりも古い存在。これは……精霊です。自然の力との結びつきが強く、神にも等しいもの」
その姿はまさに美しいガラスでできた巨大な女神であるが、絶え間なくその表面を水が流れ落ちている。つまり目の前の泉の水で体が形作られているようだ。
そんなふうに状況把握に努めていると。
視界に水柱が見え、こちらへと向かってくる!
「あぶない」
セルジュに抱きしめられ、次の瞬間。
転移して、野営地に戻っている。
赤々と焚火が燃え、そのそばで子犬姿の従者がすやすやと寝息を立て、天幕の側にいる騎士は直立不動で守りの姿勢。
離れた場所でこちらを伺っていたブラックウルフは、セルジュと私であるとわかると、すぐに姿を消した。
「あ、殿下、アマレット様!」
スティ、エリー、メディが天幕から出てきた。
「戻られたのですね! 入浴の準備をします」
「お茶はすぐにご用意できます」
「どうぞ、中へ」
三人の甲斐甲斐しい侍女により、天幕の中に入り、セルジュと並んで簡易ソファに腰掛けることになる。
「どうして突然、姿を現したのでしょうか……? なぜ攻撃されたのでしょう……?」
「女神というのは……この世界では嫉妬深いものとされています。もしかするとわたしとアマレットの姿を見て頭に来たのかもしれません」
セルジュの言葉を聞いて「えええ」と思うが、前世記憶で思い出す。
神奈川県にある島、吉祥寺にある公園。共に女性神が祭られている。デートで向かうと、公園の池のボートにカップルで乗ると、破局する……という話は有名だった。その理由は女性神が嫉妬するから、と。
(ただの都市伝説かもしれないけど、そういう噂は確かにあったわ)
それだけではない。ギリシャ神話の女神は嫉妬深いことでも有名だ。出産を阻止しようとする女神もいれば、才能を妬み相手を蜘蛛に変えた女神もいる。
(精霊は女神の姿をしていた。セルジュの言う通り、嫉妬して目障りだと攻撃した可能性は高い)
「どうぞ、ハーブティーです!」
エリーが出してくれたハーブティーを口に運びながら、一息ついた後、セルジュに問う。
「あの精霊は泉の主ですよね、きっと。もし泉の近くを開墾し、村を作ったら、家族で定住することもありますよね。そうするとさっきみたいに攻撃されるのでしょうか?」
「その可能性が高いです。独り身の男性だけ集めた稲作の村を作る……非現実的ですよね。それにそれはそれで精霊が何かしないか心配です。精霊は気まぐれで、美しい者を好むので……」
魔族の男性はイケメン揃い。精霊は大喜びで手を出しそうだ。
「セレノア一帯に魔獣がいない理由がよくわかりました」
「精霊がいるから、ですか?」
「そうです。魔族の魔術は精霊に効きません」
「! そうなのですか!?」
「精霊の持つ力は神に近い力なので……。対抗できるのは聖なる力のみです」



















